第12話 空へ

 はまやは、ゆりかが宮風から振り浴びせる編風のように挑み寄せさせる、細剣帯の白霞の群像の動陣へと、御伽月を振り上げつつ空中を突跳する。

 祭り囃子に雷鳴が号報する。

(ここで磁力線が一斉に空へ反射させられている。宝石の釦は襟にも嵌めておいた。閾値を越えた。トパーズ化した宝石の中の青い磁気感応蛋白からの励起偏光は、渡り鳥がそうであるように磁力線を可視状態にさせて眼に届く)

 はまやは、ゆりかが宮風を磁気単極子モノポールとして力線を束ねて、白姿の群陣を操っているであろう事は予測していた。はまやは自作磁力印加した装置を持ち込み、ゆりかと波数空間での磁気単極子の振る舞いについても、多次元文字を量子に見立てて高速制禦できると知見を交わしていた。そして、越え難い柱状物の周囲を行き交う人の動きは、流体力学に従うとも。

(ここさ)

 はまやが片足指から順次柔らかな白玉砂利音を押し鳴らして着地しながら、温眺しつつ虹光の中で御伽月の切っ先を突き付ける傍を、ゆりかの白霞の似姿が擦り去って行く。

 ゆりかは、花がほどかれて明るい細紐となったかのように、一回転して乱れた髪を頬にまとわせたまま、笑顔で斬り掛かる。はまやとゆりかとが剣戟を凌ぎ合う度に、水晶の中心部に光で浮き彫りされてゆく刻印のように、夏のひと時の美しい記憶が二人だけの世界に篭められる。

 白光として立ち上る文字列の中で、はまやと剣舞し、入神の域を高めてゆくゆりかとが、年が長じて人生が分かたれつつある最中、各々が選んだ仕儀故に心身の動きについて一つに収斂されてゆく。

(真南、お前はことわりだ)

(どんな?)

(光のように空気のように水のように、お前自身の力が合わさってそうするように。現われて、空へ気化し、世界をめぐり、また現れる。宝探しへ出て行っていつでもここへ戻ってくる)

(めずらしい力を探して持って来るよ)

 はまやが、ゆりかに好意を向けて優しげに渺瞥する。

(分かっているんだ、お互い。力と技の極まる先は)

「ここは」

― ありきたる いのりにこたえて かなめなる そわばやしらしめ あめの -

(ゆりかが初めに舞っていた立ち位置)

御柱みはしら!」

(夏祭りでもあの位置だった。ただ一点の箇所が、時とともに意味を変える。ここは安全であり危険であり、罠であり策源でもある)

 細やかな光の粒が白い垂直線を浮彩する。

(ここから斬り込めば決勝の一撃と見える………)

 はまやは、夏の熱風が勢いに任せてのしかかる予兆に逆らうために、片膝を内に廻旋させて、体高を保ったまま背面宙返りの形勢を整える。

 宮風の、長く柔らかな笛鳴めく風音がしのび寄る。

(光の中に)

 はまやは跳躍しながら、白い垂直線沿いに膨張する空気の衝撃を受け止め、空前で一閃して風に揺れる蜘蛛の透明な揺糸の様な光の曲線に、足元を斬らせつつ背を反らす。

(幼児が居た)

 はまやと、巨大な雷撃を射つ宮風を振り切ったゆりかとの中間で、光柱が神庭を打ち貫き、熱風を巻き上げながら山体奥の岩盤を焼熔している。

(裂かせた!クッション・ジェルを)

 はまやは、ゆりかの多段攻撃のさなかで両足を活発に広げて延展させながら漏出させて、輝きに彩らせるように調えた光成形樹脂のエアボードで、時の挟間に舞うかのように、階神社の外谷へと空中を浮遊して行く。

(太陽からのレーザー。初めの雷鳴から到着まで十七分だった。ゆりかが言っていた『星科ほしな』とは太陽表面の透明な伴星か。宮風で照射を促した)

 太陽を巻く真円の虹から打ち込まれている光柱が、舟櫂を漕ぐ様に天から振られ、階川を破壊しつつ斜傾しながら海岸までなぞり去る。


「わ!」


「まこと!」


 はまやを、はるかな青空中に見出して、まことが仰視する。

「駒返せー!」

 まことが河口鳥居をジェットスキーでくぐって、階川を溯上している。


(ここまで来る気だ)

「ついて来なよ」

 はまやが両手を広げて風の感触を確かめながら、ゆりかに誘いかける。

 はまやは、理外の知が時と記憶と感覚の全てを覚醒させていると、空に浮きながら思惟する。

 はまやは、今ゆりかが入神の域にある事も認めている。はまやにとって、高く明らかなるもの人の力より強きものは皆神なりとする神道の在り方に沿って、真理とは実用のものとして証明された事とするプラグマティズムを高次に於いて体現しているゆりかは、やはり神に通じていると言えるからである。

 はまやは白巾金柄の長袱紗を衣袋から引き抜いて、頭に巻いて目を隠すと、薄いエアボードを翻して空中滑降を開始する。

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はまやらは! 桜林路こぴ @zerothelements

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