第4話

しかし、人が徘徊する場所に出てくるつもりは無い様で、もっともっと人気のないところへ向かった。

自分でもわからないようなどこかの路地裏。人など疚しい事が無い限り寄り付かないだろう。

来た。疚しい奴が。

「この僕が分かるか?」

知るか。

出て来たと思ったら後方からわざわざ目の前に回り込み顔を見せてそんなことを聞いてきた。

同じくらいの身長、右に流れた鬱陶しく長い金色の髪、どや顔の細い男だった。きちっとした着こなしと奇麗な格好、高そうなアクセサリーを見るにいいところのお坊ちゃんにも見える。

厄介な相手に絡まれたもんだ。

「分かりません」

「じゃあ自己紹介をしてやろう!」

なんでみんなこんな上から目線なの?凄い偉いんだろうね。

「結構です」

「俺は周防 正人すおう まさと

話聞かねえし。

「折羽千鶴と結婚しパートナーになる男だ!!」

次は千鶴の熱烈なファンが来た。夢持つなよな。

「そう言う妄想ですか?」

「現実だ!」

じゃあ何故俺とパートナーになっているのか、甚だ疑問だ。

「それで何か用で?」

「分かってるだろう?貴様如き無能が私を差し置いて折羽の隣にいる?許せるかっ!」

「はあ……」

千鶴に言って?

「相応しいのは俺だ。俺しかいないのだ!千鶴を渡せ!」

急に距離感近づいた。

しかしこれはチャンスなのでは??

こいつは千鶴を欲しがっている、俺はそれを譲ればいい!なんと好都合なファンだ!

「分かりました!!!!!!!!!」

「だろうな……貴様はどうせ千鶴を脅して相方にした卑怯な奴だ。俺がここに居るからと言って渡すわけ……え?」

大分喋ったなぁ。

「いいですよ!!僕はおりますんで!じゃ」

「待て!!」

そして颯爽とその場から去ろうと思ったのだが肩を掴まれ止められる。

「まだ何か御用で?」

「無礼であるぞ!何様なのだ!」

そっくりそのままお返ししますよ、その言葉。と思ったが面と向かって言うのは面倒を引き起こしそうなので心の内にしまっておいて。

「市民でございますよ。一般のね」

「決闘しろ!」

「は?」

なんで急に。意味が分からない。穏便に澄ましたいんだけど、え?なんでこんな血気盛んなの?野獣なの?

「俺の方が強い!お前をギタギタにしてから千鶴は貰ってやろう!」

ジャイアンかよ。

「えっとつまり……」

プライドか。こいつの納得のいかない感情を俺に吐き出そうってわけだ。

「結構です」

「問答無用!」

男は動く。まあ割と早いんじゃない?程度の速度で背後に周り拳を付きたてる。

「うわあー、やられたー。強すぎるー」

名演技をしてみた。

拳が当たる前に、顔面から倒れ、やられると言う完ぺきなシチュエーション。これで文句も無いだろう。

「ふざけるな!」

即刻バレた。

「貴様どれだけ俺を貶せば済むんだ!」

「そんなつもりはないんですけどね。俺だって折羽さんと相応しいのは俺じゃないと思っているし。というかそんなにパートナーになりたいのなら俺ではなく彼女に直接そう言えば良いじゃないですか。そっちの方が上手くいきますよ?」

「……」

「それとも何ですか?上手くいかない事が分かってるから言えなくて、その上手くいかないジレンマの掃溜めに俺を使ってるんですか?」

おっと口が過ぎたかもしれない。

「お、俺は千鶴の為に!」

図星突かれて話逸らすなよ。

「千鶴の為?直接そう言いましたっけ?彼女」

「言わなくても分かる!」

少しずつヘイトが溜まっていく。

ただでさえ帰るのが遅くなっているというのに、これ以上の解決しようも無い面倒に付き合ってられるか。

「怖いんだろ……。全部否定されるのが。いい加減その仕様もねえプライド捨てろよ。自己欲求を満たすために俺を使いやがって……何様だよ」

「貴様なんたる態度だ!家族全員仕事に出れないからだにしてやろうか!?殺すぞ?お前の妹!」

「……もう一度言ってみろ」

「知ってんだよ、お前に妹がいることはなぁ!あーあ、パパに頼んで性奴隷にでもしてやろうかなぁ!」

「……もっかい言ってみろ」

「お前の家族を殺してやるよ!」

それでもまだそんな事が言えるのか。

もう一度言ってみろ、それは煽りじゃない、忠告だ。二度目はぶっ飛ばす、三度目はぶち殺す。

一瞬でどれほど怒りが沸き立っただろうか。それは理性が聞かない程。体が先に動く程。

俺の腕は既に男の首を掴んでいる。

「う。あ……」

男が認知したのは数秒後だろう。

「もう一度言えるか?」

手に力を加え更に強く首を絞め、宙に持ち上げる。

「は、離せッ!」

「聞こえなかったか?」

「グっ……」

「そんなに人に恨ませたいか、殺意を持たれたいか……」

そしてハッとした。苦しそうな顔をする男を見て自分が戻ってくる。

っぶね、完全に怒りに支配されてた。

「すまんすまん」

謝りながらパッと手を離すと男は体制を保てず地面に尻餅を突いた。

「もう一回言うけど、なりたいならあいつに直接聞いてみろよ。俺に突っかかってもなんの解決にもなんないだろ。ただのストレス発散の為に俺を使うなよ。小学生か」

「……ッ」

……こんな雑魚い殺気に怖じ気ついて失禁して、さっきの調子はどこ行ったよ。

「く、クソがッ!」

それでもまだ反抗できるその姿勢だけは凄いと思うよ。尊敬って意味じゃなく無謀で馬鹿と言う意味でだけど。

「哀れだな」

ただのプライドの為に、大変だねえ。

「雑魚の癖にいつまでも上から目線で……ッ!お前らっ!」

男は周囲に待機させていた側近であろうスーツの男たちを数名呼んだ。

自分を守らせるよう四方を囲わせ、俺をぶっ倒すよう戦闘態勢の男五人を俺の目の前に置いた。

「ははは!俺に盾突くからだ!全員ぶっ殺してやるからなッ!!」

勝手に突っかかってきただけだろうが。どんな勘違いだよ。

と突っ込んでる場合では実際ない。正直この人数はやばい、というか面倒くさいが過ぎる。

「はーはっはっはっはっ!!」

笑い方が完全に勝ちを確信している。そこのプライドは無いのね。

まあ、やるしか……。

……………………ああ。聞いてたのね。

今気づいた、そこまでに自分の気配を絶てるって相当努力して強くなったんだろうなあ。だからこそなんでこんな何も出来ない雑魚、俺なのか、マジで分からん。

「好き勝手言いますね。誰が貴方と結婚ですか。パートナーですか。馬鹿も休み休み言ってください。人を殺すあなたに誰が救えるのでしょう、話を聞かないあなたに誰が敬意を示すでしょう。自分を顧みない、優しさも無い、他人を蹴落とす、仕様もないプライド、欲望だらけのナルシスト。…………そんなどうしようもないクズより来斗様が下?何よりの侮辱。馬鹿にするにも程がある。殺意さえ沸いてくる。それは私にとって何よりも許せない事象。覚悟は出来ていますか?」

「折羽ッ!」

千鶴はどうやらものすごいお怒りの様で、両手に拳銃を構えていた。

「俺と共に来るだろう!なあ!!」

「理解も出来ないのですか?…………まあ、良いです。でしたらトラウマとして刻みつけてあげますよ。自分がクズで雑魚だという事を」

「な、何を言って……」

「周りの人間を使わければいけない程弱い。自分のレベルも分からない程弱い貴方に。さようなら」

千鶴は迷いなくトリガーを引いた。

パアンと言う音が弾けたが、中からは何も飛び出してこない。

「ははは!」

しかしそう彼が笑った瞬間だった。

「爆破する」

彼女は呟く。そして、バァァァァァァンッと轟音が鳴り響き言葉通り凄まじい爆発が起こった。

爆発により煙がその場を包み、視界を遮られる。

「無事ですか?」

「ああ」

なんと俺に傷は無い。

次第に煙は千鶴の銃へと戻っていく。

視界が戻ると囲んでいた仲間もろとも倒れている光景が広がっていた。「うう」と呻き声をあげる姿を見ると元気なんだなと良かったなと安心した。

流石に千鶴も手加減はしてくれたようで、手足が千切れたり多量の出血はしていなかった。

なぜこうも最小限の怪我で済んだのか、爆破と言った後、もう一度トリガーを引いた時に何かしたのだろう。俺は見逃さないぜ。

彼女の能力が分からないからそれ以上の推測は出来ないけど。

「まだやりますか?」

千鶴は冷たい声でそう放つ。

立ち上がれはしない様で何とか動く首を横に振った。

「自分は弱い。だから私の手加減にも対応できなかった。自分の力を驕るのは結果として自分を苦しめるだけですよ」

「……」

あ。気絶した。

「ここを去りましょう。スーツを着た皆さん。あとはよろしくお願いしますね」

スーツの男たちには更に手加減していたのか。もう動けるようになっている。

いそいそと男を持ち上げ、逃げる様に帰っていった。

「何時から聞いてた?」

「最初からです!」

「やっぱり……」

「いつもと帰り道が違うなぁーと」

すみません、警察いますか?

「まあ、助かったよ」

「いえいえ、お気になさらず。にしても相変わらず鍛えているのですね」

「……よく知ってんな」

「それはそれはずっと見てきましたから!」

一方的にね?

「でもこれで本当に出たくないって分かっただろ?お前をあいつに受け渡そうとしてたし、俺はお前といる器じゃないよ」

「何を仰る!妹さん思いの良いシスコンじゃないですか!!」

「良いシスコンってなんだよ。シスコンじゃねえよ!!」

「それに私の意見をやはり尊重してくださってるじゃないですか。千鶴に聞けばいいじゃんって。私を気遣って頂いて寧ろ嬉しかったですよ。裏を返せばこんな奴に千鶴は相応しくないだろと、言っている様な物だったではありませんか!!」

「……それは曲解」

「鍛えているじゃありませんか。どうにかしようと考えておられるではありませんか。……本当に来斗様が諦めてたら私はそれに従って傍にいるだけにします。前提として私は来斗様をどうこうする前に一緒に居たいですから」

彼女は満面の笑みを浮かべる。

「……」

俺はそんな彼女に何も言えなかった。俺にはいくつもの勇気が足りないから。

「ま、今日はありがとう。帰るよ」

「はい、お供します」

「こなくていいよ!?」

「え?解雇ですかっ!?」

「それでも良いね」

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