陰陽の理、五行の移ろい、天には円、地には方、日月星辰運び、定まりて。虚にて実を成す。顕現せよ

他山小石

第1話


「若人よこれはちょっと舐めすぎではないか」

 狐面、作り物のような美しい金毛、巫女っぽい朱と白の和装の少女は偉そうな口調でお説教をしていた。

「すんませんつい出来心で」

 少年はぼんやりとした顔でキツネ面を見つめる。ちょこんと座ってる感じ、かわいいなぁ、とか思いながら。

「出来心で神の使い呼ぶヤツおるか? ん?」

「でも出来るとは思わんかったです」

「それは主がとんでもない霊力を持っとるから、……厄介じゃの」

 稀にして雄渾な霊力をまとう、ぼーーっとした少年。


 完璧な召喚術だった。

 これより12年間、現世に止まるほかない。

「なぜこうなったんじゃ」

「そうなんです、夏休みの自由研究で」

 大層な理由などなかったわけだ。神の眷属ぞ?

 見た目は高校生の平凡そうな少年。

 古い陰陽道の一族で地域の歴史にも名前が残っている。実家のアレコレを調べて自由研究として提出するかと。軽い気持ちで調べ始めたら、古文書発見。なぜかスルスルと読めてしまって。

「常人には読むどころか文字すら見えんというのに」

 特殊な呪詛が練りこまれ、頭痛、腹痛、めまい、下手すると3日は寝込むはずだった。

「へえそうなんですか? セキュリティしっかりしてたんですね」

 ふさわしいものが手にするまで封じられてきた秘伝書が数百年の眠りから解き放たれたのだが。

 少年はことの重大さをわかってるのか、わかってないのか。神の眷属たるキツネ面の少女は考えがまとまらない。

「おいおい、先ほどよりお主何をやっとるのじゃ」

 キツネ面の少女が指摘する。

 電気ポットからナチュラルにお湯が出るのを顔色変えず納得しつつ、心は「マジかよ現世進みすぎ」と冷静ではいられなかった。好奇心からチラチラ見ていたが、慌てている様子は顔には出さない。なぜならお面で隠してる、いや神の眷属だから。

「せっかくなんで作っちゃおうかと」

「なぜそうなる」


 完璧な召喚術、ただし贄はカップ麺。場所は少年の自室。

「のう、現代の知識もウチにはあるんやぞ」

 カップ麺とは?

 安物の保存食、手抜きの一品。それを神の眷属にふるまうか?

「お主の心臓は金剛石かの?」

「え、ありがとうございます」

 少年の返答にため息すら出ない。

「褒めてない 「できたようです」おい話を」

カップ麺を開けて素晴らしい香りが部屋をつつむ。

「まあ、どうぞ」

「はぁ~~、食べぬわけにもいかん。贄は無駄にはできんからな」

 箸をとる。現世に降りるのは数百年ぶり。


 キツネ面が少しだけ上にずれる。それで前が見えるのか? 神の世界では問題ない。

 どうせ手抜きしたものなど、たかが知れてる。さて一口、食してみるか。

 一口、広がっていく香り、出汁のうまみ。

「あ……美味」

「よかったです」

 つい本音が出てしまった。

「……いや、あ、つい。うむ。……虚言は許されぬな。美味じゃ」

 取り繕うが、本音が出た。美味なものは美味だから仕方ない。

「まあ、よかろう。これでキツネよりタヌキがよいなどと言うなら天罰であったがのう」

 期待してなかったから美味なのか? 違う、これは人の知恵の結晶だ。

 少女は文明の進歩に気分がよくなった。

 キツネ面は帽子のような位置まであがり、ご尊顔は丸見えだ。朱色に近い目はきらきら、現代基準で美少女といっていいだろう。

 少年もぼんやりと「ラッキーだなぁ」と考えていた。

 神の使いって天使ってこと? などとぼーっと考えながら食事を微笑ましく見守る。

「うむ、完食じゃ。よしよし、よいぞ。若人よ、この品はなんという?」

 知らずに食べていたようだ。

 そう聞くがよい、神をも恐れぬ少年の言葉を!


「緑のタヌキにございます」

「はぁーーーーー?」


 見事な赤いキツネのできあがり。

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陰陽の理、五行の移ろい、天には円、地には方、日月星辰運び、定まりて。虚にて実を成す。顕現せよ 他山小石 @tayamasan-desu

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