東洋の泉の女神と俺の妻

他山小石

第1話


東洋の泉の女神と俺の妻


 ある所に正直者の木こりがおった。

 昼食としてうどんを作ったが、手元がくるって、ころりんすってんころりん!


 コロコロと転がったうどん玉は泉にぶち込まれた。

 勢いよく水しぶきを上げダイブ、なんてこった!

「わしのうどんが……」


 落ち込む木こりの前に泉から女神が現れた。

「あなたが落としたのは赤いきつねですか? それとも緑のたぬきですか?」

「全然違います」

「あなたは正直者ですね。では赤いきつねと緑のたぬきとおにぎりをあげましょう」


 木こりさんはびっくりしました。

 そして一言。

「女神さまお湯はいただけないのですか?」


「嘘をつくな!」

 思わずツッコミを入れる。

「そんなん……必死すぎやん……ふふっ」


 いたずら成功、といった感じで笑う妻。俺の反応がよほどおかしかったのだろう。

 大学時代から付き合って卒業3年で結婚したわけだが、面白い人なのだ。このとんでも昔話の作者でもある。

「確かにそうやね、木こりさんおにぎりは落としてないのになんでもらえたんかな?」

 関西系というやつか。とにかくボケを会話にねじ込んでくる。

「違うそこじゃない!」

 11月末、冬が近づき寒くなってきた。だがそれどころじゃない。

 妻はうんうん、うなづいて。

「うどんが転がるか……これは問題だね」

「違う違う! もっと他にあるだろ」


 妻は小さい顔にアクセントとなっている眼鏡をくいっとポジションメンテナンス。


「んー問題あるかねー? もしかして木こりがうどんを持っていくかって話? 四国の阿波では河原でうどんを茹でて食べていたらしいからねえ? 今でも名物たらいうどんってのが残ってるんよ? 知らんかった?」

「お前わかってて言ってるだろ! なんで昔話にマルちゃんのカップ麺が出てくるんだよ」

 妻はやれやれと言わんばかりに首を振る。

「時代考証などつまらんな君は、専門家にでも任せておけばよいのだ」

 腕を組んで、まるで悪役博士のような口調だ。

「……やれやれ」

 そこにタイマーが3分を知らせる。

「お、3分。勇くんのソバは出来上がりだね」

 赤いキツネは5分。緑のタヌキは3分。

 一緒にお湯を入れても、出来上がりに時間差ができてしまう。今日はたまたま別の品になってしまったから、ついうっかり。

 眼鏡をサイドでくいくいさせ、妻はこちらを見つめながら。

「先に食べていいよ」

「俺はふやけた天ぷらが好きなのさ」

「うそだ? ホントは猫舌なだけでしょ」

「そうかな? そうかもな」

 猫のようなかわいい舌の持ち主は目の前にいるのだが。

 俺は妻ほど口はうまくない。

「正直者かどうか、……泉にぶち込んだらわかるかも?」

 俺を? おいおい。

「それで俺が増えたらどうする?」

「全部私のものだね」

 当然、とばかりに得意げな顔。

 待ってる時間も幸せな時間。

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東洋の泉の女神と俺の妻 他山小石 @tayamasan-desu

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