第2話 勇者を祝い、勇者を騙る

ラヴァン王国


地方によってはひとつの季節しか巡らないような場所があるアルスガルドにおいて、四季が巡るのを特徴とする恵まれた気候の大国である


四季がある…というのはそれだけ農作物の収獲可能な種類に広がりがある、ということだ


それだけ貿易に関して非常に有利になり、さらに四季折々で様々な種類の食物が取れることから食料事情も懐が傷まない


他、様々な要因からも『アルスガルド三大国家』の一角に数えられる程の規模であり、国力、軍事力、技術力、民の質に至るまで全てが高度に発展を遂げている


まさに国の栄えた代表とも言える一例だ


そして国家間においてラヴァン王国を特別たらしめたものは、この存在を置いて他ならない


それこそがーー


『勇者召還魔法陣』


である


遥かなる異世界より世界を越えられる適正を持つものを呼び寄せることができる巨大魔法陣は現在の技術力では再現不可能とされるオーパーツの一種であり、量産も修理もままならない一品物の大秘宝だ


何百年もの間、魔神との戦いを続けるに辺り何人もの異世界人が、この魔法陣より現れ『勇者』として戦いへ赴いた


現れる勇者は男女様々だが、誰もが一戦を決められる特別な戦闘力を秘めているのが特徴とされており、どの勇者達も人類の光となる「英雄」に違い無かった


だからこそ、魔神討伐…引いては国家防衛の要として重用されてきたのだ


と、言うよりも…この魔法陣と勇者の存在がなければ今もこの国が、世界が存在していたか分からない程に、世界の要となってたと言えるだろう


そして、古くより直近の勇者が現れた日を祝い、そして前の勇者の死を悼む特別な祭典『勇者祭』が恒例として毎年行われ、世界中から人々が集まる大祭として愛されていたのだ


勇者の存在を民に、世界に知らしめこの世にまだ希望があることを実感させる、心と精神の支柱となる大切な祭…数百年と紡がれてきた国を上げての大行事


しかし…僅か3年前


勇者祭は『勇者が現れた日』を祝う祭では無くなった


5年前に現れた最後の勇者


『勇者ジンドー』


彼の手によって何百年にも渡る魔神との戦いに終止符が打たれたのである


その日から、勇者祭は名前をそのままに『魔神が討伐された日』を祝う祭へと変わったのだ


彼が魔神を打ち倒したお陰で平和が訪れたことを盛大に祝うために…









「というのがラヴァン王国勇者祭パンフレットの筋書きです。あ、そこの織物を見ていきましょう、カナタ」


「いや良く覚えてるなシオン…お兄さん、余りの早口に若干引いたよ?」


早送りのビデオテープのように国と祭の概要を垂れ流していたシオンに半目を向けるカナタ


現在、ラヴァン王国の下町を4人で練り歩いている最中なのだが


その祭の規模は流石国を挙げての祭典と言うべきなのか凄まじい規模であり、歩く道という道に露天やらなにやらが立ち並び、ごった返す人と熱気が歩く気力を奪ってくるのだ


カナタからすると、家のソファが恋しい頃合いなのだが…


「…んむっ、んむっ…食べるカナタ…?……そことあそことあっちで売ってた…」


「いつ買ってきたお前は…って買いすぎだ何店舗回ってきた!?」


焼き菓子、串焼き、切ったフルーツ等々…小さな腕にたくさん抱えたマウラが串焼きをカナタへ差し出している


別行動をしてる訳でもないし、歩みは止めてない筈なのに、なぜいくつも違う店の袋を抱き抱えているのか…ちょっとシオンの方に視線を振った瞬間に買ってきたとでも言うのだろうか?頬を膨らませてもぐもぐとしながらオススメしてくるマウラの姿は大変可愛らしいのだが…


「む、カナタよ。あれが勇者像らしいぞ。今年ようやく完成したとかで、王国最大の金物店が仕上げたらしいのぅ」


そう言った隣を歩くペトラの指差す先にあったのは…大きな噴水広場にこれでもかと主張するよう鎮座している巨大銅像だ


大きい…15mはあるだろう高さと緻密に作り込まれた細部はどれ程の職人達が丹精込めて創り上げたのかを物語っており、明らかに「その辺の偉い人の像」とは熱と技術の注ぎ込み方が違う一品に間違いなかった


そして、その姿は…


分厚そうなフルプレートの装甲を纏った、まるでパワードスーツやロボットといえる人型…銅像からでも、その鎧から露出している体の部位は存在しないことが分かるだろう


胸部の中心には丸い模様かパーツに見える部分があり、脚や腕には太い線を引かれている


その胸には勇者自らが描いた自身のトレードマークである、横向きの兜の後ろに稲妻と剣がクロスした物を描いたレリーフが刻み込まれていた


手には鉈の先端を鋭角にしたような、複数の金属を組み合わせたような形の刀身を持つ独特な形状の分厚い剛剣を手にしており


近未来的な形の兜、その頭には目もとを表す双眼のバイザーが天を見上げている


その台座には高級感のある金属プレートに彫り込まれた字で




黒鉄くろがねの勇者・ジンドー』



と貼り付けられているのだ


(な、なんという羞恥プレイ…こんなもん造ってんじゃねぇよ金の無駄か!?生きてる内に自分の銅像見れる奴なんてそう居ねぇだろうなぁチクショウ…っ!)


当人にとってはある意味堪らない逸品だろう


これが世界的に知られているカナタの勇者としての姿だ


王国を信じていなかったカナタはプライベートでも基本的にこの姿で活動していた


彼の素顔を見たものはほぼ居ないとされており、こうしてその辺を歩いてもカナタと勇者を結び付けられる者は居るはずもないのだ



カナタは金属に関する魔法を操る力があり、その事から『黒鉄くろがねの勇者』と呼ばれているのだが…


「どうしたカナタ…なにやら凄い顔になっておるぞ?」


「いや、まぁ…気にすんな…ちょっと、ちょっとだけ思うところがあってなぁ…」


ひきつる表情筋を手で揉むカナタ


「それにしても…凄い鎧です。勇者ジンドーの遺留品は何も残っていないとかで、偽物も多く出回っているそうですが…まぁ、これを見れば分かりますけれど、再現は不可能だと思いますが」


「……明らかに…この世界のモノと構造が違う……造れる訳ない…」


「剣も特別だったのだろう?確か…『アルハザード』という銘だったな。勇者ジンドーは装備品を自らの能力で打ち鍛えて錬成したそうではないか」


ちなみに、それはカナタがアニメやゲームをしっかりと通ってきたからだ


身を隠すにしても、やはり格好いい方がいいと、ちょっとした遊び心で作ったこの鎧やら剣やらは、気付けば世界に向けた彼の顔その物となっていたのだ


それを品評されると何だが中二心を探られてるようでなんとも落ち着かない


そんなカナタの内心など知る筈もなく、少女達は盛り上がっていくのであった


ーーー


【sideシオン・エーデライト】


なんだかカナタの様子がおかしいですが…


でも、こうして出掛けられて本当に楽しいです


何故か彼は私達とどこかへ行くことを避けていますが、やはり強制的に連れ出す形にして正解でした


今も勇者の銅像を見ながらなにやら呻き散らしていますが…何か気になる所でもあったのでしょうか?カナタがそんなに勇者ジンドーに興味があったとは、驚きです


今度、お勧めの冒険譚でも貸してみましょうか…



さて、やっとの思いでこうしてカナタを家から引き摺り出してまでラヴァン王国の王都にやって来たのには勿論、特別な理由がーー









ーーある筈もありません


ただ、私達がデートしたかっただけです


家でまったり過ごすのもいいですが、やはりこうして外の空気を吸いながら一緒に肩を並べて歩く…えぇ、とてもありだと思います


ちなみに、私達3人の心は既に決まっています


それは…彼の側に居ること。距離ではなく、この心そのものも、限りなく近くに居たい


あの日、私達を地獄から連れ出してくれて、こんな世界で生きる力を教えてくれた…親も知り合いも、マウラとペトラ以外の全てを奪われた私に人の温もりも、全てを奪った理不尽へ対抗する術も授けてくれた


…最初は冷たく機械的な少年でした


喋ることなど殆ど無く、何かのアクションは普段全く起こさない…虚空を眺めて何を考えてるのか分からず、しょっちゅう家を開けてはいつの間にか帰ってきていたりする


大凡、意思と呼べるものを見せてくれる事柄無かったカナタですが…


それでも、私達は彼と共に居ることは幸せでした


彼にもなにかがあったことは何となくですが、感じています


出会った頃のように、心を感じさせない人形のような彼になってしまったルーツがあるのも分かっていました


でも、私達3人は同じ想いがあった


『この人を一人にしたらダメだ』


無性にそう思ったのです


側に居ました…私達という存在をカナタに刻み込むように


話かけました…そのカナタが秘めた心の中を引き出すように


触れました…この身の熱を、少しでもカナタに分け与えるように




3年間、拾われてからそうしてきた行為は勘違いでなければ、彼の心を溶かしてあげられたのだと、思います


カナタはとても穏やかな人になりました


昔とは考えられないくらい笑い、冗談も言うし、感情を遺憾無く露わにして私達と交流している…それはとても嬉しいです


ですが…カナタは自分の事を話しません


出生から仕事、来歴、交友に至るまで一切不明


日常的な事なんかは分かりますが…カナタの事はその他何も知らない、と言っても過言ではありません


それが堪らなく悔しい…好きな人の事は知りたいものなのです


でもいつか、彼の事を知って見せます




ところで…




「なんだか向こうが騒がしくありませんか?」


「向こうの方だ。喧嘩かのぅ?」


「………勇者が出た……って…聞こえる…」


「「「…………勇者?」」」



ーーー


勇者像の広場から離れた飲食店の立ち並ぶ通り


そのひとつである料理店を囲むように人だかりが出来ていた


典型的な野次馬らしく、見に来て笑うものも居れば顔をしかめて離れていく者も居る…どうやら、珍しいものでもないらしく、中には「あぁ、またか」と肩をすくめて通り過ぎる者すらいた


その大衆の視線の先には…


「おらァ!酒が足りねェって、聞こえてんのかァ!?この、黒金クロガネの勇者様が来てんだ、もっと盛大にもてなせよなァ。おい、店員、見た目のいい女でも何人か連れてこい。俺様の名前ならいくらでも釣れんだろ?」


下品と粗野が鎧を来たような男が偉そうにふんぞり返って机に着いて机をバンバンと叩きながらふんぞり返っていた


ぼさぼさの髪、整っているとは言い難い顔、中途半端に伸びた髭、薄汚れて所々が壊れた装備品、ほつれた衣服……あとちょっと臭う


どうやら自分を黒金の勇者ということにして豪遊しているらしい


世界を救った勇者を騙る…そんな事が許されるはずもない


それが分かれば禁固刑や罰金すらも発生するような重大な罪に相当すると、国民には流布されており周知の事実ではあるのだが…



…黒鉄の勇者の素顔は分かっていないのだ



世には男性ということしか知られておらず、他には彼の持つ魔法の名前と軽い特性程度だけが周知されているだけであり、何者も彼の正体を知ることは叶わなかったのだ


故に、ある程度の大衆は「あんなの、本物な訳がないでしょ?」と笑い飛ばすことも出切るのだが、ある層からすれば「本物の可能性がゼロではない」という恐怖がある


要するに、「言ったもの勝ち」のような状況になってしまいどんなに勇者っぽく無くても言い張る以上はそれを嘘と断じる「証拠」も「根拠」も提示できないのだ


そう思う民衆は不用意に偽物扱いをして弾き飛ばすことも出来ないのである




「あれは…強烈ですね。山賊とか、そんな類いです」


「…キモい…あと臭い…」


「あれは無かろうに…鎧も安物に黒く塗り物をしただけであろう」


それを見つめる3人娘は中々に辛辣


特にマウラは鼻を摘んで思い切り目を顰めていおり、ここまで酒やら臭めの体臭が彼女の優れた嗅覚を突っつきまわしてくるようだ


シオンとペトラの2人に至っては、むしろ勇者の銅像がある町でよくぞここまで粗末な仮装をしたものだ、と関心すらしていた…毛ほども「もしかして本物?」なんて思っていない様子だ


一方、カナタもついに自分の真似をするヤツを見てしまい心の中で悲鳴を上げて転げ回っている所であるが、ふ、と我に返って3人の少女肩を引くようにして下がらせようとする


「って、おい。3人ともそんなに前出るな。お前らの容姿じゃ……」


そう、忘れてはいけないのがシオン、マウラ、ペトラは絶世とつくほどの美少女である


10人通り過ぎれば15人が振り返るような美少女なのを忘れてはいけないのだ


勇者様・・・の目に止まれば当然…


「ッおいそこの!今見えた娘だ、お前だお前!紅い髪の、こっちに来い!へへ…勇者様と食事をさせてやるからよ。この後は俺様の宿に泊めてやるから、開けておけよな」


眉間を押さえるカナタ


こうなることは目に見えている


両サイドで「おぉ…」とご指名に感嘆の声を漏らすマウラとペトラは完全に傍観者席で観戦する気満々の野次馬と化した…


そして無表情になるシオン…その目が発する視線は氷点下を下回り、まだ生ゴミを見る方が優しい目をしていると言い切れる程にヒエッヒエであった


しかし、当然だが誰もがシオンに視線を向け、白羽の矢がたった美貌の少女を心配するのだが…当の本人は自分の身の安全に何の心配もしていない様子


「あなたたち…ここを開けておきなさい。危ないですよ?」


シオンは大呆れと面倒事へのとても盛大な溜息を「はぁぁぁ……」とつきながら、そう言うと手で払うように扉の前に集まる群衆を左右へと避けさせる


人の波が綺麗に2つに割れてその真ん中を歩くシオンの姿に男は皆が目を奪われただろう


革製のくるぶしを出す低さのブーツに白のカッターシャツ、その裾をしまい込む膝までのスカート…真紅の髪を揺らして人の壁の間を歩く姿はまるで名女優がカーペットをあるき進むかのようである


緩慢な動きでかけたメガネを胸ポケットにかけ、自称勇者に歩み寄る彼女


その仕草だけで、立派に強調された胸部の膨らみに視線は釘付けになってしまい、自称勇者も思わず…彼女を隣に座らせる前から席を立ち上がって手招きをするも…ついつい、その手は彼女の胸元へと延びていく


こんな極上のエルフが何も言わずに自らの呼びかけに応じて身を任せに来てくれる…男は今、人生の絶頂だという感覚にすら感じる陶酔に浸っていた


この後の予定は簡単だ…この麗しの美エルフに酌をさせて気分がのってきたらそのまま宿へ連れ込む…後はこんな細腕のエルフならば冒険者をしている自分が抑え込むのは訳ないだろう、そのままこの育ちきった恵体をたっぷり堪能させてもらうのだ


この美貌の少女が自分によってどんな声で啼き悶えるのか…想像しただけで体の一部がすでにその気になってしまう


その手が触れる瞬間、あと僅か数ミリで柔らかく張り出したその大きな膨らみに手が食い込む……










「失せなさい。デートの邪魔です」


凍りつくような声音が、瞬時に男を叶わぬ妄想の世界から引き摺り降ろした


「はえ?」という間抜けな声を漏らした瞬間に自身の視界がぐるりぐるりと乱回転し、天も地も分からない状態のまま…




外で見守る観衆も声を上げて驚いた


自分達が開けた道へ、轟音と共に出入り口から外の通りへと自称勇者が吹き飛んで来たのだから



「アっが…っ!?い、でぇ…ッ」



勇者を称する男は何が起こったのか全く分かっておらず、ただ地面やらに叩きつけられた痛みと衝撃に転げ回る他にない…いや、肩を抑えているあたり何が怪我でもした様子だが外傷もなく…


全員の視線が男が吹き飛んできた店内へと向けられれば、そこには何かを投げた後のような姿勢のシオンの姿があった


大きなズタ袋を投げ飛ばしたかのようなフォームに見えるが、簡単な話…


シオンは男が自分の胸元へと伸ばしてきていた腕を掴んで思い切りぶん投げただけである


男が肩を抑えていたのはあまりに強く投げられ過ぎて肩でも外れたのだろう


シオンへの恨み言を叫ぶ事すら出来ずに「いてぇ!いてぇよぉ!せ、聖女院っ!誰か、呼んできてくれぇ!」と情けなく叫びまわっていた


ーー勇者であるカナタが鍛え上げた3人の少女は尋常の腕前ではない


見物人も、その可憐な容姿からは想像もつかないしっぺ返しに息を飲んだが、一泊置いて感嘆の声と共に所々から拍手がなり始める…このような勧善懲悪の劇は民衆がもっとも喜ぶ事の1つなのだ


悠然と拍手と「やったな嬢ちゃん!」「見ててすーっ、としたわ!」「強いね君!」と言ってくれる人々に微笑みながら手を振って人の間を歩み進むシオンは、カナタの側まで来ると、当然のように腕を組んで…


「では、お騒がせしました。失礼しますね」


と何事もなかったかのように歩いていくのである


そう…きっちりと、カナタの腕を抱きしめるようにして、先程の男が狙っていた胸にぎゅう、と押し当たるのも構わずに…


「おい…何故腕を組む?」


「?…デートとさっき言いましたが…」


歩きながらジト目で突っ込むカナタだが


まるで当たり前なのに何をいってるんだろう?というように首をかしげるシオン…絶対にそういう意味では無いのだが彼女がその真意を話すことはなく、しばらくの間は熱々の恋人のようにぴったりと寄り添ったまま、通りの店を回ることとなった


その間も、片時も彼の腕を離すことなく


それはまるで


大切な宝物を手離さないようにするかのように


強く強く、抱き締めていたのである





「…………ズルい…」


「邪魔せんでやるが…貸し1つだぞシオン」


その後ろを追う2人の少女の会話はカナタの耳には届いていないのであった



ーーー


【ラヴァン王国・王城内】


そこは今、多忙に多忙を極めた戦場と化していた


勇者祭は国を挙げての大行事であり、諸外国からも王族や貴族が来賓としてやって来るのだ


それもその筈、勇者は世界を救える力を持った救世主であり、大戦時から時に自らの国や領地を救って貰うためにどうにか顔を覚えて貰わなくてはならない


その為に遠路はるばる魔物の蔓延る旅路を乗り越えてこの国、勇者を喚び出したラヴァン王国へと赴いてくるのだ


現在は魔神との大戦も終わり、道中の魔物の脅威を格段に減り自由な旅が可能となってきているので、これは風習的な外交の1つに変わったのだが…誰もが魔神を打ち倒し、魔物を尽く葬っていた勇者に感謝をしているのだ


故に、他国からは王族や最上位の貴族達が代表としてラヴァン王国を訪れる


祭の運営には、そんなお偉い来賓の接待やら何やらで文官から女官まで大忙しで動き回るっており、無碍に待たせられる相手ではない事からとても王宮とは思えない程に慌ただしい光景が広がっていた


とはいえ、これも世が平和になったからこその結果である


…と、大半の王宮勤めは諦めて働いているのであった




そんな中…


ラヴァン王国の国王自らが会食を行う広間では現在、数名の男女が顔を会わせている


「…して、まだ見つからぬか」


口を開いたのは顎髭を蓄えた老齢の男

齢70に達するこの男こそラヴァン王国の国王


バロッサ・ラヴァン・クアンターナ


その人である


理知と人情、実利を全て合理的に考える賢王であり、事実として魔神が猛威を振るう世に置いて即位から40年間、国を守り続けてきたのだ


彼がいなければ既にラヴァン王国は存在しないとまで揶揄される傑物である


そんな男が、深々と溜息をつきながら低い声で唸る


彼が見つけられぬとぼやくものがこの世にただ2つあった…


1つは愛しの孫娘の結婚相手


生半可な相手にはやらぬ、と爺馬鹿を拗らせた彼は非常に厳しく、15歳と成人を迎え美しい姫へと育った孫娘の伴侶が未だに見つからないのは、もはやこの国の貴族であれば誰もが知る事となっている


普段はおおらかな人物である彼の特大の地雷であり、下手に権力欲を出して「姫を息子の嫁に…」とか言い出そうものなら何をしてくるか分からない程に狂っていた


側近達はこぞって孫姫の行き遅れを心配し始めている程である


そしてもう1つ、見つからないこそ…



「勇者ジンドーは何処へ消えたのじゃ…何故誰も足取りを掴めぬ」



もう1つ…それは「消えた勇者の行方」であった


3年前、勇者ジンドーとの大きなトラブルの末に彼を激怒させる形で互いの関係に終止符が打たれた…様々な要因があったこのトラブルは彼との間に最悪の溝を作り上げ、下手に彼を探すことはもはや禁忌とされる程になったのだ


しかし、それでもバロッサは彼を追い求めていた


それとなく、あからさまではない程度に情報を密かに集めようとし、人を動かし、決して悟られないよう慎重に調査を進めていたのだ


借りにも国王が動かす諜報戦力である、情報収集の能力は一級品だ


それなのに…影も形も掴めない


こうして溜息が出るのも当然であった


「王様…それは仕方ないでしょ。ずっとあの鎧着てたんだから、私だって素顔知らないもの。ほんとに…ここに来てあの鎧がこんなに厄介になるなんて思わなかったわよねぇ…」


敬語もなく、不敬と言われても仕方ない態度で話すのは長身にウィッチハット、肩の露出したドレスのような服装に少しタレ目と泣き黒子が特徴的な美女


サンサラ・メールウィ


黒鉄の勇者のパーティの一員にして魔法の極致に至ったと言われる、魔女である


実年齢は正確に分かっておらず、少なくとも百年以上の時を生きている事だけが分かっており、バロッサが直々に勇者ジンドーの旅に同行して欲しい、と願い出た存在であった



「隣国レルジェ教国にも足取りは無しだ。ったく…どこ行っちまったのかねぇ。ここまで足跡掴めないと、流石に自信無くすってもんだ」



続けて話すのは中年の男

葉巻を咥えて煙を吸う男の容姿はなかなかに整っており、『イケおじ』とでも言われそうな雰囲気は少しばかり失敬と叱られそうではあるが、その少し怠惰そうな姿も似合っている彼もまた、勇者パーティの一員…


ザッカー・リオット


斥候と偵察、隠密が本職の、いわば『盗賊』的な立ち位置の男である


情報を集めたり忍んで気づかれずに行動するのもお手の物、遥か遠くの者を遠隔から見つけ出したりと器用かつ多岐に渡る隠密技術は実際、国王の動かす諜報戦力の比ではない


ただ1人でも国の重要機密まで丸裸に出来るような男である


そして…


「心配ですわ…彼に限って、まさか死んだということもないかと思いますけれど。そもそも、陛下が軍部と宰相の暴走を納めていただければあのようなことには…!」


「分かっておる…分かっておるのじゃ。悪いと思っておる…だが、当時は奴らの力もなければ国は守れなかった。仕方なかった…と、言葉に出来れば儂もどれ程楽か…」


最後の一人は白のローブに体のラインが出る白の装束を身につけた女性


細身ながら反則のようにしっかりと実った胸と締まったお尻、金糸のような見事なボリュームのある金髪を背中に広げた絶世の美女である

大貴族の出自であり、まだ19歳という年齢ながら世界最高の聖女と唄われる彼女こそ勇者パーティの回復役を一手に担う天才


ラウラ・クリューセル


他にも何人かいるパーティの中でも特にジンドーを心配し、心を配った彼女は特に彼の事を探し求めているといえよう


名家クリューセル家に長女として産まれた彼女には聖女としての才能や特別な魔法の才能があり、聖女教会に所属してからの力の伸ばし方は凄まじく…現在、歴史上、聖女と認定されている女性の中でも最高の聖女とまで謳われる傑物


そこに恋心があったり、恋慕が垣間見えるのは気のせいではないだろう


国王を責めるような口調も世界の聖女の頂点であり、魔神討伐の一翼を担ったからこそ許されるものである


「他2人はまだ世に散ったままか…何かしら手掛かりがあれば良いのだが…」


勇者ジンドーを兵器のように扱い、風当たりを強くした…それがここまでの関係性の崩壊を生み出した


これは当時の宰相と軍部のトップ、大将がラヴァン王国に使いやすい私兵とするために独断によって行ったことだった


勇者に対して『魔神を倒せば元ノ世界に帰れる』と嘘ばかりで唆したのも彼らなのだ


むしろ国王側の一派はそれを好ましく思わなかった側であったが、当時は…その宰相と大将の家が遥か昔よりラヴァンを支えてきた古く強大な権力を持つ2家だった事が災いし、真っ向から相対すれば国が真っ二つに分裂…最悪の場合、魔神との戦いをしながら国内での内戦へ勃発する可能性すら高かったのだ


魔神という脅威がある中で国内で争えば救える民も救えない…というより滅亡への王手となり得る。必要悪として見なし、可能な限りで勇者本人への支援に徹するしか無かったのが実情だった


事実、軍部宰相派閥の手により隷属的な制約や間者による強制的な契約執行、慰安と称した過度な買収行為に麻薬を盛っての中毒的支配などの様々な勇者へと干渉を防いできたのは国王バロッサ命ずる直属の暗部の者達だ


使い潰すような下劣な行程や訓練などに手を加えて人員を変えたりと軍部宰相側の意図を挫くように手を加えてきたのもバロッサであり、完全には届かずともある程度の行き過ぎは防いできた


これに業を煮やした軍部大将と宰相自らが勇者ジンドーに直接接触し始め、大幅に歯車は狂いだし…


ついにある一件が原因で勇者ジンドーとの友好関係は致命的に亀裂が入ることとなるのである



「それにしても、今年も多いねぇ。『自称勇者』は。なんというか…俺らからすれば仮装みたいで可愛いもんだが、やることがえげつない。しっかり取り締まらないとダメでしょうに」


話題転換、とザッカーがため息混じりに滑り込ませた話題に皆が「あぁ…」と頭を抱える


勇者ジンドーの素顔が分からないのをいいことに『我こそは勇者である!』と名乗りを上げるバカがそこら中で沸いてしまったのは魔神大戦が終わり、の平和が戻ってきてからの話である


少しばかり飲食で勝手するだけならまだかわいいものだが、女性に関係を持たせたりするケースも増えてきているのだ


魔神が消えた後ながら少しばかり社会問題となり始めているレベルである…頭を悩ませるのも当然であった。本来ならば取り締まれば一段落なのだが……


「あら、そういえば自称勇者と言えば…ラウラちゃんにお熱の彼も、じゃない?婚約、したんだっけ?」


「っあれは向こうが勝手に騒いでいるだけですわ!バカバカしい…ッ!あんな男が勇者を名乗るなど…ッ」


サンサラの茶々に本気の怒りを見せるラウラ


感情の高ぶりから放たれる強烈な魔力が彼女の純白のローブをバタバタとはためかせている


とある貴族がラウラに婚約を取り付けようとしていることに話はあった


とるに足らない中位貴族の、親が亡くなったことで早くに当主へと付いただけの若い貴族の男だ


普通なら大貴族の娘であり最高峰の聖女、そして救世の一行の一人である彼女に釣り合う男など王族でも恐れ多い程である


なのだが…婚約を迫った貴族曰く…


『一緒に旅をしたじゃないか。ほら、僕が勇者さ。勇者と聖女が結ばれるのは当然のことだろう?』


と宣った


ジンドーに恋心を抱くほどのラウラとしては許せる筈のない言葉…2年も共に旅をした、想いを寄せる程に想った相手だ。本人で無いかどうかなど、直感的にすぐに分かったのだが


その場で全力で引っ叩いてやろうと何度も怒りが爆発しそうになったのだが…


勇者とは異世界から呼ばれる者…だがその召喚システムもラヴァン王国側は。もしかすると120人目にしてこの世界の中から何者かを呼び出した可能性も…0とは言えないのだ


そして…嘘だと分かっていても、それを証明できないのは事実だ


現にラウラさえも彼の素顔を知らず、生声すら聞いたことがないのだから


「なぜ、嘘だと思う?」と問われればしっかりと理屈を並べて否定するのは不可能だった。国王は僅か12歳にしてジンドーが召喚されたことを知っているが…


その事実がラウラの胸中をさらに苦々しく染めていく


「うむ…まぁ、折角の祭じゃ。少し回ってきたらどうだ?気分転換もかねて、じゃ。ジンドーの鎧の像も、今年は建っておるぞ?」


「それは……そう、ですわね…。すこし、失礼しますわ」


目を伏せて頷くラウラが部屋を出ていく姿を見送る3人…普段は高位貴族と聖女としての風格漂う彼女が肩を落として去っていく姿はなんとも虚しいものがある


特にサンサラとザッカーの2人は旅の最中で彼女がどれ程勇者ジンドーを健気に想い、心配し、心を寄せていたのかを知っている


「さて、ああいう健気ちゃんは応援したいのがおじさんの本音なんだけど…王子様・・・はどこにいるのかねぇ」


ザッカーの言葉にうんうんと首を縦に振る国王とサンサラの2人


基本、ハッピーエンドが大好きな彼らは健気な聖女の行く末を心配する…勇者の怒りに触れない為に、国は勇者へ関わることを全面的に抑えてきていた


からラヴァン王国は勇者ジンドーを完全に怒らせた事により、勇者に関わるあらゆること全てを禁じたのだ…魔神すら滅ぼした力による圧倒的な実力行使によって


それこそ、彼の言い方はそのまんま…「言いつけを破れば国ごと滅ぼす」と宣言したものと同義の事を言い放ち、それを最後に姿を消した


それ以降、ラヴァン王国側はいかなる些細な勇者事にも首を突っ込めずにいたのだ


それがいかに偽物と言えども…「勇者に関わることを」だ。本物かどうかは問題ではない、彼があの日に「勇者に関わることそのものを禁じた」のが問題であり……事が偽「勇者」に関するとあっては何が勇者ジンドーの怒りに火をつけるか分からない…明らかな偽物を取り締まるだけだとしても、万が一彼の逆鱗に触れたら?……それこそ、万が一の下手を打てば国が滅びるのだ


国王が勇者ではないと分かっていようと口を出せない理由はここにある、国王として…そして国として「勇者」と名のつく事例全てが国を吹き飛ばす特大の地雷原となっている以上、取り締まることすら困難


完全に手出しが出来ない状況に陥ってしまったのである


とは言え、いざとなればザッカーもサンサラも彼女のために動く算段は付けていた


共に旅をしていたのだ…ラヴァン王国程に、2人は勇者ジンドーを恐れてはいない。むしろ信頼があるのだから、恐れる必要もないだろう


しかし……なんの偶然か


この祭を機に


3年間身を隠しつづけ、生死不明とまで言われた勇者ジンドーの捜索はついに


ついにその影を捉えるところまで迫ることとなる

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