第3話 肉眼実験

視力が悪く眼鏡をかけないと視界がぼやける人でも、幽霊だけはハッキリと見えるらしい。そんなネット怪談で得た情報を検証する為、私は高校時代の同級生である冬馬を心霊スポットの公園に呼び出した。

冬馬は小学生の頃からずっと視力が低く、ずっと眼鏡をつけている。オマケに顔が賢そうで髪型も七三風にしていたので、地区の悪ガキからは「学級委員」とか「博士」とか呼ばれていた。実際に期末テストなどで周囲が5点とか13点とか散々な点数を取る中で38点という最高点数を叩き出していたので頭は良いのだろう。

そんな冬馬を幼馴染の純喜と一緒に公園の前で待っていると、何やらくっさい煙草をふかしながら冬馬がやって来た。明らかに普通の煙草とは違う独特なニオイなので思わず指摘すると、冬馬はあっけらかんとした様子で「テツヤ先輩から買った」と答えた。テツヤ先輩といえばちょっと特殊な農家で働く百姓で(皆が百姓と言うからには百姓なんだ)、煙草はテツヤ先輩が丹精込めて作った農産品とのこと。

冬馬はちょうだいちょうだいとせがむ純喜に吸いさしの煙草を渡してやりながら「俺なんで呼ばれたん」と訊いてきた。


「実験だよ。幽霊って目ェ悪い奴でもハッキリ見えるらしくてよ、試してみたいから街で1番目の悪いお前を呼んだんだよ」


私の答えに冬馬はハーッと大きめに鼻で笑った。


「幽霊って生江ちゃん幽霊なんか信じとんのか!お子ちゃまやなぁ!」


コンタクトレンズが目の裏側にズレると頑なに信じて眼鏡をかけ続けている奴に言われたくないものである。そんな気持ちを余すことなく表出しながら私は冬馬から眼鏡を奪い取り、公園の奥へと引っ張った。冬馬は「絶対に離さんでな」と縮こまりながら私の腕を掴んだので本当に目が悪いんだと思った。






しばらく公園内を散策しながら適当な場所を指しては「あそこ何かいる?」「見えんわ」というやり取りをしていると、前方に男女の集団が見えてきた。若そうな格好をしているが30〜40代にしか見えない男が3人と、酔っているのかおぼつかない足取りで歩く20代程度の女が3人。何かのオフ会だろう。


「アイツらちょっとおどかすべ」


純喜が悪辣な笑みを浮かべて言い出した。すっかり忘れていたが、コイツは冬馬と合流する前にスーパーの格安ストロング系チューハイを2本空けておりいまだ酔いが冷めていないハズだ。その上テツヤ先輩産の煙草まで吸って怖いものなど無いだろう。

しかし私は止めることなどしなかった。私もチョコレート味のリキュールをラッパ飲みした後で判断力が鈍りに鈍っていたのだ。


「おめえら、見えるもん全部裏表反対に着てくれや」


言いながら純喜がズボンを脱ぐ。なるほど、怪談『あべこべ』を再現してやろうという魂胆らしい。

言われるがままに私と冬馬も服を全て裏返して靴も左右入れ替え、オフ会の集団に歩み寄っていった。


「兄さん達景気良いっすねぇ〜!」


純喜が声高に叫ぶと、オフ会集団はこちらに顔を向け、表情を固くした。男性陣はやや低めの声で「何ですかね」と返してきたが、ややどもり気味で頼りなかった。


「景気良いわけあるか、こんなつまらん所に女の子連れ込んで〜!」


純喜に続いて冬馬が叫ぶ。2人とも実に楽しそうだ。

男達が「アンタ達も女の子連れとるやろ」と困惑気味に返す中、背後の女達うち1人が突如悲鳴を上げて「帰る」と言い出した。


「なになになに!」


1人のオッサンが止めようと腕を掴むも女は振り切り、その勢いで芝生に倒れ込む。


「どうしたんや」


「だって幽霊やん!」


女が泣きそうな顔で叫ぶ。私達の服が全て裏返しなのに気づいたようだ。率直に彼等が『あべこべ』を知らなかったらどうしようと不安だったので良かった。

「わけわからんこと言うな」とオッサンが女に怒鳴りつけるその前で、うるさかった純喜と冬馬が黙りこくった。私も(最初からそんなに喋っていなかったが)黙りこくって集団を見る。こうして幽霊っぽさを演出するのだ。示し合わせなど無くても長い付き合いをしていればできる技だ。

あべこべに反応した女は私達の様子を見るや泣き叫んで逃げていき、他の連中も彼女を追って走っていった。

私達はしばし笑いながら集団を見送った後、当初の実験を再会すべく公園の徘徊を始めた。


「そういえば、さっきの連中に女がいるってよくわかったな」


私は冬馬の眼鏡を奪ったことを思い出し、私の腕につかまっている彼に声かけた。


「ああ、声とシルエットでわかるで」


「なんだ、ハッキリ見えたのかと思ったよ」


「生江ちゃんまだ言っとる」


鼻で笑う冬馬。ド近眼でもハッキリ見える程の距離で冬馬の眼鏡を握ると奴は「やめて〜」と声を上げた。


「そういえばトーマお前こないだ髪染めてなかった?真緑に」


突如、冬馬の黒髪を眺めながら純喜が思い出したように尋ねた。


「えっ、何?カツラ?」


私が冬馬の生え際を覗き込もうとすると冬馬はスッと真顔になり、かと思えば突如視界からいなくなってしまった。残ったのは私が握りかけていた眼鏡と純喜が持つテツヤ先輩産の煙草のみ。私と純喜は「実験失敗じゃん」と項垂れてから、何だかくっさい豚骨ラーメンを食べたくなったので2人でラーメン屋へと向かった。

途中で頭が真緑の冬馬と合流したが、実験し直すのが面倒臭かったので豚骨ラーメンを奢った。

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