第11話 かき乱される気持ち

ら、気付いたら眠りについていた。待ちに待った土曜日がやってきた。


昨日決めた服を着てリビングに降りる。


「あら、お洒落して。優斗くんとデート?」


「まぁ、そんなとこかな。」


と相変わらず気恥ずかしくて、お母さんに本当のことが言えない。


少し待ち合わせの時間には早かったが、駅に向かおうと家をでた。


駅に着くと既に優斗が待っている。


優斗も早く会いたいと思ってくれているようで嬉しかった。


久しぶりに優斗を見るせいか、いつもよりカッコよく見える。


ドキドキしながら近くに寄って、「久しぶり。元気してた?」と優斗に声をかける。


優斗は私の姿を見て一瞬驚いたような表情をするも、すぐに元の表情に戻り、


「元気だよ。今日はどうしよっか。リフレッシュしたい気分だよな。」


と服装を褒めるでもなく、貶すでもなくスルーされる。


折角おしゃれしたのに少し残念な気分になる。


「水族館でも行くか?非日常を味わえそうじゃん。」


「良いね。私も癒されたいから、水族館行こう。」


と言うと、自然に優斗が私の手をとり歩き始める。


服装を褒められることはなかったが、自然と繋がれた手を見ると嬉しくて頬が緩む。


「仕事って大変だね。優斗はインターンでずっとやってるから尊敬するよ。」


「やっぱりインターンでやってた仕事とは全然違うから、やっぱり疲れたよ。快もお疲れな。同期どんな奴なの?」


おもむろに大くんのことを聞かれ、何を言えば正解なのか分からず、


「バスケやってて、気が合うんだよね。昼食も社食で一緒に食べてて、心強いよ。うちの社食めちゃくちゃ美味しくてさ。羨ましいでしょ。」


社食の自慢をしたつもりだったが、優斗が興味を持ったのはそこではなかった。


「毎日同期と一緒に飯食ってるの?」


「そうだよ。一人じゃ寂しいからね。」


「そうか。そいつ彼女いるの?」


「彼女?聞いたことないな。カッコいいから彼女いるんじゃないかな。今度聞いてみるわ。」


「かっこいいのか。俺とそいつどっちがカッコイイ?」


と優斗らしくない質問に動揺してしまう。


「どっちって、どっちもカッコイイよ。今度、機会があったら一緒に飲みたいね。」


と適当にごまかしてしまった。


ここは優斗の方がカッコイイと言って好意をアピールすべきなんだろうけど、勇気が出なかった。


水族館に向かうまで、沙織先輩の話とか仕事の話とか、しゃべりたいと思っていたことをずっと話していた。


内容としては色気0で優斗の話す内容も同じような内容だった。


水族館について、チケットを買って中に入る。


割り勘主義を貫いているので、自分のチケットは自分で購入する。


思ったより中は混んでいる。


久々の水族館にテンションが上がり、周りを見ずに前に進んでいると、ぐっと優斗から肩を抱き寄せられる。


優斗の顔が目の前にある。あまりの近さにドキドキして動けないでいると、パッと手を離される。


「前見て歩けよ。ぶつかりそうになってたぞ。」


パッと手を離されたことにショックと悔しさを感じる。


その気持ちを払拭したくて、優斗の腕を掴んで歩く。


優斗は驚いた表情で絡んだ腕を見ている。


急に恥ずかしくなってきて


「私は水槽の中を見て歩くから、前が見えないからぶつからないようにと思って。」


と慌てて腕を掴んだ理由を適当に説明する。


その後は腕をほどくこともされず、腕を組んだまま水族館を回った。


自分から仕掛けたことなのに、水族館の生き物達よりも優斗との距離の近さにドキドキする。


出口に着いてしまい、折角近かった距離も離れてしまう。


「折角だからイルカショー見ていくか。」


「そうだね。久しぶりで楽しみ。」


2人で並んでイルカショーを見る。


時々触れる肩がくすぐったくも嬉しい。


イルカショーが終わると、


「しまった。俺も水族館久々に来るから、つい楽しくて時間忘れてた。昼飯の時間遅くなっちゃたな。」


「朝ごはん食べるの遅かったから、私は大丈夫。優斗が良ければ、軽く甘いもの食べて夜ご飯だけでいいよ。せっかくきた水族館だから満喫して出ようよ。」


「俺も朝ごはん遅かったから、あそこのカフェで甘いもの食べて休憩するか。」


と水族館の中にあるカフェを指さしている。


優斗は少しお腹がすいていたのか、ポテトとドーナッツを頼んでいる。


私はラッコのクッキーが乗っているソフトクリームを注文する。


席に座り水族館の感想を言いながら、それぞれ注文したものを食べる。


「快、これ食うか?」


と食べかけのドーナッツを差し出してくれる。


このままあーんと口を開ければ良いのか悩んだが、ドーナツを受け取り一口食べて優斗に渡す。


「お返しな。」


と言って、優斗が私の手を掴んで食べかけのソフトクリームをペロリと食べる。


今までだったら、勝手に食べないでよーとかってふざけながら怒れたはずなのに、掴まれた手が熱く感じたのと、ソフトクリームを食べる優斗の色気にやられてしまい何も言えずにいた。


「あれっ、食いしん坊の快ちゃんが勝手に食べられても怒らないなんて珍しい。」


とからかってくる。私一人が優斗のことを好きなことが急に悔しく思い、


「勝手に食べないでよ。」


と語気を強めて言ってしまう。


「そんなに本気で怒るなよ。ごめんな。あとで何か買ってあげるから。」


と言われると、怒ってしまった自分が益々惨めに思えてくる。


「ごめん、ごめん。食べ物のことになると見境なくなるからね、私。」


と自分をさげずむようなことしか言えない自分にもがっかりする。


黙って残りのソフトクリームを食べ終わると、優斗が立ちあがりこちらに体を寄せてくる。


何事かと思い、体を硬直させていると、不意に指で口の端を撫でられる。


「子供じゃないんだから綺麗に食べろよな。」


と言いながら、拭った指を舐めている。あまりの色気にノックアウト寸前になりながら、やっと出てきた言葉が「トイレに行ってくる。」だった。


心臓が破裂しそうな勢いで鼓動を打っている中、やっとの思いでトイレに到着すると、鏡に向かい水を出して手を洗う。


気持ちを落ち着けようと必死に手を洗うも、そんなことで収まる心臓でもない。


今日の私はどうもおかしい。


優斗のことがいつもより数百倍かっこよく見えてしまう。


今までなんともなかったことが、なんともあるように見えてしまう。


優斗はその気があってやっていることではなく、受け取る側の私の気持ちの変化だということに空しくもなる。


気持ちを落ち着かせるために、深呼吸をして心臓を落ち着かせてからトイレを出る。


「ごめんごめん。お待たせ。」


いつもより数百倍カッコよく見える優斗の元へ行く。


「これ、さっきのお詫び」


とイルカやラッコのクッキーが入った袋を渡してくれる。


どうやらトイレに行っている間に買っていたようだ。


「ありがとう。」


と受け取るも、食い意地張ってる女だと思われてるかと思うと悲しくも恥ずかしくもなる。


そんな私の気を知るはずもない優斗が私の手を掴んで「さぁ、出るか。」と歩き始める。


今まで優斗にどんな風に接していたのか、どんな風にしゃべっていたのか分からなくなってしまい、黙って優斗に引っ張られながら歩く。


「なんで静かなの?」


と言いながら手を引っ張られ、隣に並んで歩く。


「なんでかって。さっきの水族館の余韻に浸ってたのに、邪魔しないでよ。」


「余韻ってなんだよ。」


と笑っている顔すら神々しい。


しばらく沈黙で歩いていると、


「なぁ、お前って好きな人いるのか?」


と急に優斗が聞いてくる。


さては私の気持ちがバレてしまったのかと急に心がざわざわし始める。


思わず繋いでいた手を振りほどきながら、


「好きな人はいない。誰かいい人がいたら紹介して。」


と心にも思っていないことを言ってしまう。


「俺に紹介しろってか。快に合うような男はいないな。俺で我慢すれば?」


とどう回答すれば良いのか分からないような質問をしてくる。


これは冗談で言っているんだよな、本気で言ってるって受け取って気まずくなるもの嫌だなと思いながら、


「優斗は好きな人がいるんでしょ。私は良い人探すよ。大くんなんんていいかもしれない。バスケという共通の趣味もあるし」


とまた、心にも思ってないようなことが勝手に口から出てきてしまう。


言った後に自分を殴ってしまいたい気分になる。優斗はこれに対して何か言うこともなく、聞き流して無言で歩いていく。


手は繋がれていないので、慌てて後を追う。


なんだか変な雰囲気にしてしまったので慌てて、


「ご飯どこ行く?疲れてるからがっつり行きたいよね?」


と雰囲気を変えるために、わざと明るく言ってみる。優斗はくるりと振り返り、


「お前が同期と行くような店に行こう。」


と摩訶不思議なこを言ってくる。


「私と同期が良くようなお店?」


意図が分からず聞き返してみる。


「雰囲気たっぷりなお店に行くんだろ。俺と行くような雰囲気が全くないお店じゃなくて。」


益々、どうしたいのか分からなくなってきて、


「優斗、どうしたの。優斗の行きたいお店でいいけど。同期とは会社の近くの焼き鳥屋にしか行ったことないよ。むさくるしいおじさんに囲まれるようなお店だけど、そんなお店に行きたいの?」


と聞くと、バツが悪そうな表情になり


「悪い。なんか俺おかしいよな。適当に歩いて店決めるか。」


と言って歩いて行ってしまう。


いつも自然と繋がれる手が繋がれないのが寂しい。


手を繋がれるのを当たり前と思っている自分が怖かった。


結局、歩いてもお店が中々決まらず、次に道沿いに出て来るお店に入ろうということになった。


ピザのお店に入り、適当に料理を注文する。


「俺、来週から出張で2週間程、上海に行ってくる。」


唐突な報告にびっくりする。


「そうだよね。海外出張多くなるって言ってたけど、入社してすぐとは驚きだね。」


と動揺を隠せずにいると、


「勉強ってことで先輩に付いて行くんだ。戻ってきたら、同期と新入社員プロジェクトということで、大きい仕事をやることになってるんだよね。忙しくてしばらく会えなくなるな。」


同期という言葉にクリスマス前に2人で歩いていた、綺麗な女の人が頭をよぎる。


「そりゃ、大変だ。お父さんも容赦ないね。体を壊さないように体調管理はしっかりしないとね。」


本当は会えなくて寂しい、連絡が欲しいと言いたいところだけど、偽装なのにそんな事言って頭がおかしい奴と思われるのも嫌だった。


「さらっとしてるな。」


優斗が呟く。


さらっとしているとはどういう意味だろう。


「さらっとしているのは昔からでしょ。ねちっこいことあった?」


「そうじゃなくて、俺が忙しくなるって聞いてなんとも思わないの?」


また難解な質問を投げかけてくる。


本心を言いたいけど、やはり言う決心がつかず、


「なんとも思わないことはないよ。大変そうだから体調崩さないか心配だよ。」


「さっきから体調のことばっかりだな。お前にとって俺は幼馴染だもんな。」


と呟く。私もおかしかったが、今日の優斗もおかしい。


「どうしたの。さっきから。来週から忙しくなることを思うとナーバスになっているの?」


と心配になってくる。


「そうだな。きっとそうだよな。」


と言うと、何事もなかったかのように注文した料理を食べ始める。


私も連れて料理を食べる。


その後は普段通りの優斗に戻って、他愛もない話をして、食べ終わると店を後にした。


家がある駅に着くと、それぞれの家に帰る為に歩き始める。


別れ道まで来たところで優斗が


「今日はありがとう。久々の水族館楽しかったな。本当に来週から忙しくなって、連絡できないと思う。」


あんまりに忙しくなる、連絡ができなくなると言ってくるので、これは連絡をするなという意味なのかもしれないと思い、


「私も楽しかった。仕事の邪魔しないように私も連絡を控えるね。」


と言うと優斗は寂しそうな表情になり、


「俺は返信できないかもしれないけど、お前は連絡して。」と言うので、


「分かった。邪魔しない程度に連絡するね。仕事が一息ついたら連絡してね。それじゃぁ。」


と言って別れようとすると、


「お前、今日の恰好可愛い。その恰好、俺の前以外ではしないで。それじゃぁ、落ち着いたら連絡するわ。」


と言って、優斗の家のある方へ歩いて行ってしまう。


最後の最後に不意打ちされて、自分の顔がゆでだこのように赤くなってくるのを感じる。


可愛いって言ったよね、頭の中で優斗の言葉がリフレインされる。


たった今別れたばかりなのに、無性に会いたくなる。


これから1ヶ月程、連絡もできず会えないと思うと、とてつもなく寂しく悲しく思える。


優斗の宣言通り、優斗からの連絡はぱったりと途絶えた。


私も仕事の邪魔をしてはいけないと、上海出張に行く朝に『気を付けて。仕事頑張ってきて』とだけ連絡したきり、連絡をしていない。


その間、私は仕事にも徐々に慣れてきて、毎日奮闘しながらも充実した日々を送っている。


大くんとはよくしゃべっていて、しゃべればしゃべるほど岳に性格が似ていて、馴染みやすく感じる。


会社と家を往復する毎日ではあったが、沙織さんと大くんのおかげで優斗から連絡がなくても、気が紛れていた。


上海から帰ってきた日に優斗から、『無事戻ってきた。明日から、恐ろしく忙しい日が始まりそうだ。』とだけ連絡がきて、『無事戻ってきたようで良かった。明日から、死なない程度に頑張って。応援してる。』と返したものの返信はない。


一体、いつまで忙しい日々が続くのか聞いておけば良かったと後悔しながら日々を送っているうちに、5月の連休前になっていた。


「快、5月連休どっか行くのか?」


「私は大学の同級生と会う約束しているぐらいかな。」


岳と舞と会う約束をしていた。


「寂しい連休だな。彼氏とかいないのか?」


大くんとはこういう話をしなかったので、私もいいチャンスだと思って聞いてみた。


「彼氏というか、彼氏はいないかな。大くんは彼女いるの?」


「なんか意味深な回答だな。彼氏はいないんだね。俺は大学卒業とともに遠距離になるからって振られたっきり彼女はいない。」


と泣きまねをしながら話す大くんが可笑しくて、つい笑ってしまう。


「彼氏はいないけど、好きな人はいるよ。その人からは何とも思われてないのが悲しいけどね。」


「快のことをなんとも思わないなんて、相当な男だな。お前、相当美人だからな。」


「お世辞でも嬉しいよ。ありがとう。大くんは連休どうするの?」


「俺?俺は実家戻るよ。そして、振られた元カノに再アタックして復縁してくる。」


「それは一大事だね。上手く行くことを連休中、ずっと祈ってるよ。」


と大くんの肩を叩く。


「痛ってぇ、相変わらず怪力でございますな。」


大げさに痛がる大くんが面白くて笑いながら、


「連休前に飲みに行こうよ。元カノと上手くいくように応援の意味もこめてさ。」


「いいね、連休初日の夕方に行こうか。翌日から実家に戻るからさ。」


「了解。前に行った、焼き鳥屋でいいかな?」


「おぅ、楽しみにしてる。じゃぁ、明日の17時にお店でな。」


「はいよ、また明日。」


と言って大くんと別れる。優斗からは返信がないだろうと思いながら、『お疲れ。明日からの連休はずっと仕事?』と連絡してみる。


しばらくスマホとにらめっこしていたが返信はこない。


諦めて家に帰ってからはスマホを放置していた。


寝る前に確認してみると優斗から返信が返ってきていて『連休中も仕事。あともうひと踏ん張りのところまできた。』


連休中も仕事ということはどこにも出かけられないなとがっくりしたが、そんな我儘を言える立場でもないと思い、『あと少しガンバ』と疲れているだろうから、余計なことを言ってもいけないと思って簡単に返信しておく。


もちろん返信が返ってくることはなかった。


最後に優斗と会ってから、1ヶ月は経っている。


接触のなかった3年を思うと短い期間のはずなのに、会いたくて会いたくてしかたがなかった。


3年間連絡がこなかったはずなのに、途切れ途切れで連絡が来て幸せなはずなのに連絡が頻繁にないことを不満に思ってしまう。


本当に優斗が好きすぎて自分が段々欲張りになってきているのを感じる。


優斗に想いを馳せながら、返信のないスマホを眺めながら、気付いたら眠ってしまっていた。

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