第7話 近づく二人

気付いたら、自宅のベットで寝ていた。


記憶がなくなるまで飲んだことは無かったのに、昨日は優斗のことでかなり飲んでしまったようだ。


重い体を引きずりながら、リビングへ行くとお母さんが鬼の形相でこっちを睨んでいる。


「あんた、舞ちゃんと岳にちゃんと御礼言っときなさいよ。」


「舞と岳が連れて帰ってくれたのか。」


「そうよ、二人がかりで担いできて、部屋まで運んでくれたのよ。記憶がなくなるまで飲むなんて止めなさい。ちゃんと御礼言っときなさいよ。」


「はいはい、ご心配をかけしました。」


「それより時間大丈夫なの。今日は部活のOBの人の病院の清掃手伝うって言ってたじゃない。」


「そうだった、忘れてた。舞と岳に会うから御礼言っておくね。」


昨日の飲み過ぎで記憶が飛んでいたが、今日は部活のOBの人の病院清掃のアルバイトの予定があった。


かなり日当が良いので、声をかけられればいつもやっていた。


岳と舞も一緒にやる予定だったので会った時にお礼を言おうと思い、急いで用意をして家を出る。


病院は大学の近くなので、地下鉄で向かう。


寝坊して今朝から一度も見ていなかったスマホを見ると舞と岳からLINEがきている。


昨日のことを咎める内容かなと恐る恐る見てみると、二人とも急用ができて行けないとい内容だ。


一人でも清掃はできない訳ではないので、了承する返事と昨日のお礼を返しておいた。


二人揃ってドタキャンとは仲直りしてどこかへ遊びに行くのかなと考えながら、先輩の病院に向かう。


「おぉ、快。今日はありがとな。いつも通り清掃お願いします。先に今日の日当渡しておくな。終わったら、この鍵かけていつもの場所に鍵は入れて帰ってくれな。俺はセミナーがあるから、あとはよろしく。」


「分かりました。いつも通り、しっかり清掃しておきます。」


「いつも綺麗にしてくれてありがとな。あと、これもう一人くる子に渡しといて。」


と日当を手渡される。


「今日は岳も舞も予定ができてこれなくなったので、私一人でやる予定です。」


と慌てて言うと


「岳から代わりの人が1人来ると言ってたぞ。さっき連絡があったから間違いないぞ。とにかくこれ渡しといて。もう時間がないから、よろしく。」


と言って先輩は慌てて出て行ってしまった。


日当は自分の分だけ貰って、もう一袋の日当はカウンターに置いておけば良いかと思い、カウンターに置いて清掃を始める。


まずは窓枠と窓拭きから始める。


入口に背を向けて窓を拭いていると、誰かがドアを開けたベルの音が聞こえた


「すみません、今日は休診日なんです。」


と言って振り向くと、想像もしていない人が入り口に立っている。


入口に立っている人も私を見て驚いた顔をしている。


他でもない、優斗が入り口に立っている。


驚きすぎて「なんで・・・・」と優斗に向かって言っていた。


優斗も驚きを隠せずに


「あれ?太田は?岳から用事ができて、代わりに行ってくれって言われて。太田がいるからって言ってたんだけど。」


「舞は用事ができてこれなくなったんだよ。えっと、岳の代わりにバイトにきたってこと?」


やっとの思いで優斗に聞き返すと


「そういうことになるな。」


とそっぽを向きながら優斗が答える。


やっぱり私とは話したくないのかと態度で示されたと思い、このバイトが終わるまで二人きりは無理だと判断して


「このバイト一人でもできるから、優斗は帰っていいよ。先輩から日当は貰ってるから、岳からの迷惑料ということで受けとって。」


と言いながら、カウンターに置いておいた日当を手に取ると優斗に渡した。


無言で受け取って、特に何も言わないので気まずくなり、


「それじゃぁ、またね。」


とまたねが無いのも分かっていながら、またねと言っている自分に呆れる。


中断していた窓ふきを再開する。


入り口に背を向けた窓を選択した自分に賞賛を送りながら、無心で窓を拭く。


すると、優斗が動く気配がする。


帰っちゃったかなとがっかりしていると、


「俺はどこの窓拭けばいいの?」


と荷物を置いた優斗がこちらを見ている。


てっきり帰ってしまったと思っていたし、間違いなく帰ると思っていたから、ここに残るというのに驚いた。


「いや、私一人でできるからいいよ。優斗は帰って。」


と気まずくなるのは目に見えていたので、再度帰宅を促した。


「日当貰っておいて、帰れないよ。二人でやれば早く終わるだろ。」


と優斗の言葉にしつこく帰れというのも悪いなと思い、さっさと終わらせれば良いだけだと思い直し


「このウエスでそっちの窓拭いてくれる?」


と私とは反対側の窓を指定した。反対側の窓だからお互い背を向けて作業するから、無言でも気まずくはないだろうと思っていた。


拭き進めて距離が近くなってきたら、他の作業に移れば良いと考えていた。


「分かった。」とだけ言うと優斗は作業を始めた。


背を向けながら作業しているとは言えども、無言で作業するのは気まずい。


一刻も早く終わらせようと、いつもの倍の速さで作業を進めていく。


段々距離が近くなってきて、顔を合わせそうな角度になったので他の作業に移ろうと窓から離れようとしたとき、「


「就活順調か?」


とこちらを見ながら優斗が話かけてきた。


優斗が話かけてくるとは思ってもいなかったので


「えっ、、、」


上手く答えられずにいると、聞き取れていないと勘違いしたのか、


再度「就活順調か?」と優斗が聞いてくる。


「順調というか、行きたい会社は何社か絞って説明会に行ってるって感じかな。優斗は?」


「俺は親父の会社に入社する予定だから、インターンで行き始めてる。おかげでバイトも遊びも中々行けなくなってるな。」


「そっか、忙しそうで大変だね。そんな中、貴重な休みなのに今日はありがとう。」


「そうだな、貴重な休みなのに俺は何で掃除をしているんだ。」


とおどけた様子で優斗が答える。


3年間しゃべっていなかったはずなのに、一瞬で昔の感じに戻れて嬉しかった。


今度、いつこのチャンスがあるか分からないから、普通にしゃべってくれる今を存分に楽しもうと思い、優斗の気に障らないような話題で当たり障りのない会話を続けていた。


二人でやれば早く終わるという優斗の言葉通り、ほんの2時間ほどで掃除が終わってしまった。


無言できまずい中、掃除をしないといけないと覚悟していたが、実際は普通に会話して楽しい2時間だった。


このまま、終わったしまうのが惜しかったが、もう掃除するところがなかったので


「優斗、ありがとう。これで終わり。あとは鍵かけて行くから、先に帰っていいよ。今日は助かりました。ありがとう。」


と御礼を言って、帰る為に戸締りを始める。


優斗は帰るだろうと思っていたが、荷物を持ったっきり、その場を動かず何か考えている様子で立っている。


全ての窓の鍵を閉めて、閉め忘れがないか確認したので、いよいよ出口の鍵を閉めないといけないので


「優斗、もう帰るから出て貰ってもいい?」


と声をかける。


優斗ははっとした様子で「あぁ、ごめん。」と言って、急いで外にでる。


私も外に出て、ドアの鍵を閉めて、指定された場所に鍵を置く。


「鍵の置き場を見たのは忘れてね。貴重な休みにありがとう。それじゃぁ、またね。」


とまたねがないのが分かっているくせに、またねがあって欲しいと希望も込めてまたねと言って、優斗に背を向ける。


歩き出そうとしたとき、腕を引っ張られた。


優斗が私の腕を掴んでいる。


「快、この後どうするの?」


思ってもいない言葉に驚きながらも


「夕方からバイトがあるぐらいで、家に帰ろうかなと思ってるけど?」


と言うと、優斗が


「時間も時間だから、お昼一緒にどう?」


これまた思ってもいない言葉に嬉しさを隠しながらも


「いいね。日当もらったし、贅沢にいく?」


「そうだな。この近くのイタリアンが旨いって聞いたんだけど、どう?俺行ったことないんだけどさ。」


「私も行ったことないけど、パスタ大好きだから、そこにしよう。」


「昔から変わらずパスタ好きだよな、お前。」


とさっきまで、昔の話は避けて会話をしていたので、優斗が私のことを覚えていてくれて気を遣ってくれたことが嬉しかった。


お店に向かうまでは岳と舞の話をしながら歩いていく。


お店に着いて注文が済むと、しばしの沈黙が続く。


こう改めて向かい合って座ると、さっきまでの距離感とはまた違い気まずさが込み上げてくる。


この気まずさを払拭するために、当たり障りのない話題をふって会話をする。


料理がきて、美味しいねと言いながら、中身の無い会話をする。


さっきまで話せたことが嬉しかったのに、今度は中身のない話題に寂しくなってくる。


人間とは欲張りな生き物だ。


そんな時間もあっという間に過ぎていき、バイトの時間が近づいてきてしまう。


ちらちらと時計を気にしていると優斗が「バイトの時間?」と聞いてきた。


「そうだね、あと30分ぐらいで出ないといけないかな。」


「そっか、今日はお昼付き合ってくれてありがとう。」


「こちらこそ楽しかった。」


また行こうねと言いたかったが、言葉を飲み込んだ。


「・・・・・ところで颯太先輩とはうまくいってる?」


と優斗が謎の質問をしてきた。


「颯太先輩?就職して頑張ってるみたいだけど、忙しくてあんんまり連絡とってないかな。」


「そっか。頑張ってるんだな。連絡とれなくてお前は寂しうないの?」


「私は特に寂しくないよ。舞も岳もいるし。初任給で何か御馳走してくれるって言ってだけど、音沙汰無しだしね。」


と笑いながら言うと


「お前、よく笑いながらそんなこと言えるな。彼女ならもっと我儘言っていいんじゃないの?」


とまた、訳の分からないことを優斗が言ってくる。


「彼女?私が颯太先輩の彼女?」


「そうだろ、彼女なら大事にしてもらえよ。」


「私彼女じゃないよ。」


「えっ!!??」


と二人共、驚いた顔を見合わせる。


「あれっ、だってバスケ部の奴が良い感じだって言ってたぞ。」


「そんな訳ないし、岳から聞いたの?」


「岳が言わないから、他のバスケ部の奴に聞いた。」


「先輩とは付き合ってないし、何でそんなことになってるのか私が聞きたい。」


と言うと優斗は「そうか・・・」と言ったきり、考え事をしている様子だ。


この際だから私も聞いてしまおうと、勢いにのって一思いに聞いてみた。


「愛ちゃんとはどうなの?」


付き合っているという回答がきたらどうしようと心臓がバクバクしている。


「どうもこうも、どうもないけど。」


「そうなんだ。仲が良いから付き合ってるのかと思ってた。」


「確かに告白されたけど、好きな奴がいるからって断った。」


好きな人がいるという事実に心臓がえぐられるかのような痛みを感じる。


3年前も好きな人がいるって言ってたけど、優斗のことを好きだと自覚した今、いざ本人の口から言われるとダメージがでかい。


これ以上会話を続けて、更にダメージを受けるのも耐えられそうになかったので、そろそろバイトに行く時間と言おうとしたら、


「快、彼氏できるまで俺の彼女ってことにしてくれない?」


と突拍子もない提案をしてきた。


驚きの余り、優斗の顔をまじまじと見る。


「冗談じゃなくて、本気のお願い。彼氏ができるまでで良いから。愛も鬱陶しいし、親父が取引先の女の子を紹介しようかとか色々煩くて。快だったら、親父も納得するだろうしさ。」


理由を聞いて提案の意図を理解した。


私を好きだから付き合うというわけではないという事実に落胆しながらも、この3年間の優斗との距離を考えると


「いいよ、その提案のった。」と答えていた。


「ありがとう。助かる。そろそろバイトの時間だよな。行くか。」


と言って、唐突に会話が終了されて、店を出た。払うと言ってもきかず、優斗が奢ってくれた。


「それじゃぁ、バイト頑張ってな。」


と言うとさっさと行ってしまった。


さっきの提案は何だったんだろう、何なら夢だったのかしらと思うぐらい、何もなかったかのような別れだ。


最早、さっきの会話は私の妄想だったのかもしれないと思いながら、バイトに向かっているとポケットのスマホが振動する。


取り出して見てみると、優斗からのメッセージが届いている。


『今日はありがとう。また月曜日大学でな。』


久々の優斗からのメッセージに心が躍る。


また優斗と元の関係に戻れたかと思うと嬉しかった。


この土日はどんなにバイトが忙しくても疲れず、ふわふわした気持ちで過ごしていた。


月曜日が待ち遠しくて仕方がなかった。

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