第14話 オイシイ

「ちっ!」

「しまっ、くっ!」


 トワイライトとオルガスが突如馬車の中で反転した瞬間、


「うわあ!?」


 突如地響きが大きくなり、馬車の床に亀裂が走ってそのまま砕かれ、真下からモグラキカイが現れた。


「ひ、き、キカイ」

「あ、わ、あ……」


 馬車が貫かれ、天井も割れ、真っ二つに折れる。

 外に投げ出されて地面に体を打ち付け、涙を流しながら震える子供たち。

 そして同じように何もできずにアークスも投げ出された。


「ちい、こやつらめぇ! クローナ、童どもと救世主殿を!」

「おのれぇ、キカイどもがァ! 小生の剣で叩き潰してくれる!」


 咄嗟に槍と剣を持ってモグラキカイに攻撃を仕掛けるトワイライトとオルガス。


「アークス、あなたたちもこっちです!」

「おねえちゃ……」

「泣くのはあとです! さぁ、立ってください!」

 

 子供たちとアークスを守るために動くクローナ。

 だが、立ち上がって引っ張られても……


「クローナ姫、こちら、ぐわあああ?!」

「ばかな、また下か、ぎあああ!?」

「ひいい、たす、うぼぉ!?」


 安全な場所へ逃げようと思ったところで、どの方向にも安全な場所は無かった。


「そ、そんな……」


 次から次へと地中から出現するモグラキカイたちが、兵士も民も関係なく周囲の者たちを虐殺していく。

 更にこの陣のど真ん中に出現されたことで、強力な魔法で吹き飛ばすようなことも味方を巻き込むことになってできない。


「こ、このままでは……」


 いつも微笑んでいたクローナが子供たちやアークスの手を握る手が汗ばんで震えている。

 こういった状況には慣れている……だが、それはだから問題ないというわけではない。

 アークスでもこの状況は深刻だというのは理解できる。

 まだ幼い子供たちもそれは同じだった。


「ッ、あぶないっ!」


 再び感じる足元の振動。

 クローナは咄嗟に子供たちとアークスを手で押して突き飛ばす。


「く、クローナ!」

「おねーちゃん!」

「ひめさま!?」


 そして……


「いっ、あ、あああ!?」

「デリート」


 地中から再び現れたモグラキカイ。

 その鋭い爪をクローナは回避しきれず、左腕から肩に至るまで「抉」られた。


「あ、ああ、うっ、あ……あ」

「クローーーーナーーーーーッッ!?」

「ひ、い、いやあああ、おねえちゃん!」

「あ、わ、こ、ころされる、いやだー、たす、け、母ちゃん! 母ちゃん!」

「うわあああん、うわああああん!」


 傷一つなかった美しく白かったクロースの肌が痛々しく抉られた。

 一瞬でその手が血にまみれ、クロースはその場で膝をついて、痛みのあまり瞳に涙を浮かべている。


「クローナッ! おのれぇ、嫁入り前の儂の妹に何をしてくれるのじゃァ!」

「姫様ッ! お、おのれ、どけえええ! どけえええ!」


 その状況をトワイライトもオルガスも気づいているが、自分が食い止めているキカイモグラと戦うのが精いっぱいで、助けにくることもできない。


「あ、に、逃げて! アークス……こ、子供たちを……せめて……」

 

 自分の身よりもアークスと子供たちを。

 しかし、そう叫ぶもアークスも動けない。

 子供たちも突き飛ばされたアークスに抱きしめられながら震えるだけ。

 そして……


「発見。捕獲」

「ッ!?」

 

 キカイモグラがアークスを見てそう呟きながら、クローナに背を向けてアークスに歩み寄る。

 そのときキカイが発した言葉はこれまでクローナたちが普段は聞かない言葉だったのだが、もう今はそのことを気にする余裕もなかった。


「っ、く、くるな、くるなぁ」


 マセナたちを抱きしめながら後ずさりするアークス。

 しかし、キカイモグラは止まらない。


「っ、うう、やだ、やだぁ」

「ッ……」


 腕の中で自分よりも遥かに小さなマセナたちの涙が止まらない。

 このままではダメだ。 

 何とかしないと。

 しかし、自分の体に何の変化もない。

 キカイを倒したという、希望の力が。


「うおおおお、変われよ! 目覚めろよ! 畜生、ちくしょう! ちくしょー!」


 アークスは再び叫ぶ。何でもいいから自分にそんな力があるなら目覚めよと。

 しかし、体に何の変化も……


「だ、だめだ! くそ、なんで! 目覚めろよ! このままじゃ……このままじゃ……みんなが……クローナが、子供たちが!」


 変化もなかった……が、代わりに……



――お前は子供でもなく、大人でもなく――――


「ッ!?」



 それは、再び頭の中に流れた「誰か」の声。

 その声の主は……



――お前は漢になれ!


「ッ!?」


――お前の辞書に不可能の文字はねえ。だからこそ、お前は自分がコレと決めたものをも貫き通せ!! 噛み砕け!!


「っ、う、うわあああああああああああ!」

 


 その瞬間、「誰か」の声に心揺さぶられ、アークスは無我夢中でキカイモグラに飛び掛かった。



「いかせるかーーっ!」


「アークスっ!?」


「お兄ちゃん!?」



 何かできるわけではない。しかし、それでも体を張って飛び掛かり、キカイモグラの腰にタックルしてしがみついた。


「通さない、通さねーんだよ! わかんないけど、俺だって……俺だって」


 だが、アークスにキカイモグラを止めるパワーもない。


「お兄ちゃん!」

「だめ、アークス!」

「救世主殿!」

「や、やめろぉぉぉぉ!!」


 キカイモグラが腕を振り上げる。誰もがその鋭い爪がアークスの体に突き刺されることを想像した。


「ちくしょう、ちくしょう、うわああ、あああああ!」


 少しでも足を止める。少しでも傷をつけてやる。

 そんな思いからか、アークスは無我夢中でキカイモグラの胴体にしがみついたまま、その体に……


「がぶっ!」


 噛みついた……そして……



「……? がり、ぼりばりぼり……がりぼり……ゴクン」

 

「「「「ッッッ!!!???」」」」



 噛み砕き、そして食べた。



「な……に?」


「ばか……な」


「アークス……?」



 その光景を見ていた者たちは、この状況下で呆然としてしまっていた。

 これまであらゆる魔法も、剣も槍も、いかなる攻撃をも通じなかったキカイ。

 そのキカイの体を、少年が噛みついて砕いてしまったのだ。

 しかも、それを食べたのだ。


「……あ……」


 予想外の事態はアークスにとっても同じ。

 無我夢中で噛みついたら、まさかキカイの体の一部を噛み千切ることができ、しかもそれを噛み砕き、飲み込んで、そしてその後に自然と出た感想は……



「……オイシイ」


「「「ッッ!!??」」」


「補給完了」



 その呟きを聞いたのはこの場で、クローナ、トワイライト、オルガス、そして子供たちだけだった。

 そして……



「はあ、はあ、はあ、熱い! 熱い! まだ、おれ、もっと……もっと!! もっとっ! お、お……うおおおおおおおおおおお!!!!」



 アークスの体が眩く発光し、その右腕にはクローナたちが「希望」と抱いた形に変形した。

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