第33話 ※アレクシス視点(6):公私混同

 朝、ブランシェらに見送られて気分良く家を出てきたわけだが。


「アレクシス、今日は機嫌が良いな。奥さんと上手くいっているんだ?」


 さっそくディオンが絡んできた。

 そんなに顔に出ているのだろうか。しかし人の顔色を読んでも口にするのは止めてほしい。特にディオンの場合はからかいが多いから余計だ。

 否定してもいいところだが。


「そうだな」


 つい正直に答えた。

 すると意外そうにディオンは目を丸くする。


「へぇ。そうなんだ。まあ、良かったな」

「ああ」

「上司の機嫌がいい職場はいいものだ。気楽だ気楽」

「お前はいつ何時でも気楽のような気がするが」


 ディオンはいつものごとく、朝から自分の執務室かのように私の部屋でくつろいだ。これで仕事ができる男だというのだから世の中不条理である。

 そう考えて昨日ブランシェと話していたことを思い出す。


 人間は人と自分とを比べて、自分の評価さえも自分で決めてしまうものだと。時には自分を過大評価して慢心し、時には過小評価して萎縮してしまう。どちらも自分の価値を見誤り、本来の力を発揮できない。それはとても惜しむべきことだ。

 ブランシェの口調は終始淡々としていて一見客観的に話しているように思えたが、どこか自嘲しているようにも見えた。彼女の脆さを垣間見た気がする。


「ということは彼女の言葉を信じる気になったんだ」

「え? ……ああ」


 ブランシェが心に何かを秘めていることは分かっている。時折苦しそうな表情を見せる時があるからだ。


 私は彼女が秘めているものを暴き晒したいわけではない。人には誰にだって触れてほしくない所ぐらいある。彼女が隠したいと思うのならば私は見ないふり、気付かないふりだってできる。だが、それが彼女をかえって追い込んでいるのではないだろうか。

 だから心に秘めているものを開放させて楽にしてやりたい気持ちもある。たとえ自分が望まぬ結果となったとしても。


 それでも口に出した彼女の言葉は嘘ではないと信じたいと思う。私の心に応えてくれた彼女の熱は偽りではないと。


「ふぅん。まあ、良かったんじゃないの。俺の助言のおかげだな」

「ああ」


 素直に頷くとディオンは少し引きつった顔をした。


「素直だな! やっぱり恋はお前さえも変えるんだな。恋愛は偉大だ」

「恋が変えたんじゃない。ブランシェが変えた」

「あーはいはい。惚気ごちそうさまっす」


 ディオンは目を細めてますます苦笑いを深める。


「お前を変えたブランシェ嬢に会ってみたいな。今度家に遊びに行っていい?」

「来るな。近寄るな。顔を見せるな。ブランシェが穢れる」

「ひでーっ! 俺のことを何だと思っているわけ!?」

「友人で参謀長官としては有能で信頼もしているが、男としては信用ならない人間」

「はっきり言うな!」


 何だと思っているから聞いてきたから答えたまでだ。

 冷たい視線を返した。


「まあ」


 彼はため息を一つ落とした。


「まあ、お前が奥さんのことで悩みが消えたのはいいことだ。お前が女性のことで思い悩む姿もちょっと面白かったけどな。――さて。ではここからは仕事の話だが」


 ディオンの顔つきが変わる。

 この切り替えの速さが彼の特徴だ。普段は大ざっぱでいい加減な所があるが常に冷徹な物の見方をし、時には自分より非情に物事や人を取捨選択することがある。


「ああ」

「最近、不穏な動きがある。セントナ港に持ち込まれる荷物に引っかかるものが多いようだ。舶来品で暴利を得ようとする程度なら可愛いものだが、銃器や火薬、危険薬物なども入ってきていると報告がある。保安検査と検疫強化をした方がいいと思って指示しておいた。ただ、港は最近、人も物の出入りも多くなって今の警備体制では足りなくなってきているから人材派遣する必要があるな」


 時代は変わりつつある。私たちが常駐している国境沿いの警備を強化するよりも、人流や物流性がより高い港町の方を強化する体制を取っていくべきかもしれない。


「そうか。報告承知した。近い内にセントナ港に行く」

「――はっ!? 何でお前が?」


 真剣な表情をしていたディオンがまた目を丸くして表情を崩す。


「妻と港町に行こうと約束している」

「いや。さすがにさ、それはどうよ。仕事に家庭を持ち込むのもどうだし、家庭に仕事を持ち込むのもどうよ」

「分かっている。視察ではなく、あくまでも休日の日で妻が優先だ。仕事はついでだ。視察及び警備隊は別に派遣しよう」

「仕事がついでって言っちゃったよ、おい」


 実際悩ましい問題ではある。厳しい締め付けは交易を妨げることになり、国益を損なう原因になる。だからと言って不穏分子をそのまま放置すると治安の悪化に繋がりかねない。


「まあ、下見は必要だからそうしてもらうか」

「ああ。町には一度一緒に出かけたが、仕事の兼ね合いとか他にも色々あって港町まで行くのは延び延びになっている。家に閉じ込めてばかりになるので早く連れて出てやりたい」

「え。何なのそれ? 惚気なのか仕事の愚痴なのか、どっちなんだ」


 ディオンはすっかり仕事顔からいつもの優男顔に戻っている。


「そういえば、ディオン」

「何だ? まさかお前まで結婚はいいぞとか説教し出すんじゃないだろうな」


 身を乗り出した私にうんざりしたような表情を見せるディオン。


「人の恋愛観や結婚観に同意も反対もするつもりはない。それよりも」

「派遣隊員の選別のことか?」

「いや。そうではなく」


 私の顔色を読んだのか、彼はまた真剣な表情に改める。


「セントナ港で美味しい食べ物屋は知っているか?」

「――知るかっ!」

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