第32話 あなたに生かされている

 朝食を取り終えた私たちはサロンに移動することになった。

 前回の月役の時も一日をご一緒する予定だったが、結局、私が途中うとうととしていたので見かねたアレクシス様が早々に休むように言って部屋に押し込められた。

 だからこうして一日という時間をテーブルを挟んで顔を突き合わせるのは初めてのことになる。

 そう言えばアレクシス様のことは何も知らない。今日は彼のことを尋ねてみたいと思う。


「アレクシス様は妹様がいらっしゃるのですよね。名前は何とおっしゃるのですか」

「ああ。セリーヌだ」

「素敵なお名前ですね。きっとお姿も綺麗なお方なのでしょう」


 アレクシス様には妹がいらっしゃるからある程度の的外れがありつつも、女性への気遣いができるのだろうか。彼やご両親を見ていたら、さぞかし美しい女性なのだろう。


「ああ。そういえば結婚式の時はうちの妹も欠席して失礼した」

「いいえ。もう臨月だとおっしゃっていましたものね。お体が大変な時期でしょう。特にアレクシス様ご家族様にはご足労いただきましたことですし。セリーヌ様のご出産楽しみですね」

「そうだな」

「そうですか。アレクシス様はもうすぐ伯父さんになるのですか」

「っ! おじさん、か」


 アレクシス様は苦笑いしたが、ふと何かに気付いたようで唇を横に引いた。


「君も伯母さんになる」

「お、おばさん……」


 衝撃的な事実を告げられて少々めまいがしそうになったが、はたと気付く。

 私は親戚には当たるのだろうが、直接的な伯母さんにはならないのだと。なるのはブランシェだ。


「いえ。伯母さんになりたいですね。ご令妹様のお子様なのですもの。きっと天使のように可愛いことでしょう」

「君の子供だったらもっと可愛いだろう」

「え?」


 思わず目を見張るとアレクシス様がはっと表情を固め、目を伏せるとごほんと咳払いした。


「いや。変なことを言った」

「……いいえ。もし子供ができたらアレクシス様似になると嬉しいです」

「私は君似になると嬉しい」


 私はそれには答えられなくてただ微笑む。


「セリーヌ様のお子様はどちらに似るのでしょうね」

「そうだな。妹の子供はもし女の子だったらおしゃまな子になりそうだ。妹の小さい頃がそんな感じだった」


 妹さんのことを話すアレクシス様の表情は穏やかだ。仲の良い兄妹だったに違いない。いや。ご両親との仲も良好だ。責任ある地域に身を置く方々の強い結束によるものなのかもしれない。


「君は? 確か三人のきょうだいがいたと思うが」

「はい。姉のアンジェリカ、弟のクラウス、妹のサラの三人です」


 クラウスもサラも元気にしているだろうか。サラはお嫁に行くという意味をきっと分かっていなかっただろう。姉妹揃っていきなりいなくなって、不安に思っていないだろうか。面倒見のいいクラウスはきっとサラを慰めてくれているに違いない。彼にも負担をかけている。


「そうか。姉と言っても双子だから普通の姉とは感覚が違うのか?」

「そうですね。弟や妹を見る立場の姉とは違いました」

「え?」

「いつもふたりで一まとまりとして見られ、それでいて常に見比べられていました」


 私にはブランシェの気持ちが分からない。だからブランシェからの視線は語れない。私にできることはただ事実を述べることだけだ。


「そうか。私には経験がないから語れないが、それはなかなか過酷な環境のようだな」

「はい」


 アレクシス様もまた、双子なのにその明確な差によってブランシェを選んだのだろうと思うと胸が痛い。


「家族のことを、姉のアンジェリカ嬢のことを話すのはつらいか?」

「え……?」

「いや。そんな顔をしていたから。勘違いだったらすまない」

「そうですね。アレクシス様のおっしゃる通りです。わたくしたちは顔形がそっくりなものですから、自分とは違う所があるととても違和感を覚えました」


 なぜブランシェにはできるのに、私はできないのだろうと。悔しさが諦めに、羨ましさが妬みに変わるのは時間がかからなかった。けれどブランシェには私に対する嫉妬など露ほどもなかっただろう。だから違和感という言葉に置き換える。


「人間は誰かと比較しないと人を評価できない愚かな生き物なのだろうな。だが、人と比べるからこそ競い合って自分を高めたいと思う生き物であると思う」

「そうですね」


 アレクシス様に嫉妬に塗れる醜くみすぼらしい私を知られたくないから、自分を成長させたいと思った。


「人と人との出会いは大切なのですね」

「ああ。人は人によって生かされている」


 そう考えると、この経験は私の成長にとってはなくてはならないものだったのかもしれない。


「わたくしはアレクシス様にお会いできて良かったです。わたくしはアレクシス様に生かされております」

「ああ。私もブランシェに出会えてよかった。私も君に生かされている」

「ふふ。二人して大げさでしたね」


 アレクシス様はいつものようにただ静かに私を見つめて微笑する。

 たとえこの胸を締め付けて新たな痛みを覚えようとも、アレクシス様に出会えて良かった。

 心の底からそう思った。


 ただ……アレクシス様に対する罪悪感を残して。

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