第6話 素敵なお部屋

「わ……ぁ?」


 私に用意されている部屋まで屋敷内を軽く案内されたが、馬車と同様で豪華絢爛さはないものの、それでも品性高く統一感のある落ち着いた内装だ。

 廊下には先祖の方々だろうか、肖像画が何枚も飾られており、それにそっと華を添えるように、無駄を極限まで省いた洗練された美しい花が等間隔に生けられている。


 二階へと続く階段の中央には暗い朱色の敷物が敷かれ、過去に凄惨な事件が起こった現場の色を思わせ――思わない。全く思わない。思ったことなど一度もない。

 とにもかくにも、全て想定内の内装となっている。だからアレクシス様がこの部屋が君の部屋だと足を止め、扉が開放された時、思わず驚きの声がもれてしまった。


 部屋は惜しみなく空間が広く取られていて、周りの壁は優しい生成り色を基調とし、装飾にもまた金が繊細な細工で施されている。陽の光をたくさん取りこむように窓は大きくなっており、昼間はきっととても明るくなることだろう。

 天からはきらきら輝く照明器具が吊り下げられ、地には刺繍が美しい高級そうな絨毯が敷かれている。


 そこまではいい。実家よりもかなり豪華で驚く所は大いにあるが、そこまでは。驚くべきことはそこからだ。


 壁際には精巧に彫り込まれた飾り棚で囲まれた暖炉、その上には未来まで見通せそうな程ぴかぴかに磨かれた大きな鏡が配置されている。

 中央には金縁の豪勢そうな長ソファーと、手に抱えきれないくらいの花束を思わせる豪勢な花が置かれているテーブルが設置されていた。窓にはフリンジ飾りされたカーテンがあるのだが、様々な調度品らは全て薄紅色から薔薇色となっているのである。


 つまり実に目に甘い、女の子女の子した可愛いおひい様が住んでいる部屋のようなのだ。寝室は奥の扉から続く別室のようでこの場所からは見えないが、おそらく同じような様相になっているに違いない。

 死神卿の屋敷の印象から言えば、ひらひらした可愛いレースがあまりにも乖離しすぎている。


 こ、れはアレクシス様の……ご趣味なのだろうか。


 我知らずこくんと喉を鳴らす。

 私は確かめるように振り返ると、アレクシス様もまたなぜか後ろを振り返っていた。しかし私からの視線を感じたのか、アレクシス様ははっとこちらへと振り返る。

 彼は場を取り繕うためにごほんと咳払いすると、ぎろりと刺すような瞳で私を見据えた。


「何か」


 ざくりと視線の刃が心臓に刺さった私は、イエ何デモアリマセンと口元を引きつらせながら片言で答える。


「趣味が合わなかったら直ちに取り替えさせる。ボルドー。おい、ボルドー、どこに行った」


 もしかして振り返っていたのはボルドーさんの姿を探していたのだろうか。そう言えば、先ほどまで後ろに付いてきていたボルドーさんの姿がいつの間にか消えている。さすがは死神卿に仕える侍従長だ。アレクシス様にも気取られない内に姿を消したらしい。


「はい。いかが致しましたか」


 呼ばれてどこともなく現れたボルドーさんは、若干強張って見えるアレクシス様を静かに見つめる。


「部屋のことだ」

「奥様のお部屋のことでございますか。はい。何か不手際でも」


 ボルドーさんは私に視線を移す。

 尋ねられてもこれといった指摘すべき不手際も過不足も特にはない。だから。


「み、身に余るほどのお部屋をご準備いただき、誠にありがとうございます。とても素敵なお部屋です」


 私はお礼を述べることにした。


「お気に召していただきまして、誠にありがとうございます。旦那様のご指示通りの内装にいたしました」

「――っ」


 やはりアレクシス様のご趣味!?

 まじまじと見つめるがアレクシス様は私の視線から逃れると、背後からでも感じ取ることができるびりびりとした禍々しい怨念をボルドーさんに向けた。


 私がその視線を受けたなら間違いなく卒倒しているところだが、彼はさすが古くから仕えているとあって、その圧にも動じずにお澄まし顔をしている。

 何にせよ、アレクシス様がご用意くださったのならばお礼を申し上げなくてはいけないだろう。そもそも禍々しすぎて魔力当たりしそうだ。心穏やかにして収めていただきたい。


「アレクシス様、誠にありがとうございます」

「違っ……」


 気を逸らすためにお礼を申し上げると思惑通り、アレクシス様は瞬時に怨念を収めて弾かれるように私へと振り返る。


「この部屋は」

「はい。ありがとうございます。とても気に入りました」


 アレクシス様はぐっと息を詰めて私を見たが、やがて一つため息を落とした。


「……いや。君が気に入ったらならいい」


 私、には少々可愛すぎる自覚はあるので実家では落ち着いた内装だが、正直のところ私好みの部屋だ。ただしブランシェは好まない部屋ではあることは確かである。しかし今、口を出すことでもない。戻ってきた彼女が気に入らなかったならば、その時に変えてもらえばいいことだ。


 ――あ。もし気に入らなかったとしても、全く違う内装への変更を言い出すと不審に思われるから口に出さないかも。


 仕方なく嫌々受け入れるブランシェの姿を想像して少し笑みがこぼれた。


「はい。お気遣いをありがとうございました」


 アレクシス様は何か言おうと口を開いたようだったが、すぐに閉じてただ小さく頷いた。

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