Vtuberとクリぼっち ~大好きな幼馴染、でもすれ違ったからもう遅い?~

こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売

Vtuberとクリぼっち ~大好きな幼馴染、でもすれ違ったからもう遅い?~

 俺の名前は桜庭勇樹さくらばゆうき


 今は近所の高校に通う高校二年生だ。


 そんな俺には、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染の女の子がいる。

 彼女の名前は梅津純恋うめづすみれ。俺と同じ高校二年生で、今も同じ高校に通っている。


 純恋とは、高校一年の頃までは近所な事もあり一緒に登校していたのだが、二年の秋がやってきた頃、一緒に登校する事は無くなってしまっていた。

 そしてそれどころか、今ではほとんど会話をする事も無くなってしまっていた。


 純恋を何かに誘っても、言い辛そうに断ってくるようになったのである。

 それはまるで、俺といるよりももっと大事な事が出来たような感じで、避けられているようにも感じられた。


 そんなわけで、いつも俺の側にいた幼馴染の純恋は、ある日を境に俺の元から徐々に離れて行ってしまったのであった。

 そして俺は、こうして純恋と離れてみて初めて、一つの大事な想いにようやく気付いてしまったのである。



 ――俺は純恋のことが、好きだったんだ



 ようやく自覚した自分の気持ち。

 けれど、二人の距離が生まれてしまってからそんな気持ちに気が付いても、もう遅かった――。


 今日も純恋のいない一日を過ごさなければならないと思うだけで、正直夢も希望も無い程俺の心は落ちぶれてしまっているのであった――。



 ◇



 純恋は学校でも有名な美少女の一人だった。


 色白で整った愛嬌のある顔付き、そして背は低いが出るところは出ていて、まさに男の理想を体現したようなその容姿は、男子達からの人気が物凄く高かった。


 一部の男子達からは崇められており、中には純恋の事を天使と呼ぶ人までいる程だ。


 そして何より、純恋の特徴はその容姿だけではなかった。

 その人一倍整った容姿以上に特徴的なのが、純恋の声だ。


 純恋の声は所謂アニメ声というやつで、その声を聞いた人は思わず振り向いてしまう程、とても可愛らしい声をしているのだ。


 おかげで純恋が話すだけで、その容姿と相まって周囲からの注目を集めてしまい、この学校では根強いファンを生む程の有名人にまでなっているのであった。


 そんな純恋だが、幼い頃はその声がコンプレックスだった事もあり、引っ込み思案な性格をしていた。


 しかし、いつしか気が付くと純恋は所謂オタク文化にハマるようになり、それまでコンプレックスだった自分の声にも自信を持てるように変わっていった。

 そしてそれからは、「将来はこの声を活かして声優になりたいんだ」なんて嬉しそうに夢を語る純恋の事を、俺は純粋に応援していた。


 俺には正直オタク文化というものはよく分からなかったのだが、こうして自分のコンプレックスだったものを武器にして夢にまで変えられた純恋の事を、俺は素直に応援したいと思えたのだ。


 しかし、今になって思えばそれがキッカケだったんだと思う――。



 ある日の学校の帰り道。

 俺はいつも通り純恋と一緒に帰り道を歩いていると、突然純恋は緊張したような面持ちで話しかけてきた。



「……ゆうくん。あの、ね、わたしね……」

「ん? どうしたよ?」

「……その、ね? ゆうくんは、最近流行ってるVtuberってどう思う……?」

「え? ぶいちゅ……? な、なんだそれ? Youtuberみたいなやつか?」

「ま、まぁ、うん、そう……」


 何だか残念そうに、歯切れ悪く返事をする純恋。

 だが、何が言いたいかよく分からなかった俺は、その場でそのブイチューバーというやつを検索してみる事にした。


 すると、検索結果には二次元の美少女のイラストや3Dの画像が沢山出てきた。

 なるほど、こういう二次元の女の子が生配信をするYoutuberみたいなものなのか。



「んー、どう思うかって、俺には正直よく分からないし興味も無いんだけど、純恋はこういうのが好きなのか?」


 やっぱりこういう文化はよく分からない俺は、思ったままに返事をした。

 どう思うかと言われれば、全く興味は無いというのが素直な感想だった。


 別に、二次元とかオタク文化に偏見があるわけではない。

 だが、例えば純恋が俺の好きな野球観戦に全く興味が無いのと同じで、俺はそういう文化に全く興味が無いと言うだけの話だった。


 幼馴染が好きなものだから、もうちょっと知ろうとする歩み寄りもあるのかもしれないが、例えば野球にわかの女の子に「わたしも野球好きだよ」とか浅い内容を語られる事があったら、俺はきっとしんどい思いをするに違いない。


 だから、興味が無いのに下手に無理して首を突っ込む行為は必要ないし、ただ不毛なだけだというのが俺の考えだった。

 布教するのは構わないが、そのうえで好き嫌いは人それぞれだってね。



「そっか……うん、何でも無いよ。それじゃ、わたし帰るねバイバイ」


 だが、そんな味気ない俺の返事を聞いた純恋は、少し暗い顔をしながら自分の家へと帰って行ってしまった。


 この時の俺は、そんな純恋の事を特に気にとめる事もなく見送ったのだが、今思えばきっとこの時から、純恋は俺との距離を置くようになった気がするのであった――。



 ◇



 純恋と話す事が無くなって数日が経った頃。

 俺は、ふと思い出して以前純恋の言っていたVtuberというものを見てみる事にしてみた。


 あの時、純恋が俺に何を言おうとしたのかは知らないが、何か言いたかったのであろう事は確かだったから。


 だから俺は、今更になってそのVtuberとは何なのか、本当に興味本位で見てみる事にしたのだ。


 まずは沢山アップロードされているVtuberの切り抜き動画というものを片っ端から見てみた。

 すると、ゲームで流れるような失敗をして笑いを誘う女の子のキャラだったり、意外と男のキャラも多くてラジオのように話される内容は普通に笑えるものばかりだった。


 こうして、最初は純恋の事を考えて見だしたVtuberだったのだが、気が付いたら俺はVtuberというものにどっぷりとハマってしまっていた。


 それからの俺は、学校の昼休みなんかでもVtuberの切り抜き動画を見ながら楽しむ事も多くなっていた。

 最初は周りの友達に「何桜庭? お前オタクになったの?」とか茶化されたりもしたのだが、見てみると意外と面白いぞと周りにも勧めてみると、紹介した内の半分は俺と同じくVtuberにハマってくれた。


 言ってしまえば、これはYoutuberの生配信を見るのとほとんど同じ感覚で、それがただ二次元のキャラになっているだけだから、純粋に笑える動画というのが分かれば元々壁の無い人なら普通に楽しめるコンテンツだったのだ。


 こうして、仲間の輪のうち半分でもこちら側に引き込めてしまえば、あとは何も問題は無かった。

 残りの半分は、「俺はオタク文化とかきついからいいわ」と辛辣な事を言ってくる事もあったのだが、だからと言って友達じゃ無くなるわけでもないし、なんやかんやこれまで通り楽しくやれているから何も問題無い。


 しかし、これならあの時、もっと興味を示しておけば良かったという後悔だけは暫く続きそうだった――。



 ◇



「あ、それVtuberじゃん? 何? 好きなの?」


 授業の合間、俺は何となく今日の配信予定をネットで調べていると、一人の女の子が声をかけてきた。


 俺はその声に振り向くと、クラスの委員長である周防美咲すおうみさきが俺のスマホを隣で覗き込んできていた。



「おい、勝手に人のスマホ見るなよ」

「いいじゃん減るもんじゃないし」


 そういう問題じゃないと思ったのだが、どうやらこの委員長に言っても無駄だと思われた。


 彼女、周防美咲は、俺の幼馴染である純恋と並んでこの学校の美女として知られている、ちょっとした有名人だ。


 サラサラとした黒いストレートヘアーが特徴的で、鼻筋が通ったその整いすぎた顔立ちは、正直これまでの人生でこんな美人は他に見た事無いと思える程だ。

 そして、身長も170センチ手前ぐらいとかなり高く、そのすらっと伸びた足はモデル顔負けの綺麗さを誇っていた。


 そんな委員長が、いきなり俺のスマホを覗き込みながら話しかけてきたので、当然俺は焦ってしまう。



「わたしも好きなんだよね、Vtuber」


 しかし、委員長はまさかの言葉を口にする。



 ――え? 委員長もVtuber好きなの?


 純恋のみならず、まさかこんな学校の有名人である委員長までもVtuberが好きだなんて思いもしなかった。


 そんな驚く俺を見て、「なに? わたしが好きじゃ駄目なの?」と笑う委員長は、何だか今まで思っていた委員長に対する印象とは大きく異なっていて、遠い存在だと思っていたけれど親近感みたいなものが湧いてくる。



「こういうの好きな人周りにいなかったからさ、せっかくだし桜庭くんとは今後『Vtuberを楽しむ同士』として、色々語らいたいと思うんだよね」


 そして委員長は、楽しそうに随分と一方的な事を言ってきた。

 なんだよその、『Vtuberを楽しむ同士』って――。



「もうこの際言っちゃうけど、わたし可愛い二次元の女の子が大好きなのよ。それでたまたま動画サイト見てたら、Vtuberっていう二次元の女の子が普通に会話して長時間配信してる文化が存在したんだから、それはもう凄い衝撃を受けたわよね! それからわたしは急いでVtuberについて調べると、とにかく好みの女の子を絞りに絞って、今ではその全員のメンバーシップ登録をするに至っているわ!」


 急な、オタク特有の早口だった。


 しかし、普段物静かでクールなイメージがあった委員長が、饒舌で楽しそうに自分語りするというのは正直意外だったし、それ以上にその語られた内容が凄すぎた。



「そ、そうなんだ。ちなみに何人メンバーシップ登録してるの?」

「10人よ! それに、赤スパだってしてるわ!」


 10人!? それに赤スパ!?

 俺は委員長のあまりのガチさに驚いた。

 赤スパというのは赤色スーパーチャットの略で、要するに1万円以上の投げ銭をする事を言い、高校生でありながら1万円以上投げ銭出来る委員長は一体何者なのだろうかという疑問が浮かんでくる。


 今まで、一体どんな富豪が赤スパを投げてるんだろうなぁと思いながら眺めていたのだが、まさか同じ高校の同じ教室にいたとは思わなかった。



「そういうわけで、この素晴らしきVtuber文化を共有できる相手っていうのはとても貴重なの! よって、今日からわたしと桜庭くんは『Vtuberを楽しむ同士』として仲良くするべきだと思うのよ!」


 腰に手を当て、胸を張りながらそんな事を高らかに宣言する委員長。


 そんな委員長は、正直これまでの印象とは全く異なるのだが、まぁ同じVtuber好き同士ならそれもいいかと思った俺は、別に断る理由も無いしその『Vtuberを楽しむ同士』とやらになる事をオッケーした。


 そして、そんな俺達の謎のやり取りは当然教室内でもかなり目立っていたようで、あとからあの委員長と何話してたんだよと色々尋問されたのは言うまでもない――。



 ◇



「桜庭くん、どうしよう大変なの……ただでさえ普段から抱えているライバーの配信を追う作業で忙しいのに、最近新たな素敵Vtuberを発見してしまったのよ……」


 昼休み、いつものように俺の席の前へとやってきた委員長はとても困ったように話しかけてきた。

 委員長とVtuberについて語らう仲になってからというもの、こうして委員長は隙あらば俺の元へやってくるようになっていた。


 そんな、クールビューティーから重度のVtuberオタクへとキャラ崩壊している委員長だが、同じ帰宅部の俺達は帰り道も一緒に語り合いながら帰るような仲にもなっていた。


 今までは幼馴染の純恋と一緒に帰っていたが、それも無くなり一人で帰る日々が続いていた俺にとって、このVtuberオタクが過ぎる委員長との会話は純粋に面白いし、貴重な存在になっていた。



「それで、その素敵Vtuberって?」

「……この子よ、最近デビューしたんだけどね、過去一わたしのハートのど真ん中を貫いたわ……」


 委員長が見せてくれたスマホには、最近大手事務所からデビューしたという新人Vtuberのチャンネルが表示されていた。



「デビューわずか一週間で、登録者数30万人突破よ! この子は本物だわ!」

「へぇ、それは凄いね」


 この界隈、チャンネル登録者数10万人を超えるのが一つの壁として存在しており、それを僅か一週間で余裕で突破というのは誇張抜きに凄い事だった。



「名前は悪魔乃李亜夢あくまのりあむちゃん! 異世界からこの世界に転生してきた悪魔っ子ちゃんよ! りあむちゃんはそのガワの可愛さだけじゃなくて、FPSを中心にゲームスキルも物凄く高いのに歌も上手くて、そのオールマイティーに高いポテンシャルが瞬く間に注目を集めていて、りあむちゃんは今最も勢いのあるVtuberの一人なのよ!」


 事細かに説明してくれた委員長のおかげで、俺も少しそのりあむちゃんというのに興味が湧いてきた。

 ちなみにガワというのはVtuberのキャラデザインの事であり、ピンク髪の可愛い悪魔のイラストは確かに委員長のドストライクなんだろうなという印象だった。


 俺はそういうガワの要素には興味が薄く、それよりも楽しい配信をしてくれるVtuberを見ているのが好きだったから、歌が上手いとか、ゲームが上手いというのは普通に気になったし、それだけ話題の新人なら俺も一度見てようかなと思った。


 こうしてこの日も一緒に帰った委員長は、終始りあむちゃんの良さについて熱く語ってくれたのであった――。



 ◇



 帰宅した俺は部屋のPCの電源を入れると、早速委員長の言っていたりあむちゃんのチャンネルを登録してみた。


 それから、一番再生されている動画の再生ボタンを押す。



「へぇー、今流行りのFPSコラボか、どんななんだろ」


 俺は新たな推しの発見になるかワクワクしながらその動画を見だしたのだが、何故か違和感を感じた。



 ――この声、どっかで聞き覚えがあるような……。


 そう思いながら動画を見進めて行くうちに、その違和感は段々と確信へと変わっていく――。




「……これ絶対、純恋だよ、な……」


 そう、なんとそのVtuberの声は、紛れも無く純恋の特徴的な声そのものだったのだ――。


 驚いた俺は、その動画に食い入るように見入ってしまう。

 たしかに純恋は、歳の離れた兄の影響でこういうゲームを結構やり込んでいたのだが、軽やかな銃捌きで次々に敵を倒して行く様は、そのアニメ声のマッタリとした雰囲気とのギャップを生んでいて人気が出るのも頷けた。


 それから歌配信の動画も見てみたのだが、これも以前純恋とカラオケへ行った際歌われたアニソンと同じ曲が歌われており、もう完全に純恋の歌声そのものだった。


 動画には、『りあむたんは早く歌手デビューするべき』という称賛のコメントで溢れ返っており、久々に聞いた純恋の歌声は本当にプロ顔負けな程美しかった。



 それから俺は、何時間動画に見入っていたのだろうか。

 ご飯も食べずに、久々に聞く純恋の声を聞き続けていた。


 配信上の純恋は、本当に楽しそうに配信していた。

 でも俺は、それが何だか悲しくもあり、そして何より申し訳なかった――。


 俺は応援すると思っていながら、純恋の趣味とか考えを全然理解しようとしてこなかったから、こうしてVtuberデビューする事も俺に打ち明ける事が出来なかったんだなと思うと、ただただ後悔だけが湧いてくる。


 そして俺は、更に動画を見進めて行くうちに、ある一つの事に気付いてしまった――。


 元々FPSゲームというのは、プレイヤーに男の人口が多い事は知っていたのだが、Vtuberりあむちゃんは『撃田うつだゾウ』というFPS界隈ではちょっと有名なVtuberとのコラボがやたらと多い事に気が付いてしまったのだ。


 その『撃田ゾウ』というのは、名前通り動物のゾウの見た目をしており、とても落ち着いた雰囲気でゲーム実況をしているのだが、その腕前はプロ顔負けで凄かった。

 当然それは、純恋よりも腕前は上であり、所謂撃田ゾウがりあむちゃんをキャリーしながら長時間ゲーム配信をするコラボというのが、結構な頻度で行われているのであった。


 リスナーのみんなは、相手はゾウだしそういう色恋な雰囲気は一切感じられない配信のため何も二人の事を疑うような空気は無かったのだが、俺は純恋がどんな人間なのかよく知っている分、その光景というのは段々見ていられない程辛いものになってしまっていた――。




「純恋、こんな風に笑った事あったっけ――」


 俺は思わず、そんな言葉を呟いてしまう――。


 モニターの向こうのりあむちゃんは本当に楽しそうにゲームをしており、相手の撃田ゾウの事も本当に信用している様子だった。

 それこそ、仲良かった頃の俺なんかより、よっぽど今の二人の距離感の方が近いとすら思えてしまう程に――。




 ――そして、もうそれ以上見ていられなくなった俺は、ようやくブラウザを閉じた。


 最初は純恋を見つけた事に舞い上がり見入っていたのだが、今ではもう見ているだけで辛くなってしまっている事に、我ながら情けなさ過ぎてちょっと笑えてくる。



 カレンダーを見ると、早いものでもう12月――。


 去年までは、なんだかんだ純恋と一緒に過ごしていたクリスマスだけれど、今年はそれも無理そうだなと思うと、俺の心にはただただ虚無感だけが生まれるのであった――。



 ――人生初のクリぼっち、か。



 一緒に過ごせないだけならまだ良かったかもしれない。

 でも、もしかしたら純恋はあの撃田ゾウの中の男と一緒に――そう思うだけで、俺の心は張り裂けそうになる程辛かった。


 まだ告白をしたわけでもなんでもなく、自然消滅してしまったような関係の俺達。

 だからこそ俺は、ちっとも先へは進めなくなってしまっていた。


 いっそバッサリと振られてしまっていれば、俺も新しい一歩を踏み出せたのかもしれない。

 だが、何も伝える事すら出来ず、振られたわけでもなくただ無となった今、俺は今の立ち位置から先へ進む事も戻る事も出来ない状態となってしまっているのであった――。



 ◇



「おはよー! 桜庭くん!」

 

 昨日はあれから上手く寝付けず、とぼとぼと歩きながら、学校へと向かう。

 しかし、そんな絶賛寝不足中の俺にいきなり声をかけてきたのは、委員長だった。


 今日も委員長は朝から元気モリモリといった感じで、俺の肩をポンと叩いて「どうした? 元気ないじゃないか?」と心配しつつ微笑んでくれた。



「おはよ、委員長」


 俺はそんな委員長に挨拶を返すと、そのまま一緒に学校へ向かう事にした。

 気持ちがどん底の俺に対して、歩きながら委員長は今日も変わらず明るく話をしてくれて、そんな風に元気を分けてくれる『Vtuberを楽しむ同士』の委員長の存在は、正直今の俺にはめちゃくちゃ有難かった。


 そんな委員長はというと、相変わらず脳内は二次元の女の子でいっぱいなようで、今日も朝から楽しそうにVtuberの話をしてくれる委員長のおかげで、俺も徐々に元気が出てくるのであった。


 委員長を見習って、もっと楽しい事を考えないと人生損だよなと思い直せるぐらい回復した俺は、今日も一日頑張って行こうと気合を入れ直す。


 ――しかし、その時だった。

 そんな俺と委員長の隣を、足早に通り過ぎていく女の子が一人――――純恋だった。



 当然近所に住んでいる純恋は俺と通学路も同じなため、こうしてすれ違う事も起こり得るのだが、まさかこんな場面に出くわすとは思わなかった。

 もう二ヵ月ぐらい会話もしていない俺達は、言葉を交わす事もなく、純恋はまるで俺達を避けるように足早に学校へと向かって行ってしまったのであった――。




「あ、梅津さんだ。やっぱりいつ見てもカワイイわよねぇ。……二次元に近いものを感じるわね」


 しかし隣の委員長はというと、そんな俺達の微妙な空気なんて当然読めるはずもなく、顎に手を当てながら能天気にそんな事を言って楽しんでいるのであった。


 でも、そんな委員長のおかげで、またしても俺はちょっと救われる。

 本当、最初はクールだと思っていた委員長だけれど、実はVtuberオタクでお喋りで、それでいてちょっとだけおバカなところに何度も笑わされ、こんな風に助けられたりもするのであった。


 だからこそ、こんな委員長とはこれからも『Vtuberを楽しむ同士』として仲良くしていきたいなと思った。



 ◇



 委員長のおかげでメンタルを持ち直した俺だけれど、またすぐにどん底へと突き落とされてしまう。


 それは、もう一度スマホに表示されたりあむちゃんの今後の配信予定をチェックしてしまったせいだ。

 りあむちゃんの予定には、『クリスマス? なにそれ美味しいの? 女は黙ってFPS (ヤケクソ)』と、19時から耐久配信が追加で予定されているのであった。


 つまりは、やっぱり純恋はもう俺とクリスマスを過ごすつもりなんてないという事が、これで確定してしまったのだ。


 ただ別に、それでも配信をしているだけならそれでも良かったかもしれない。

 しかしその配信には、またあの『撃田ゾウ』とのコラボが予定されていたのだ。


 本当、ふざけた名前してるよな……と、罪はない撃田ゾウにも思わず八つ当たりをしてしまう。


 そしてそれは、今年はもう幼馴染の俺とではなく、純恋はこの撃田ゾウという男と一緒にクリスマスを過ごすという事を意味していた。

 そう思うだけで、俺の気持ちはまた地の底まで沈んでいくようだった……。


 もう本当に、俺の事なんてどうでもよくなったんだなと、どれだけ後悔してももう全てが遅かった。


 純恋のチャンネル登録者数は、今ではあっという間に50万人を突破しており、もうどこか遠い存在にすら思えてきたのであった――。



 ◇



 そしてその日の夜、りあむちゃんは珍しくゲリラで雑談配信をとっていた。

 今朝すれ違った事もあり、弱い俺は我慢しきれずまたその配信を見てしまう。


 配信を再生すると、既に開始から5分が経過しており雑談が行われている様子だった。



「『今日なんかりあむちゃん機嫌悪くない?』って? あー、それはあれです、朝ちょっと嫌な事があったからです!」


 りあむちゃんは、そんな流れてくるコメントを拾いながら雑談していた。

 確かになんだか機嫌が悪いように感じられるりあむちゃんは、朝嫌な事があったからだと語り出した。



「まぁ何があったかは言わないですけど、本当なんなんだバカバカ! って感じですぅ!」


 カワイイ声で怒るりあむちゃんに、コメント欄は今日も大賑わいだった。



「『りあむちゃんそんなに可愛いのに、クリぼっちなの草』だぁ? おいそこ、笑うなです! 名前覚えたからなっ! ていうか、クリぼっちじゃないですぅ! ゾウさんとコラボしますからぁー!!」


 クリぼっちを笑うコメントに対して、撃田ゾウとコラボするからぼっちじゃないしと豪語するりあむちゃん。

 そんなりあむちゃんに、コメント欄は『でもゾウじゃん』とまた笑うコメントで溢れていた。


 そして、そのコメントにまたりあむちゃんが怒る事でトークはどんどん盛り上がりを見せ、ゲリラ配信にも関わらず視聴者の数は5万人を突破していた。


 こんな会話をするだけで5万人も集める純恋は、本当にもう遠い存在に感じられた。

 そして、みんなは相手がゾウな事を笑っていたけれど、俺だけはそれが全く笑えなかった。



 ――やっぱり純恋は、俺とじゃなくてその男と過ごすんだな。



 もう心身ともに疲れた俺は、これ以上見ていても辛いだけだと思い配信を閉じようとした。



「きょ、去年まではクリぼっちじゃなかったから!」



 だが、そんなりあむちゃんの急な一言で、ブラウザを閉じようとしていた俺の指が止まる。

 それはまさしく、俺と一緒に過ごしていたクリスマスの話に他ならなかったからだ。



「『え、彼氏いたの?』って? ち、違うし彼氏なんていた事無いよ! ただね、今年はその一緒に過ごしていた友達はきっと予定あるだろうから、一人なんだ……」



 モニターの向こうで、少し悲しそうにそんな話をするりあむちゃん。

 何で遠くへ行ってしまった純恋の方がそんな悲しそうにするのか、俺には訳が分からなかった。



「ま、まぁそういうわけで! 24日は19時からゾウさんと一緒に『クリスマス?なにそれ美味しいの?女は黙ってFPS (ヤケクソ)』って枠取るので、みんな見に来てね! 二人で合計100キル取るまで終われませんするから! じゃあゲリラだし、今日はこの辺で終わっておくね! 急だったけどみんな来てくれてありがとう! おつりあむー!」



 こうして、ゲリラ雑談配信はすぐに終わってしまった。

 コメント欄には『おつりあむー』というコメントと、『100キルなんてこの二人ならすぐじゃん』というコメントで埋め尽くされていた。


 そんなコメントを見て、「そうか、さっさとコラボ終わらして、それから二人で会う約束でもしてるのかな……」と女々しい俺は、またネガティブな事を考えずにはいられないのであった――。



 ◇



 そしてついに、24日クリスマスイブ当日がやってきた。


 いつもであれば、帰りに純恋と一緒にスーパーでクリスマスっぽいものを買い込んで、俺の部屋で一緒に食べながらのんびり過ごしていた。

 だが今年は、一緒に過ごす事はどうやら無さそうなため、俺は特に用事も無いし一人のんびりと帰宅する事にした。


 ちなみに委員長はというと、「わたしはこれから追ってるVtuberのクリスマス配信に備えないといけないから急いで帰るわ! また連絡するわね! よいクリスマスを!」と言って敬礼すると、我先に帰って行ってしまった。


 本当になんというか、委員長は美人の無駄遣いが過ぎると思う。

 でも、だからこそそんな自然体なところに好感を持てるし、そうやって自分を貫いているところは素直に凄いなと思った。


 ――そうだよな、俺もずっとクヨクヨしてても仕方ないし、今日は委員長見習ってVtuberでも見ながら楽しく過ごすかな


 そう思った俺は、既に誰も居なくなっている教室を出て帰る事にした。



 だが、俺が鞄を持って立ち上がると、一人の女の子が教室の扉の横に立っているのが視界に入る。



「――純恋」


 俺は思わず、その子の名前を呟いてしまった――。


 そう、何故か俺達の教室の扉のところには、幼馴染の純恋が一人で立っているのであった――。



「――ゆうくん、今日は周防さんと一緒じゃないの?」


 そして純恋は、何事かと思えばとても言い辛そうに俺と委員長は一緒じゃないのかと聞いてきたのである。

 なんで純恋がそんな事を気にするのか全く分からなかった俺は、一先ず素直に返事をする事にした。



「い、委員長なら先に帰ったよ」

「帰ったって……あぁ、そっか、そういうことか。もう、わたしじゃないんだね……」



 俺が正直に委員長は先に帰ったと答えると、何故か純恋は全て悟ったような事を呟き、そして悲しい顔を浮かべながらそのままどこかへ走り去って行ってしまった。



 こうして残された俺は、全く意味が分からずただその場に立ち竦む事しかできなかった。

 俺と委員長が何だっていうのか知らないが、少なくとも今の感じは良い反応じゃない事だけは確かだった。


 つまりは、今のやり取りで余計俺と純恋の仲がこじれてしまったということだ。



「今日はクリスマスイブだっていうのに、本当なんなんだろうな……クソ……」


 俺はまたしても失敗してしまった自分に苛つきつつ、教室をあとにする。

 明日からは冬休みなため、これから暫くは純恋と会う事も無さそうな事だけが、今の俺にとっての唯一の救いだった――。



 ◇



 家に帰った俺は、さっさと夜ご飯を済ませると部屋のPCの電源を入れた。

 食事中、「あら? 今日は純恋ちゃん一緒じゃないの?」と母親に聞かれた時はちょっとキツかった。


 そんな荒んだ心を紛らわすためにも、俺は日課となっているVtuber鑑賞を始める事にした。

 クリスマスなんて爆発してしまえばいい! なんて思いながら、りあむちゃんの配信を避けつつ男性Vtuberの配信を楽しんだ。


 そして、22時を回った頃、見ていた配信が終わったため次の配信を探していると、まだりあむちゃんの耐久配信が続いているのが目に映った。


 そして、他に目ぼしい配信も見当たらなかった俺は、思わずその配信をクリックしてしまう――。


 すると配信では、りあむちゃんとゾウさんが一緒にFPSで無双している様子が配信されていた。



「ていうか、りあむちゃん今日本当どうしたのさ? キルの調子はいいけど大分気が立ってるよね!」

「なんでもないです! よしっ! ダウンとりました残り壁裏です!」



 確かにゾウさんの言う通り、今のりあむ……いや、純恋はかなり気が立っているようだった。

 まるで見たくないものを見ないように、ゲームに集中しているかのように――。


 ちなみに俺と純恋の部屋は、実はお互い窓から見える位置にあったりする。

 だから、窓の外に目をやれば、純恋の部屋の明かりがついている事が見えるのである。


 当然それは、純恋からしたら俺の部屋も同じように見えているわけで、こうしてお互いすぐ近くにいる事が分かっているのに離れ離れになってしまっている事を思うと、やっぱりキツかった――。



 だから俺は、部屋の電気を消す事にした。

 なんだか、部屋に一人でいる事を純恋に知られたくないなと思ってしまったのだ――。


 本当に、我ながら女々しい男だよなと思いながらも、俺は暗い部屋の中で一人純恋の――りあむちゃんの配信を見続けた。



「ナイスです! 残りワンパ取れば100キルですよ!」

「よーし、さくっと取って終わらせますかー」


 そう言って、怒涛の攻撃を仕掛けて見事優勝したりあむちゃんとゾウさん。


 最後の連携も本当に息ピッタリで、そこでも二人の相性の良さを物語っていた。



「よーし! 100キル達成! やったねりあむちゃん! ……ん? りあむちゃん?」

「明かりが……」

「え? 明かり?」

「え? あ、なんでもないです! やりましたね!」


 こうして、なんと二人はあっという間に100キル達成し、耐久とも呼べない耐久を終えてしまったのであった。

 その結果にはリスナーも大喜びで、SNSでトレンド入りまでしていた。



「てことで、100キル達成出来たけどなんか感想とかあります?」

「そうですね、うん、なんかこの達成感が背中を押してくれた気がします!」

「ん? なんかよく分かんないけど、りあむちゃんが前向きになれたなら良かったよ」

「そんな感じです! 今日はありがとうございました!」

「うん、じゃあなんかあっけなかったけど配信終わりますかー!」


 そして何だか最後はあっさりと、配信が終わった。

 最後何かりあむちゃんが言っていたけれど、俺にはもう正直よく分からなかった。



 時計を見ると、時刻は23時前だった。

 地方のため終電ももう無いと思われるが、このあと純恋がどうするのか俺は気が気では無く、情けない話だが暗くした部屋から純恋の部屋の様子をそっと窺っていた。


 もうなんていうか、一緒にクリスマスを過ごせないのはともかく、これから純恋が他の誰かと過ごすなんて事が無ければそれで良かった。

 そんなみっともなくも、藁にも縋る思いで俺は純恋の部屋を見守っていたのだが、残念ながら俺の願いは届かなかった――。


 純恋の部屋の明かりが、消えたのである――。


 配信を終え、こんな短時間で部屋の明かりを消す理由なんて、思いつく限りたった一つであった。



 ――これから出かけるんだ



 それが分かってしまった俺は、もうハハハと乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 スマホを見ると、委員長からSNSで『りあむちゃんが凄いぞ!』と興奮した様子で俺にメッセージを送ってくれていたのだが、ごめん委員長、その話は今ちょっとできそうにないや……。



 そして俺は、純恋が本当に家から出てきた姿を見たところで、覗き見するのを止めた。


 これはもう、残念ながら純恋の相手は俺じゃ無かった、それだけの結果なのだ。


 純恋の事をもっと理解しようとしていたら、もしかしたら今頃結果は……いや、それも違うな。

 結局、配信している時の純恋は本当に楽しそうで、さっきだって自分の生きる道を見つけたように活き活きとしていたのだ。


 だから、そんな純恋の隣にいるべきは、きっと俺じゃ無かったんだ。

 そう、例えば撃田ゾウのような、同じ趣味を共有できるような優しい男……。


 全く、本当に最悪な人生初のクリぼっちになったけど、これでまた大人の階段登れるなといっそ清々しい気持ちになった俺は、早くクリスマスなんて終わってくれという気持ちで布団の中に入る事にした。



 さっさと寝て、明日からまた前を向こう――。


 そう思いながら俺は、眠るためそっと目を閉じたのであった――。



 ◇



 ガチャッ



 何やら下が騒がしいと思っていたら、何故か自分の部屋の扉が開けられる音がする。

 家族の誰かは知らないが、正直今は人と話したく無い俺は寝たふりをして無視する事にした。



「……ゆうくん……寝てるの?」



 しかし、かけられたその声に俺は心臓が跳ね上がる程驚いた。


 だってそれは、ここに居るはずの無い人の声であり、そして俺が今一番欲している相手の声でもあったから――。



「……なんで純恋が、ここにいるんだよ」


 俺は寝たふりを辞めて上半身をベッドから起こすと、そこには確かに純恋の姿があった。


 なんでここに……という戸惑いが隠せなかった。

 だって純恋は、これからゾウさんの中の男に会いに行ったはずじゃ……駄目だ、頭がぐしゃぐしゃになってきた。



「ひどいよ、わたし達毎年一緒に過ごしてるじゃない……わたしてっきり、ゆうくんは周防さんと一緒なのかと思ってた……」


 俺と委員長が? なんで? ……と思ったけど、思い返せば最近俺は委員長とばかり一緒に居たように思う。


 それこそ、この前の朝も俺達の横を純恋が通り過ぎて行って、それでその日の夜は配信で……。


 そこまで思い返して、純恋から俺達がどう見えていたのか流石に分かってしまった。



「その……委員長は普通に友達だから、なんていうか、純恋が思っているような関係じゃないぞ……」


 恐る恐る、俺は答える。

 そう、俺はまたしても無自覚にとんでもない誤解を与えてしまっていたのだ。


 俺からしたら、というかそれ以上に委員長からしたら全然無い事なのだが、傍から見たら見え方は違うという事を考えられていなかった。


 それこそ、ゾウさんと配信でコラボしているだけでこれだけ嫉妬している俺が言うには、あまりにも間抜けでお粗末としか言いようが無かった。



「な、何友達なのよ?」

「……えっと、Vtuber……」

「はっ? えっ!?」


 俺の答えに驚く純恋。

 そりゃそうだ、元々純恋が俺にVtuberになった事を打ち明けようとした時の事が原因でここまですれ違ってきたのに、俺の口からVtuberという単語が出てくるなんて思いもしなかっただろう。



「純恋とその、話さなくなってからさ、俺ももっと純恋の好きなものとかちゃんと知ってみようって思ったんだよ。それで、あの時言ってたVtuberを見だしたらさ、普通に面白くてハマっちゃったんだ。ああ、こんな面白い文化があったんだなって思った。それで、きっと純恋はこの面白いを俺と共有したかったのかもなと思ったんだけどさ、それに気付いた時にはもう全部遅かったんだよな。――だからその、あの時もそうだけど、今まで俺は純恋の事をちゃんと分かろうとしてやれなくて悪かったな、本当ごめん――」



 俺はこれまで思っていた事を全て話すと、最後に純恋に向かってごめんと頭を下げた。

 今更遅いのかもしれないが、純恋にこうしてちゃんと謝れたおかげで、俺の心にあったモヤモヤだけは少しずつ晴れていく。



「……遅くなんか、ないよ」


「……え?」


「遅くなんか無いよ! ゆうくん!!」



 すると純恋は、そう言って俺の方へと駆け寄ってきたかと思うと、そのまま抱きついてきた。



「ちょ、純恋!?」

「ありがとうゆうくん! 知ろうとしてくれて、ありがとう!」


 嬉しそうに抱きつきつつも、純恋は泣いていた。

 だから俺は、抱きつきながら泣きじゃくる幼馴染の頭を優しく撫でながら、落ち着くのを待った。



「……わたし実はね、今Vtuberやってるの。それをあの時伝えようとしたんだけど、ゆうくんに変に思われたりするのが怖くなって、逃げちゃったの……」


 ようやく泣き止んだ純恋は、今度は純恋からあの時の事を話してくれた。



「でもわたしは、やっと居場所を見つける事が出来たと思って、絶対に諦めたくなかったの。それからは、機材の用意とか色々あって忙しくて、ゆうくんと居る時間が取れなくなっちゃって……」


 そうか、だから純恋は俺を避けてたんじゃなくて、本当に用事があったんだな。



「気が付いたら、ゆうくんと気まずい感じになっちゃってて、話したくても話せないし、夜は配信があるから暇も無くなっちゃってたの……って、全部ただの言い訳だよね、ごめんね……」


 そう言って自虐的に微笑む純恋の事を、俺は抱きしめ返した。



「純恋は何も悪くないだろ。悪いのは、勝手に勘違いしていた俺の方だ、だから本当ごめん」

「……ううん、でも本当に、誤解で良かった……」

「委員長のことか?」

「……うん、わたしてっきり、ゆうくんは周防さんとその、付き合ってるんだと思ってたから……」


 やっぱり純恋は、俺と委員長の事を勘違いしていたようだ。



「ごめんな純恋。委員長はその、なんていうか見た目は確かに凄い美人なんだけど、中身は重度のVtuberオタクなんだよ」

「なにそれ」


 俺の説明に、純恋は何言ってるのという風にコロコロと笑った。

 その、見慣れていたはずの純恋の微笑みを、再び目の前で見られているという事に喜びが込み上げてくる。



「その証拠に、ほら」


 俺は委員長には悪いけれど、先程委員長から送られてきたメッセージを純恋に見せる。


 すると純恋は、「本当だ……」と呟きつつ、その中に出てきた単語に反応すると露骨に戸惑っていた。



「それからもう一つ――ごめん、純恋が悪魔乃李亜夢あくまのりあむな事も知ってたんだ」

「えっ!? そうなの!?」

「ちょっと変えてるけど、俺なら純恋の声だってすぐに分かったさ。それから、委員長はそんなりあむちゃんの大ファンだ」


 りあむちゃんに限界化している委員長のメッセージを見て、純恋も信じられないが信じるしかないといった感じだった。



「なんだ、知ってたんだ……ちょっと恥ずかしいな……」

「うん、実はさっきの配信も見てたんだ。達成おめでとう」

「え、あ、うん、ありがとう……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる純恋。

 その恥ずかしがる様子に、これまで何度も見てきたはずなのに、俺の胸はドキドキと高鳴り出してしまう。



「でも、情けない話なんだけどさ、純恋はその……ゾウさんって男と本当に楽しそうにゲームしてるからさ、なんていうか、そういう関係なのかなって……」


 だから俺は、ずっと気になっていた事をついに口にしてしまう。

 そう、今こうして純恋がここにいてくれてはいるが、それはあくまで幼馴染としてであって、本命はこのゾウさんって男の方なんじゃないかという疑念が俺の中に残り続けているのだ。


 だから俺は、これだけはどうしても確認せずにはいられなかった。


 だが、そんな俺の言葉を聞いた純恋というと、目を丸くして驚いたかと思うと、それから本当に可笑しいというようにクスクスと笑いだしたのであった。



「ちょ、な、なんで笑ってるんだよ!」


「いや、ごめんねゆうくん、だってその、アハハ、ゾウさんってあれ、お兄ちゃんだよ」


 笑いだす純恋から、まさかの事実が語られたのであった。



 ――ゾウさんが、お兄ちゃん?



「そっか、ゆうくんはわたしがお兄ちゃんと仲良くしてるところを見て、嫉妬しちゃってたんだね」

「いや、嫉妬っていうか――」

「大丈夫だよ、わたしも周防さんに嫉妬してたから、おあいこだよ」


 そう言って、俺の手をぎゅっと握ってくる純恋。

 その表情は本当に晴れ晴れとしていて、もう全てが吹っ切れたようであった。


 そして、覚悟を決めたようにゆっくりと純恋が口を開く――。



「あのね……わたしはね、ゆうくんの事が――」

「待って純恋!!」


 純恋が言おうとしていることを察した俺は、慌てて割り込んで止めた。


 ――駄目だ、その言葉は純恋から言って貰うべき言葉じゃないんだ



「違ったら凄く恥ずかしいんだけど、その言葉はけじめの意味も含めて俺から言わせて欲しい」


「……うん、多分違わないから大丈夫だよ」


「うん、そ、それじゃあ改めまして――――純恋、俺は純恋の事が大好きだ。離れてみて分かったんだ、いつも当たり前に隣にいた純恋の事が、どれだけ俺にとって大事な存在だったかを……だから、こんな俺だけど、良かったら付き合って下さい」


「……はい、こちらこそ宜しくね、ゆうくん」


 俺の告白に、純恋は再び俺に抱きつきながら返事をする。

 だから俺も、そんな純恋をぎゅっと強く抱きしめる――。



 こうして、今まで一緒に過ごしてきたクリスマスイブだけれど、今年は今までと同じだけど違う形で終える事が出来たのであった。


 終わりよければ全てよし、なんて言ってしまえば確かにその通りだった。


 それから俺は純恋と、お互いの空白を埋め合うように色んな話をした。

 どうしてVtuberになったのかとか、悪魔とゾウが兄弟なんて可笑しいから友達としてお兄ちゃんとよくコラボしているとか、それから委員長がどれぐらいVtuberファンなのかなどなど――。



 そして俺はPCの電源を入れると、純恋の――りあむちゃんのチャンネルを表示する。



「あ、ちょ、ちょっと直接目の前で見られるのは恥ずかしいかも……っていうか本当だ、ほとんど視聴済みになってる」

「俺がどんな思いでこれを見てたと思う?」

「……もう、ごめんってば。どうしたら許してくれる?」

「許すも何も、俺が悪いだけなんだけどな。でもそうだな、せっかく付き合ったのにこれじゃ、今までと同じだからちょっと味気ないよな」

「え? うん、まぁそうだけど、どうするの?」

「そりゃ純恋、付き合った男女がクリスマスにする事なんて、たった一つでしょ?」


 そう言って、俺は純恋に向かってニヤリと笑ってみせた。



「えっ!? それはまだ、その、ちょっと早いっていうか、えっと……」


「……それは考え過ぎ」



 俺はそう言うと、何か勘違いをして顔を真っ赤にしながらあわあわとしている純恋の唇に、そっと自分の唇を重ねた――。




「いきなりキスしちゃったけど、良かったかな……?」

「……もう一回」

「え?」

「もう一回して!」

「……はいよ」



 こうして俺たちは、これまで離れてしまっていた時間を埋め合うように、何度もお互いの唇を重ね合ったのであった――。



 ◇



「こんりあむー! 今日も元気に配信始めていくよー!」


 今日もりあむちゃんの配信は開始から大盛況だった。

 視聴者数はすぐに3万人を超えており、流れるコメントの速度は早くて全く目で追えないような状態であった。


 ちなみに今日の配信は、ただの雑談配信だった。

 りあむちゃんは投げかけられる質問に対して、今日も楽しく返事をしていくだけでコメント欄は大盛り上がりであった。



『どうしてそんなにFPSが上手いの?』


『そのカワイイ声はいつから? ていうかボイチェン?』


『なんか最近明るいけど、良い事あった?』


 などなど、リスナーから投げかけられる質問に、時に笑い、時に怒り、そして時にふざけながら自然体で答えていくりあむちゃんは、俺から見ても本当に可愛いと思えたし、これなら確かに素直に推せるよなと思えた。


 だから俺も、こんなすぐに流れるコメント欄ならいいかと思い、みんなに紛れてコメントをしてみる。



『コンビニ行くけど、チョコケーキとショートケーキどっちがいい?』


 そんな脈略も何も無い質問。

 どうせこの速度じゃすぐに流れちゃうだろうなと思いながら、俺は本当にコンビニへ行く支度をする。



「なになに、『コンビニに行くけど、チョコケーキとショートケーキどっちがいい?』って? 知らないよそんなの、勝手に行っておいでよ。……あ、でもどっちかっていうならチョコレートケーキで宜しくね!」


 しかし、なんとりあむちゃんは、凄い速度で流れるコメントの中から俺のコメントを拾ってくれたのであった。

 それは本当にたまたまだったのだろうけれど、そんな些細な事でも二人は絆で結ばれている感じがして俺は堪らなく嬉しかった。



 だから俺は、配信が終わってから遊びに来る純恋のために、チョコレートケーキを買って待っている事にした。

 まぁ元々、純恋がチョコケーキが大好きなのは知っていたのだけれど。



「あっ、あとミルクティーもよろしくね! ゆうくんさん!」


 そしてりあむちゃんは、思い出したかのように注文を追加してきた。



 ……だがちょっと待て、俺のアカウント名は適当に付けた「BONSAI」だ。


 つまり純恋は、さっきのそれが俺のコメントだと知りながら注文してきている事に気が付いた俺は、思わず吹き出すように笑ってしまった。


 こんな大人数集まっている配信を通して、大胆にも二人だけの秘密のやり取りする純恋は、本当に大物になったよなと思った――。






 こうして俺は、クリぼっちかと思ったら、美少女で幼馴染で、オマケに有名Vtuberという俺には正直勿体無いような素敵な彼女が出来たのでした。



 ちなみに委員長はというと、今日もりあむちゃんの配信で長文限界コメントと共に赤スパを投げているのであった――。



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Vtuberとクリぼっち ~大好きな幼馴染、でもすれ違ったからもう遅い?~ こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売 @korinsan

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