第5話 ひまわり

 哲也が特別に休みをもらってから丸3日が過ぎた。


「あの子来なくなったわね……」


「そうだろうな、来づらいだろ……」


風間を始めとする職員達は、3日前に凹んだ様子で職場から去っていった哲也の事を内心気にかけている様子である。


「……」


龍司もまた、哲也には荷が重過ぎたのではないかと内心後悔している様子である。


肝心の静香というと、警察から引き取ってから『ナイト』には普通に通えてはいるものの、必要最低限のやり取りしかせずにパソコンでひまわりの画像ばかり見ている。


他の利用者も先日の一部始終を見てから静香とは距離を置くようになり、全くコミニュケーションを取らなくなってしまった。


「……!?」


扉が勢い良く開き、大量のひまわりを持った哲也が入ってきた。


「檜山さん!?」


「あの! ちょっと綿貫さんと柏森さんと話したいっすけど良いっすかね!?」


龍司はニヤリと笑い、「いいよ」と言って静香の肩を叩いた。


****


哲也は休みの間に、なけなしの金をはたいて福島の方へと向かい、静香がネットで見ていたひまわり畑を探し出した。


その場所は震災の時に被害があったが今は元通りに復興し、哲也はすぐさま畑の管理人に事情を話してひまわりを分けてくれと頼んだら快く承諾してくれた。


鬱病などの精神疾患を根治させる治療方法は無く、全くの博打であり、元来の哲也の性格では諦めて辞めるのだが、胸に引っかかるものを感じて行動に移したのである。


「……という訳です」


「ふうん、そうか」


龍司は哲也の惰性的な性分を見抜いており、途中で投げ出してダラダラと人生を無為に送るのだろうと思っていたのだが、テーブルの上に置かれている、新聞紙にくるまり隙間から土が溢れている、20房のひまわりを見て感心して哲也の顔を見ている。


「いやその、柏森さんの気持ちとかあんまよく分かんねーけど、喜ぶんじゃあないかって思ってたんですよ……。でも、気に食わなかったら俺ここ辞めますから」


「いや、辞めなくてもいい。静香、どうだ?」


「?」


哲也は静香を呼び捨てにしている龍司を見て、付き合っているのかこの二人はと思案に駆られる。


当の静香はというと、目に涙を溜めており、自分がした行動を哲也は深く後悔した。


「……ありがとうございました。許します」


「え!?」


「実は私、前から福島に行きたかったんですが、その、勇気がなくてひまわり畑に行けなかったんです。兄にも連れて行かれたりしそうになったのですが断ってしまって……。お医者様から、地震の時の衝撃で心がボロボロになっているから福島からは遠ざかった方がいいとこの街に来たのです。両親の墓参りに行きたかったのですが、いざ行こうとすると足が動かなくなってしまって……ありがとうございました」


「そうだったんすか。いえこちらこそなんか、すまなかったすね」


「いえ、全然気にしてないので」


哲也は静香の言葉を聞いて、胸の支えが取れたように深いため息をつく。


「うん、本質をつけてるようだね。合格だな。早速君を採用するよ」


龍司はニヤリと笑い、哲也にそう伝える。


「え!? いいんすかマジで! 俺こんな、障害者はおろか、年寄りの介護ができなかったクズすよ!」


「いや、自分を下に見てはダメだ。君は現に妹の心の支えを治してくれた。君が入る前に知り合った人間に何人か声をかけて来たがみんな根を上げて辞めていった。まぁ、うちの連中がストイックに仕事に打ち込んでるのでブラック気質になってたんだがな……」


「え!? 妹!?」


「あぁ、実は俺の妹だこの子は。君には黙ってたがな」


「そ、そうですか……」


哲也は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をし、龍司達を見つめている。


「君は今日から採用だ。ただ……」


「?」


「妹をあげるのにはまだ早いな」


龍司はドヤ顔で笑いながら哲也にそう言い、部屋を出た。


****

龍司と静香は親と福島に住んでいたが、地震が起きて津波で親を目の前で失い、その衝撃で静香は酷い鬱病になり、親戚達は匙を投げて閉鎖病棟に入れた。


十年余りが過ぎ、成人して立派な社会人になった龍司は病状が安定した静香を引き取り一緒に暮らすようになる。


龍司は、静香と同じ障害者に救いの手を差し伸べたいと思い、『ナイト』を立ち上げる。


半年が過ぎ、人の心を救うというなかなかにきつい仕事に定着する人がおらずどうしたらいいかと思ってた矢先に、居酒屋で哲也と出会い、半分洒落のつもりで電話番号を伝えたのである。


「そうだったんすか……」


「ああ、まぁそんなところだわ。人が全然来なかったしな」


哲也達が初めて会った居酒屋に、彼等はいた。


深夜の〇時半という事もあり、店内は客が彼らを除いて二人いる。


一人は茶髪、もう一人は金髪で、20代前半と言ったところの風態であり、典型的なDQNの格好をしている。


「あーあ、仕事見つからねーな」


「どうすりゃいいんだろうなあ」


職を失った失業者だなと哲也は容易に想像ができたが、自分にはどうする事もできないしハロワにでも行けよこの馬鹿と心の中で毒づいている。


龍司は何かを思い立ったのか、鞄からメモを取り出して、文字を書く。


「龍司さん、何を……!?」


「仕事が見つからなかったら、ここに連絡してこい」


龍司は自分の携帯電話の番号を書いたメモを彼らに手渡して、「ここは俺の奢りだ」と財布から一万円を出して店主に手渡して、颯爽と店を出ていく。


一瞬何があったかわからない、茶髪と金髪を横目で哲也は見て、「風間さんにいびられなければいいな」と心の中で思い、龍司の後を追うように店を出た。

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