弟月町小史 外伝 シノおばさまとシラカシの木

 家の離れに住むシノおばさまは、手先の器用な人でした。

 わたくしが遊びに行きますと、チョコレイトの銀紙を丁寧に伸ばして小さなコップを作るやり方を教えてくれたものでした。


「これはね、妖精のコップ。上手にできたら、お窓に飾ってごらん。きっと妖精さんが喜んで持って行くから」

 わたくしは小さかったので、おばさまの言葉を信じました。そして銀紙のコップをいくつも作り、窓辺に並べておいたのです。

 翌朝になって窓を見ますと、コップは消えており、その代わりにどんぐりが並んでありました。


 急いで離れまでかけていってどんぐりを見せましたら、おばさまは言うのです。

「ほら、ね。言ったとおりでしょう。どんぐりはコップのお代。もらっておきなさい」

 わたくしは小さかったので、シノおばさまの言葉を信じました。


 それでもチョコレイトというものは毎日食べるわけではありませんから、だいじにしまっておいた千代紙も使って、妖精さんのために一生懸命コップをこしらえました。

 夜眠る前に窓辺に置いた千代紙のコップは、朝目覚める頃には消えており、代わりにいつもどんぐりが並んであります。わたくしは、毎朝どんぐりを数えるのを楽しみにしておりました。


「妖精さんは、コップをいくつもどうするのかしら」

 ある日わたくしは聞きました。するとおばさまは声をひそめて言うのです。

「誰にも内緒だけど教えてあげる。妖精さんはね、お茶の支度をしているの」

「まあ。そしたら、紙のコップでは破けてしまう」

 心配していましたら、おばさまは優しく言います。

「大丈夫。私が妖精さんに言って、コップに魔法をかけてもらうから」

「シノおばさまは、どうしてそんなことができるの」

「私は昔、妖精さんのお家にお呼ばれしたの。その時から、妖精ことばと人間ことばの通訳になったのよ」

 通訳というのは、異なることばを言い換えて、互いがお話できるようにするお仕事よ、とも教えてくれました。

 わたくしは小さかったので、おばさまの言葉を信じました。


 それからしばらくして、シノおばさまは病で亡くなりました。

 わたくしはチョコレイトの銀紙でいくつもコップをこしらえ、

『モラッテクダサイ オダイハイリマセン』

 と、手紙を添えておきました。けれど何日たっても、妖精さんがコップをもらってくれることはありませんでした。

 きっと通訳さんがいなくなったからねと思って、わたくしは泣きました。


 さらに幾年か過ぎました。

 シノおばさまが住まわれた離れを直すことになって、親戚の大人たちが集まりました。わたくしもそっと見に行きました。すると大工さんの声がします。

「ひゃあ、驚いた。こんなところに木を植えておったかね」

 見ると、離れの裏に一本の木が生えています。壁と木塀のすき間にできた、ほんの三寸ほどの狭い場所からひょろりと伸びて、根元にはいっぱいどんぐりと枯れ葉が積もっています。

 誰も木など植えた覚えはなく、誰もが首を傾げるばかりでした。

 わたくしはもう小さくはありませんでしたが、ひっそりと思いました。

「お代はいらないと言ったのに」


 離れの裏に生えた木は、シラカシでありました。

 こんな日当たりの悪い場所に生えては可哀想だからと、大人たちは広い場所に植え替えました。けれどシラカシは根づくことなく、まもなく枯れてしまいました。

「きっと通訳さんがいなくなったからよ」

 わたくしはそう言って悲しみましたけれど、わたくしのほかは誰ひとり、その言葉の意味を知るものはありませんでした。



昭和三十二年 十二月 


シノ叔母様の思い出に寄せて ミツ記す


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