第6話 宇宙へのあゆみ
もともとは二十一世紀に入ってからの深刻な地球温暖化に端を発する。
その解決策として、各国がさまざまな対策を講じる中、日本政府が採用したのが太平洋の膨大な海水の熱を宇宙空間へと逃し、海水温をコントロールするというプランだった。
当初は夢物語と鼻で笑われるような話だったのだが、後に天才と称される何人かの科学者と、宇宙への夢に突き動かされた政治家、財界人、さらには数百人単位の技術者たちの熱意と努力により実現されたのだ。
まず、はじめに静止軌道上に宇宙ステーション、カグヤが建設された。
次に、カグヤから宇宙空間と地上へ向けて、少しずつ伝熱ケーブルを延ばしていく作業が開始される。途中、技術や財政、さらには感情や思想的な対立など、さまざまな障害に見舞われたが、それらも関係者の多大な努力の甲斐あって、全てが克服され、ついに地上側の拠点である
さらに、続けてカグヤから二本のケーブルが降ろされ、計三本の伝熱ケーブルが海上に到達すると、効果は誰の目にもあきらかになった。
机上の計算通りに広大な太平洋の海水温を調整できることが確認されたのだ。
当初は人為的に急激な海水温調整を行うことについて、気象や生態系への影響を懸念する声や、自然に対する冒涜だという反対運動も起こった。だが、そういった声に対しても真摯に、かつ慎重に慎重を重ねて時間をかけてデータを積み上げ、それをもとに説得を続けていった結果、二酸化炭素濃度や平均気温など、地球環境を誰の目にも明らかな形で十九世紀半ば頃の状態まで戻すことに成功したのだ。
そして、その恩恵はさまざまな分野に波及する。
太平洋の海水温を調整することで、ある程度の気候操作が可能となり、台風や大雨と言った災害の規模を抑えつつ、逆にアジア、アフリカ、オセアニアの砂漠など少雨地帯への降雨調整も可能となった。その結果、緑地や耕作可能地域が拡大する。
さらに、化石燃料を利用した産業が再び活発したことも挙げられる。地球温暖化が声高に叫ばれてから、主原因とされ、使用量が大幅に制限されていた化石燃料だったが、温暖化のリスクが軽減されることによって、その懸念が払拭されたのだ。
特に恩恵を受けたのはいわゆる途上国といわれる国々だった。地球温暖化に伴う先進国主導の排出ガス規制などの影響を受けて、巻き込まれる形で成長が鈍化していたのだが、気候操作による緑化や化石燃料の需要増により活力を取り戻した。
このような状況下で国際社会における日本の存在感は否応なしに高まることとなる。
特に宇宙開発においては、各国における激しい進出競争の中、先行していたのがアメリカ合衆国、ロシア連邦、中華人民共和国の三国だった。これらの三国は宇宙への直接進出を目標として、互いにしのぎを削っていた。その中で一歩抜きんでていたのが大規模シャトルの打ち上げに成功したアメリカ合衆国だった。
その勢いを駆って合衆国政府は大規模火星開発を実行に移す。
しかし、その計画は第一次宇宙移住船団の大規模な遭難事故によって挫折してしまう。
さらに追い打ちをかけるように軍事利用に関する疑惑が露見し、国際的な監視圧力を招くことになってしまった。このことはライバルでもあったロシアや中国にも波及し、宇宙開発の勢いが抑え込まれてしまったのだ。
この一連の流れの中、結果として宇宙空間への確実なアクセス方法を確立した日本が自然と先行する形になっていく。
さらに資金面においても、途上国を中心とした産業の活発化、食糧の増産、人口の増加などから世界的に景気が上昇し、宇宙開発への投資や
そして、その宇宙開発事業の将来を担う存在と注目されているのが、今年から始動した
それが僕たちの学校、そして僕たちが最初の学生──
僕が宇宙学園を進路と定めたのにはいくつかの理由がある。
小規模な地方都市である実家の街から外へ出てみたかったこと。
経済的に独立した生活に憧れを感じていたこと。
最新の情報とテクノロジーを学び、先進的な場所で活躍できるという華やかさに対する憧れ。
でも、それ以上に子供の頃に見上げた夜空、星々が瞬く宇宙。そこへ飛び立てる機会が目の前にある。その魅力に抗うことができなかったという、なんていうんだろう……ロマン? みたいな青臭いなにかが僕を突き動かしたのだろう。
──もちろん、誰にも言えないけど。
列車が向かう先に緑に囲まれた大きな円筒形の建物が見えてきた。
[次の停車駅は
車内アナウンスが流れると同時に車体に辛うじて感じとることができるレベルの減速がかかる。
微かに車両が揺れたのをきっかけに、花月が僕の隣に腰を下ろし、反対側に常盤さんも続いたのを確認してから、僕も再び椅子に座った。
「ところで同じクラスってどういうこと?」
そこで、僕はさっきの花月の言葉を思い出して問いかけた。
「えー、昨日学園からメール来てたじゃない、見てないの?」
「うっそ」
僕は慌てて制服の内ポケットから情報端末を引っ張り出してメールを確認する。
そんな様子を見て、花月は小さくため息をついた。
あ、なんとなく常盤さんの視線にも蔑みが含まれているような気がする。
「まあ、昨日は色々大変だったみたいだしね」
「なんで知ってんの?」
「寝る前にちょっとだけインしたらサファイアさんが教えてくれた」
花月が画面をのぞき込むように身体を寄せてくる。
てか、ちょっと近い。いくら幼なじみとは言え、そろそろそういうことを考え……じゃない、そもそもそういう関係じゃないし。
「昨日、あの後、ラピスちゃんと連絡取れたの?」
「あ、いや……」
僕は人さし指で頬のあたりを掻く。
「それがさ、モンスターにやられちゃった後、そのままログアウトしちゃったっぽくて、メッセンジャーで連絡取ってみたんだけど、まだ返事ないんだよね」
そうなのだ。昨晩のT.S.O.の話になるが、戦闘で死亡したと思われるラピスを救出するために、サファイアさんの他、遅れてログインしてきた聖騎士のクルーガーさん、拳闘士イズミの二人と合流し、さらにぶーぶー文句をたれるミライとジャスティス姉妹、プラスおまけのギルティを加えたパーティを編成して、ラピスがいると思われる強敵エリアへと向かった。
とりあえず、気心の知れた仲間たちということもあって、数回危険な目、っていうかミライ、ジャスティス姉妹の気まぐれな行動で時間を浪費したりしたものの、ラピスが遭難したと思われる場所まで、無事たどり着くことができたのだが……
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