初日の出を待てば

山脇正太郎

第1話

 三人の男が、暗い海の果てにあるはずの水平線を見ていた。空は一面の星空。防波堤に寄せては返す波の音に交じり、シャカシャカとナイロンの衣擦れの音が聞こえていた。

「うー、寒い」

 拓海は、両手をダウンジャケットのポケットに突っ込んだまま、小刻みに身体を震わせた。シャカシャカの音は、彼が発しているらしい。

 隣にいた和也が笑う。

「寒いのは、当たり前だろ。冬なんだ」

 和也は、ふーっと、息を吐いてみせた。吐き出された息は、一瞬白く染まったが、すぐに周りの空気に溶けて消えてしまった。

「それにしても寒いって。一体誰だよ。オールして初日の出を見に行こうなんて言い出したのは」

 依然として拓海は衣擦れの音を立てながら、文句を言った。

「誰が言ったって、その場のノリで行こうってなったんじゃないか。そんなに寒いなら、時間になるまで車の中で待っとけばいい」

 紀夫が拓海の背中を軽く叩いた。

「そうはいかないだろう。高校の部活で共に汗を流した昔の仲間と初日の出を見る。青春だ。寒くても我慢しなきゃならない」

 三人は高校時代の部活動仲間だ。部活動は登山部。高校生には、なかなかマイナーな分野で苦楽を共にしたのだ。高校卒業後は、それぞれが県外の大学に進学したため、なかなか顔を合わせることもなかったが、拓海の呼びかけで久しぶりに会うことになった。ボーリングをして遊んでいたのだが、このまま帰るのもつまらないし、紀夫の車に乗り、ドライブがてら初日の出を見に行くことになったのだ。

「出た。青春」

 和也がにやにや笑う。

「拓海は、何かあったら、青春って言ってたもんな。そうそう、夏合宿で遭難しかけた時も、青春だとか言ってさ。マジでやばいと思ってたときに言い出すから、キレそうになったって」

 紀夫が白い息を吐きながら会話に加わった。

「いやいや、キレそうになったじゃなくて、キレただろう。俺がせっかく場を和ませようとしていたのに」

 拓海は口をとがらせた。

「空気を読まないからだ。馬鹿」

 紀夫は苦笑した。

「馬鹿はひどくないか。でも、今、思い出したら、やっぱり青春の一ページだろう」

「出た。青春」

 拓海を指さしながら、にやにやと笑う和也。

「そうだとも。青春が口癖でしたよ。でもさ、高校時代はほんとに楽しかったよな」

「ああ、毎週山ばかりだったけど」

 紀夫は水平線を見ながら、細く白い息を吐いた。

 シャカシャカと衣擦れの音がする。

「話は戻るけれど、寒いだろう。近くのコンビニでなんかあったかいものを食おうぜ。初日の出まで、まだ時間があるし」

「待て待て。実はさ、いいものがあるんだ」

 紀夫が、一人車に戻り、しばらくトランクルームを探していたが、お目当てのものがあったようで、いそいそと戻ってきた。

「最近さ、ソロキャンプにはまってて。いつも常備してるんだ」

 紀夫は、ガスバーナーとカップ麺を嬉しそうに見せた。

「赤いきつねと緑のたぬき、どれにする」

「おお、最高やん。やはり大晦日だから、緑のたぬきだな」

 指さした拓海を見て、和也が言う。

「そこは、最高と言わずに青春と言うところだろ」

「いやいや、むしろ迎春だから」

 一面の星空の下、波の音と衣擦れの音と笑い声だけが聞こえていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初日の出を待てば 山脇正太郎 @moso1059

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ