第5話 A級遠隔イジメっ子、ボニータ

「フン! みんなして、早苗ばっかり大事にして、何よ!」

 ミルキはプンプンと怒りながら、矢で素早く的を射抜く。

 俺の目でも追うのが難しい程の神速。

「おい、合同演習でそんなに実力を出すなよ? ミルキは魔道弓師マジックアーチャーで、レベルも38・・・本当はこんな地方で”銅級勇者”みたいな称号を狙ってたらおかしいような腕前なんだ。〈討伐隊ディクストラ〉にでも入れるんだからな。闇鬼ダック・ロストの討伐は一人では難しいだろうが、討伐隊の四人パーティの中には入れる」

 今、人間の勢力と悪鬼ダック・ロストとの勢力争いは、人間の防戦一方である。”勇力”を持つ数人の力と〈討伐隊〉で、なんとか防いでいる有様だ。

 しかし、そこに救世主の天才勇者候補として、早苗が注目され始めた。

 まだ、レベル1なのに驚くべき才能を秘めているという。

 俺は、その訓練教官として雇われて生徒会にいるのだ。

「ミルキは、こんなトコで勇者候補一年生なんてやってたらヘンな腕前なんだからな」

「それは兄ちゃんもでしょ!」

「三食風呂付きで、あの二人をくっつけるだけで金貨三千枚・・・こんなオイシ仕事、逃すワケにはいかねえ」

 ミルキは少し考えて、しっとりした視線を送る。

「・・・・お金だけなの? 兄ちゃんは」

「うん?」

「そもそも、早苗が兄ちゃんを見る目ってさ・・・なんていうか・・・すごく既視感があるのよねえ」

「? 何を言ってるんだ? ともかく、俺たちのイジメだけじゃ頼りないと、これからサポートいじめっ子が来ると・・・」

 どたどた、と生徒会室の外で物音がする。

「あれー? どこかなあーです」

 俺は小さい子供が道に迷ったのかな、と思ってドアを開けた。

「わぶうっ」

 どすん、と白いニット帽をかぶった少女が尻餅をついた。

「わあー、すいません。えへへーですう」

 少女はへたり込み、微妙に太ももだけが見えてパンツは決して見えない角度でしばらく佇んでいた。

「・・・・」

 俺は少し身を捻っていた。

「迷子? 何処から来たの?」

 ミルキは小さい子供に優しい。

「迷子じゃないですよおお。私、みなさんのお仲間ですう」

 俺は、腰元に手を当てた。

 確認するまでもない。

「短刀を一本返してもらおうか、チビ」

 俺は少しドスを効かせた。

「えへへー、いやあ三本とも狙ったのに、一本しかスれなかったあ。流石は会長さんですう。それくらいじゃないと、乗っ取ろうかと思ってましたですう」

「え? この子が・・・?」

 ミルキは驚いている。

「IZIME特務隊から来ました! A級遠隔いじめっ子! ”ハメドリ、寝取りイジメ”のボニータですう! 16歳! きゅぴーんですう! ええ? 小学生にしか見えないって、止めてくださいですう! お二人が、ぼやぼやしているというのでやってきましたあ。さあ、早苗さんをとっととやっちゃいましょう!」

 俺はその名を思い出していた。

「IZIME特戦隊か・・・この学園に代々伝わるという、イジメ最高機関・・・」

 全く悪趣味な学園なことだ。

「おお? 会長さん、博学ウ!」

 少しイラっとくるしゃべり方で、いくらなんでもあざとすぎる。

 ミルキも早くも眉をひそめているようだ。

「A級いじめっ子のボニータ・・・・なんでも、南海の海軍大将をイジメで崖から飛び降りさせた・・・とか?」

 ボニータはこれまたAサイズの胸を突き出し、

「軍人なんて、みいんな私みたいなロリータ少女とヤリたいんですう! 50歳くらいのオッサンがいい歳して、私のつるぺたまな板に夢中になっちゃって、思い出すだけでエヘヘーですう! そんで、マゾ豚に変えてからバイブプレーをしてえ、大勢軍人さんが集まっている最中に、バイブオン! エヘヘ! その場で昇天しちゃってえ、今までの名声も尊厳も全部台無し! そしたら、勝手に死にましたですう。オマケに遺産を私にくれてからね」

「フ・・・ン」

「ま、この私にかかれば、ドンと任せてくれれば・・・」

 ボニータはドン、と自分で胸を叩き、

「ケホっ、強く叩きすぎましたあ。エッヘヘー」

 傍で聞いているだけでイラつくボニータだ。これなら、さしもの早苗も・・・

「うん? お、おいミルキ。何を”即死矢デッドショット”を撃とうとしてるんだ!?」

 ミルキは最大の魔力で、黒色の魔法の矢を引き絞っていた。

「見てるだけでイラつくのよお、この子! あざとくてあざとくて、イライラが収まらないノヨオ!! 殺させてよ、兄ちゃん!」

 ミルキは暗黒の矢をつがえており、俺はその弦を慌てて掴む。

「落ち着け! 助っ人なんだ!」

 ボニータは、紙パックのコーヒーを吸い込みながら、

「エヘッヘー、そういう反応はミルキさんで57人目ですう」

と笑った。

 どうやら、かなりの手練れのようだ。

「で、君の方法は・・・?」

「かーんたん! 早苗さんは優しすぎて、今のままじゃ怒りません! 世界を救うはずの勇者がレベル1! こりゃたーいへんですう。そこで・・・私は標的を・・・太郎くんに絞ります!」

「な、なんですって!?」

 ミルキは弓矢を引き絞りそのまま速射する。

「よせ!」

 俺は素早く矢を掴む。

 ”即死矢デッドショット”だ。

 触れただけで死ぬ。

「おおっと? 恐ろしい素早さでーす。というか、会長さんは生きてます・・・?」

「ああ・・・一応な」

 俺は、かなりの膂力を使い、黒い矢を握りつぶした。

「びっくりですう・・・”即死矢”をノーモーションで撃つミルキさんもですが・・・会長さん、なんでそれでまだ死んでないんですか・・・? どれだけ体にMOD入れて改造してるのか・・・えへへーですう。ちょっと侮ってましたですう。あの”クロリア・橘”なだけはありますですう」

 今までマイペース極まりないボニータも冷や汗を浮かべている。

 俺は、久々に発動させたいくつかの〈改造身体〉の具合を確かめるため、右手を少し動かした。 

「・・・どいて、兄ちゃん」

「・・・駄目だ、ミルキ」

「えっへへ、ミルキさん。まさか・・・ひょっとして・・・? あらら、校長が私に依頼するのも無理ないですう」

 ボニータは言いながらも、額に汗を浮かべていた。

「ご心配なく・・・太郎くんはイジメません。むしろその逆ですう!」

「どういうこと?」

「私は”ハメドリ、寝取りイジメ”のボニータ・・・いくら、優しい優しい早苗さんでも、自分のオトコを寝取られたら・・・? えへへっ。そんときは、怒りマックス! スーパーパワーでレベルアップですう!」

「く・・・」

 ミルキは顔を歪めている。

「あーんしんしてください! 太郎くんみたいなウブ純情、多分一日もかかりませんですう。このまな板をチラ見させてエ、そしてソフトなボディタッチを・・・まあ、十回ってトコですかねえ。太郎くん、私にズドーン。早苗さんは怒りでドカーン。そして私は身を引いて、二人はズキューン。ですう。エッヘヘー」

 俺は容易にその様子の想像がついた。

「なるほど・・・女に免疫ゼロの太郎、お前に入れ込むのはすぐだな」

「兄ちゃん!?」

「・・・人間は『手に入ったはずのものが手に入らなかった時』が一番後悔が大きいという・・・鈍い早苗も、案外太郎に気が向くのかもしれんな。策としちゃ悪くない」

「えっへへー、会長。ハナシが分かるウ! ま、”ノーザの箱舟に乗ったつもり”で待っていてください」

 ボニータはどん、と胸を叩き。

「けほっ、強く叩きすぎましたあ、ですう。では行ってきまあす!」

 ボニータはダッシュでかけていき、すぐに廊下の縁にうまい具合につまずいて転んでから、スカートを上手くパンツが見えない程度にはたいてから、またダッシュしていった。


「・・・あれなら、太郎もイチコロだな」

「兄ちゃん! 太郎も早苗もメチャクチャにかき回されるわ! あの子、”パンツ見えそで見えない”を十五回も繰り出しているわ!」

「・・・それでいいんだ。ミルキ、まるで太郎がボニータにたぶらかされると、困るかのようだな・・・?」

「そ、そんなことは・・・」

 ミルキは自分の気持ちに恥じらうようにうつむいていた。

「金貨三千枚がかかってるんだ・・・それだけあれば、一生食って寝て過ごせる・・・」

「けど、心はどうなるのよ!?」

 ミルキは怒鳴っていた。

「こころ・・・?」

「太郎にも早苗にも心があるんだよ!? そんな無茶なやり方で付き合って・・・それでいいの?」

 俺は苦笑しながら、大事な妹の肩に手を置いた。

「心・・・そんなものは、飯に困ったことがない人間だけの台詞だ」

「兄ちゃん・・・だって・・・」

「ミルキ、お前は金の価値を何も分かってないな・・・金があれば、心以外は全部手に入るんだ・・・その重要さを何も分かってない。もういいだろう、さあお前も早苗のパーティに入るんだ。いよいよ、演習だぞ。早苗が銅級勇者になれば、ボーナスで金貨20枚を貰えるんだ。さあ、頑張ってこい」

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