第2話 演習でのイジメ

『四月十一日。

私は、モンスター討伐のために、山に修行に出ていた。

隣には怖いクロリア会長。

ここで、なんとしても強さを見せないと・・・』


早苗は、剣を持っている。

黄金の髪は、雨に濡れていた。


「やあああ!」


素早い一撃。それは、スライムの腹を切り裂いた。


「ようし、いいぞ! 止めを刺せ!」

俺は言った。


「きゅるるる、きゅるるるるん」

スライムは悲鳴を上げて、必死で逃げようとする。

「どうした!? 殺しきらないと、何の経験にもならないぞ!?」


「わ、私・・・やっぱり・・・なんだか、可哀そうで・・・」


そうこうしている内に、スライムの親や家族が集まってきた。


「わわっ!?」


「馬鹿な女だ!」


 俺は素早く、槍でスライムを串刺しにしていった。


 周囲にはスライムの溶けた死体の山だ。


「すいません、センパイ・・・」


「手のかかるヤツ・・・! これじゃ、お守りにつく俺の経験ばかりが上がるな!」


クロリアは口角を上げて嫌味を言った。


「はい・・・私、駄目なんです・・・モンスターさんたちが可哀そうで・・・」


「はっ! 甘いんだよ! 砂糖菓子かね、君は!?」


俺、悪態をつくが、内心では


(くうう! 本当にいい子だなあ!)と唸っていた。


「私、勇者は向いてないでしょうか・・・?」


「え? なんだと?」


「・・・やさしさなんて、臆病者の言い訳だよ、というような歌詞が私の故郷ではあるんです」


「へえ、なんだか名曲っぽい」


「自分でも知っているんです、臆病なだけの自分のことは・・・けれど、この学園で勇者になれれば、自分を変えられるかなと思っていた・・・だけど、結局・・・」


「・・・まあ、臆病でもいいんじゃないのか?」


クロリアはそう言ったので、


早苗は「え?」と振り返った。


「戦場なんぞ、勇気剥き出しのヤツから死んで行って、最後は臆病なヤツと王様だけが生き残るんだ。本当に、仲間に後ろからいきなり刺されたり、撃たれたり・・・散々なもんだぜ? 臆病も結構! 逃げ回ってる内に、いずれレベルも上がるだろうし・・・」


と、俺は言ってから、


(はっ、いつの間にか戦場論を語ってしまった・・・早苗を勇者にするのが役目なのに・・・)


と気づいたが、


早苗は、生まれて初めての台詞を聞いたように、顔を輝かせていた。


「そっか! 臆病でもいいこともあるんですね!? そっか・・・そうだったんだ・・・」


早苗は、生まれて初めて『臆病さ』を認めてもらったことが嬉しかったようだ。


「い、いやイカンぞ! お前は、”勇者の末裔”なんだからな・・・」


「そっか、臆病でも良かったんだ・・・! えへ、なんだか会長と話していると、不思議に気楽になってきました!」


「え・・・? 気楽に・・・?」


それは、俺の受けた”依頼”からいくと、あんまりよくない・・・というか、かなりマズイんじゃないのか?


「だって、会長って・・・色々と小言は言うけれど、危なくなったら守ってくれますもんね・・・?」


「え・・・? 俺って、そーいうイメージ?」


 致命的にマズイ方向に行っている気がしてきた。


「バカモン! お前なんぞ、知ったことか! 俺は自分のポイントさえ稼げれば、それでいいんだよ!」


クロリアは罵るが、


早苗はにっこりと微笑み、

「またまた、知ってますよ。会長が、妹さんのことを凄く大事にしているってことは・・・!」


「な?」


「今日も、二人一組の演習だけど、アタッカーのミルキさんに、神官の太郎くんをつけて、ミルキさんに万一のことが無いように気配り万全です! 私、兄妹がいないから、いつも仲良しで羨ましいなあって!」


「馬鹿な・・・恥ずかしいことを言うんじゃない!」


 天真爛漫な早苗なので、とにかく人を疑うだとか、悪人だと思うだとかそういうことはない。


(ぐ・・・マズい・・・早苗の天真爛漫っぷりを侮っていた・・・これじゃ、何をやっても『自分を鍛えるために、やってくれている』と変換されてしまう・・・)


 事実、早苗を必死で鍛えようとしているのだが、あくまでも『怒りの感情』を生み出させて、モンスターを攻撃できるようにしないと、金が入らない。


(もっと早苗をイジメないと・・・!)


俺には焦りがあった。


「さて、会長。もっと探索しましょうか?」


いや、待てよ。偶然にも、早苗の足元の崖の下には、スライムが待ち受けている。


ここからいきなり突き落とすのはどうか?獅子は子を谷に突き落とすというしな。


「フフン、早苗・・・君はとんだ勘違いをしているようだな」


俺は言った。


「? どうかしましたか?」


「俺が、危険になったら助ける・・・? それが勘違いだと言うんだ!」


クロリアの魔の手が、早苗に襲い掛かった。


クロリアは、早苗を突き落とすために魔の手を伸ばす!


(この高さなら、怪我も無いだろう・・・)


俺の突き落とそうとする手。


しかし、早苗は信じがたい反射神経で、するりと空中を舞ってよけていた。


「会長!? 一体、何を?」


「ぐ・・・ぼっとしてるのに、なんて速さだ!? ええい、俺に突き落とされろっ!」


その早苗がさっきまでいた木に、矢が突き刺さっていた。


「ああ、私を助けようとしてくれたんですね?」

「ぐ・・・ちがーう!」

俺は喚く。


「ぐるっぎゃ!?」


醜悪な豚の妖魔が、弓矢を片手に喚いていた。


「ゴブリン!?」


しかも、かなりの大物だ。


勇者の末裔の早苗を、つけ狙っていたのか。


早苗を突き飛ばしたクロリア目掛けて、もう一本の矢を放とうとしてくる。


「危ないっ、会長!!」


早苗は、咄嗟に〈反射≪リフレクト≫〉の勇力を使った。

早苗は勇力という神秘の術を使えるのだ。


「御身の風よ! 温もりの大智と、その精鋭なる強者を助けたまえ!」


クロリア目掛けて放たれた矢は、その体に当たる寸前に方向をくるりと変えて、ゴブリンの胸に突き刺さっていた。


「ぐぎゃが!?」


クロリアは素早く、手槍を投げて止めを刺した。


大型のゴブリンは血煙を上げて倒れる。


「会長、助けてくれてありがとうございます!」


「う・・・いや、その・・・まあ」


「あはは。てっきり『谷の底に突き飛ばそうとしてるのかな?」みたいに早とちりしました! 会長がそんなことするはずないですよね~」


「ぐ・・・そんな暢気なことを言ってるから、レベルアップしないんだ! さっきみたいに、やればできるんだからな、・・・もう少し集中したまえ!」


「はい! もっと頑張りますので、よろしくお願いします!」


「全く、そんなお気楽なことで、レベルがあがるのか!? このドジッ子め・・・大体、お前はだな・・・」


 くどくどと、小一時間も小言を続けるクロリアだった。


『四月十一日


 今日は、会長と一緒に修行に出たけれど、やっぱりモンスターは倒せませんでした。

 怒らせてしまったかもしれないけれど、やっぱり会長は本当に危険な時には私たちを守ってくれます。


 やっぱり生徒会に入ってよかった!

 そもそも、私がちょっと無理して生徒会に入ろうとしたのも、クロリア会長がいたからなのです。


 会長の側は、まるで覚えていないみたいだけれど、いいんです。

 私は、あの時のことをずっと忘れませんから・・・ 』

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