俺と妹がヒロインイジメを止めないワケ

スヒロン

第1話 生徒会室イビリ

「おはようございます、橘会長」


それは金色の髪の少女だった。

街で出会えば、十人中十人が振り返るような美少女。

アルファンヌ勇者育成学園の制服を着こなしており、金髪は腰元まで伸ばしている。


彼女は、ハアハアと息を切らせながら部屋に入ってきた。


「……シルヴァ・早苗」


その生徒会室には、男が待っていた。


「納期がまだだろう? いつまで待たせるんだ・・・? やる気はあるのか?」


早苗の顔が少し引きつった。


「すいません・・・すぐにやりますので!」


早苗は、慌てて会長の座る机へと駆け寄った。


しかし、早苗はどんと、壁際に立っている少女にぶつかってしまった。

黒髪の、会長とよく似た顔立ちの少女の持っていた用紙が部屋中にバラまかれてしまった。


「ああっ、ごめんなさい。ミルキさん」

早苗の顔が、さらに恐怖に引きつる。


小生意気そうな顔立ちの、おかっぱ髪の少女は、


「ごめんで済めば、生徒会はいらないんだケドお? 私と兄さんが徹夜でやった報告書なのヨオ? どん亀のように遅い、あんたの代わりにネ」


意地悪そうに早苗に詰め寄る。


「ご。ごめんなさい・・・」

気の弱い早苗は、すでに涙ぐんでいる。

「まあ、やる気はあっても、才能がカケラも無いあんたじゃ、仕方ないカア。あっははは! 未だにスライムの一匹も倒せないんだものねえ!?」


「フフ・・・ミルキ、そんな本当のことを言っちゃ気の毒だ」


早苗の目が潤んでくる。


「そ、そんな・・・あんまりです・・・! 私も、勇者になるために、必死で・・・」


「泣く暇があるのかね?! これが、”勇者の末裔”というのが呆れるよ。さあ、さっさと仕事をしたまえ! 君の分で、いつもいつも亀のように遅れるんだからな!」


生徒会室の他のみんなは、「やれやれ、また始まったよ」とうんざりしながら見ている。

この勇者育成学園の生徒会室での風物。


会長兄妹による、早苗へのイビリである。


シルヴァ・早苗はどうにもならないドジっ子であった。


実は、この世界とは違う別世界から、ある時急にこの魔物の白虎する世界にやってきて、しかも”勇者の末裔”ということになっている。

それで、勇者育成学校へと来たのだ。

けれど、私は現世と同じ目に遭っている・・・


「待ってください、会長!」

それは、眼鏡の少年だった。


「早苗さんは、昨日はオラモ婆さんの看病をしていたんです! 少し納期が遅れたことくらい、みんなで取り戻しましょうよ!」


それは、生徒会の人気者、山田太郎だった。

あまり強くはないが、生真面目さと勇敢さだけは人一倍の太郎を学園の誰もが信頼していた。

「はっ、ドン亀同士で気が合うようだな!!」


俺はそう言った。


そう、さっきから早苗と太郎をイビっているのが、この俺。


会長のクロリア・橘だ。


「じゃあ、どん亀同士で納期を全部やってもらおうか!! それも、今日の夜までにな! おい、他のみんなは手を出すなよ!?」


「そ、そんな会長・・・後200ページもあるんですよ・・・?」


太郎は抗議するが、


「いい考えねえ、兄さん。ほら、太郎と早苗、どん亀のナカヨシどうしで、さっさとやりなさいよ! まあ、ドン亀夫妻じゃあ、何週間かかるか分からないけどねえ」


「・・・二人とも、太郎くんは決してどん亀なんかじゃありません!」


泣いていたはずのシルヴァもきっとミルキを睨む。


「あら、おっほほほ! 太郎のこととなると、熱くなるわねえ」


「そんなじゃありません!」


「まあ、仲良く納期を済ませてくれるなら、いいさ。ほら、みんな出ろ! 手を貸すなよ? 俺の命令に背いて、手を貸したヤツがどうなるかは分かるな?」


俺は威圧するように全員に言った。


「けっ、カスヤローが・・・勝手にしてろ」


生徒会の隅で、戦士のヴォルキアがボヤいてから斧を持って出て行った。


「オーーッホホホ!! 兄さんに逆らえば、クビよ! さあ、とっとと出て行きなさいナ! ここはどん亀の”早苗と太郎だけ”にして、他は一歩も立ち入らないでよ! オーッホホホホホ!」


俺はミルキと一緒に、生徒会室から出て行った・


・・・・・

・・・・・・・・・・・


「ああっ、もうさっさと肩くらい抱きなさいよ、この太郎のヘタレ!」

ミルキがそう言う。


俺は大型モニターごしに生徒会室の中を見守る。


さっきから、太郎が早苗を気遣いながら、時折手をのばそうとしては、恥ずかしがって引っ込めている。


「甲斐性なしの太郎・・・これじゃ、何のためにイジメているのか・・・」


俺は、紙パックのコーヒーを吸った。


「・・・おい、太郎! ガブっといけよ! 男だろ?」


俺は唸っていた。


太郎は本当に意気地のあるのかないのか分からないヤツ。


さっきも「イジメ会長兄妹」に毅然として逆らったのは、いいが今は早苗の前で借りてきたネコだ。


「けど、兄貴さあ、ほっときゃいいじゃない」


ミルキはムシャリとスナック菓子を食べている。


「両想いなんだから、ほっとけばくっつくでしょ」




モニタの中では、仲良さげに納期をまとめる早苗と太郎。




「それじゃ金が入らないんだよ!」


クロリアは怒鳴る。


「それに、早苗は優しすぎてスライムすら倒せないんだ・・・そこに、『怒り』の感情を芽生えさせるためでもあるんだ」




「なんだって”上”は、ここまでやってるのさ?」


「なんだ、聞いてないのか?」


クロリアはそう言う。




「早苗が”勇者の末裔”で、太郎も実は”大神官”の血を引いてるらしい・・・上は、二人に子供を産ませて、勇者にするつもりらしいぜ」


「ふうん、あののんびり屋の太郎がねえ」




そうだ・・・クロリアは元は傭兵。


そして、この任務を請け負ったのもつい三か月前・・・


『早苗をイジメて、怒りの感情を覚えさせてくれ』


という任務と、


『ついでに太郎とくっつかせろ』


という任務だった。


かなり変わった、汚れた依頼だったが、今までに人も殺してきてる俺だ、それに成功報酬は金貨三千枚という破格のものだったし、再会した妹を養わなければいけないということもあった。


「もっともっと、早苗をイジメないとなあ。それとも、太郎に少しシフトするか・・・? 早苗はほんとにおっとりしすぎているんだ。太郎に標的を変えて・・・」


ぶつぶつとつぶやくクロリア。

「ふぁーあ、アホらし。私は寝るわね、兄ちゃん」


言った瞬間、すぐにすやすやと寝息を立てる妹。


「全く、ミルキ。こいつらをくっつかせるだけで、金貨三千枚だぞ? 一生、遊んで暮らせるんだ・・・! なんとしても、イビってイビってくっつかせるぞ!」

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