その2

 朝。スマホのアラームがけたたましく鳴るのを止めてから重い体をなんとか持ち上げる。昨日はどうやら派手に飲み過ぎたみたいだ。頭が少しばかり痛い。

 まぁ、飲んだ相手があのだいっ嫌いな水口なのだから仕方がない。

 うだうだやっていても、今日もお店に出なきゃいけない。何とか二日酔いだけは治さなきゃとベッドから起き上がり、目覚めのコーヒーでも作ろうかと思っていたとき、


 ペタ。


 “何か”が私の左肩に触れたような気がした。

「え、何?」

 咄嗟のことに驚いて、私は背後を恐る恐る振り向く、しかし当然だけれども一人暮らしの家に私以外の人間なんて居ないのである。

 私は何か感触があった肩に確認のために触れてみる。特に異常らしきものは無かった。

 もしかしすると、風圧で肩に何かが触れているように感じてしまったのかもしれない。

 気のせいとあえてそう思うことにした。だって、心霊現象だとしたらこの部屋に居られなくなってしまうじゃない。

 そんな怖いことはさっさと頭から消去して、浴室へと向かう。昨日メイクも落とさずに寝ちゃったから、お手入れしないと。あと、昼前の配信もあるし。


 最近の私たちの商売は店での売り上げだけじゃ生きていけなくなってきた。何とかして、客にお金を落としてもらうために、私たちはどんなことだってする。

 SNSもその一つだ。自分の欲しいものをSNSに書き込むとその書き込みを見た客からサプライズで贈り物をしてくれるのだ。だから、私たちは欲しいけど自分で買うほどでもないモノを書き込んで送られてくるのを待っているのである。

 もう一つは配信サイトを経由しての生配信だ。

「皆、やっほー。アカリの配信に来てくれてありがとー」

 私の場合は平日のお昼ごろに配信をしている。平日の昼だというのに、視聴数は千人くらいが見ているみたいだ。よく見る名前もチラホラ見える。

 何を配信しているのかというと、大体自分の店では見せない日常風景。とはいっても、これも配信用に行っているものだけれども。

 配信内で部屋が映ってしまわないように、背景には大きめなカラフルな柄布を張っている。居住地の特定防止だ。そんな華美な背景の中へ、私はブレンダーで作りたてのスムージーを持って配信の画面内へと納まる。

「今日のアカリのお昼ご飯は小松菜とオレンジのスムージー。最近ハマってるんだー」

 真緑の液体を画面に映すと、『わー、ヘルシー』とか『アカリちゃん意識たかーい』などのコメントが流れる。

『アカリちゃんいつも自分の健康に気を使っているんだね ¥10,000』

 ソレとは別に金額が書かれているコメントも流れてくる。所謂投げ銭だ。この配信サイトでは【チャージ茶】、略して【茶々】だったかな。

「わー。茶々ありがとー。そうなの、アカリの健康に気を使っていること分かってくれて、すっごくうれしい!」

 投げ銭のコメントはちゃんと拾うようにしている。そうすれば、私にコメントを読んで欲しくて、皆、投げ銭をするからだ。

 一人の投げ銭から連鎖するようにどんどん皆お金を落としていく。

「皆アカリのためにありがとー。じゃあ、スムージーいただきまーす」

 私は投げられていくお金がどんどん増えていくのが嬉しくて顔がにやけそうになるのを堪えつつ、折角作ったスムージーを食べようかと口に運びかけたときである。


 ペタ。


「キャッ」

 何かが今度は私の背中に触れる感覚。ビックリして危うくスムージーを落としそうになる。危なかった……。

 私の小さな悲鳴は当然配信でも音声が拾われて、『どうしたの?』『大丈夫?』などの私のことを心配してくれているコメントがどんどん表示された。

「心配してくれてありがとう。ちょっと、背中につめたい風が通っただけだから」

 そうごまかしながら私は作ったスムージーを口に運ぶ。ちょっと小松菜の分量の方が多かったみたいで、苦味の方が強く、配信画面に映る私の表情が少し引きつっていた。


 背中が見えるような服を着ていたわけではないのに、直接肌に何かが触れる感覚。左肩のときもそうだったけれども、なんとなく気持ちが悪い感じがする。

 しかし、背後には当然何かがあるわけじゃなくて、それが怖くて仕方がない。

 この部屋に私の眼に見えない“何か”がいるのだろうか?

 お化けみたいなものの存在は考えないようにしていたのに、配信が終わってから何だか再び考えてしまうと急に怖くなって、私は再びベッドへと潜り込んで、布団に包まって出勤時間になるまでそこで過ごすことにした。

 折角、出勤時間までにやろうと思っていたことは沢山あるのに、これでは予定が大幅にダメになっちゃうなと、私はふくれっ面で布団の中でプライベート用のスマホを触りつつ、ネットのニュースをみるのであった。

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