第53話 九乃カナはもう、死んでいる1月21日

 ハイデ殺しの嫌疑ではシロだった料理人も、男の子が好きという罪状で有罪となり、九乃カナに確保されてマグロになって転がっている。

 先に九乃カナ襲撃の罪状で確保されていた橙 suzukake さんと並んでいる。競りはいつ始まるのかしら。ここは豊洲市場じゃないっての。


「ふー、やれやれ。こうして二人の犯罪者を出してしまうとは。探偵としてむなしいものがある。ハイデ殺しの本ボシはまだ梅干しじゃなかった、目星もついていないけれどね」

 背中に衝撃を感じた。脳天に突き抜ける痛み、腰が熱く重い。手で触るとぬるっとあたたかい。気持ち悪い。手のひらは赤かった。

 これはキケンな状況。考えられない。ぼうっとしてきた。膝が床に着く。手で。床に、つかないと。顔が床に激突。横に、倒れ。目がかすんで。ぼうっとした映像に。影が立って。いた。


 九乃カナは宮殿にいた。神になっていた。だって、服装がそれっぽい。玉座にすわる。

 神の中の神、王の中の王、神の中の王、王の中の神、なぜ神と打とうとしてカニと打ってしまうのか、全然違う意味になってしまう。

 つまり、究極の存在に、九乃カナはなった。究乃カナの誕生である。


 思い出してきた。九乃カナは地下倉庫のワイン蔵で料理人を断罪したのであった。そのあと、何者かが背後から刺した。痛みと出血で意識を失って犯人の姿はわからなかった。だが、論理的帰結である。

 橙 suzukake さんと無月弟さんに嫌疑がかかっていたところ、橙 suzukake さんは料理人のとなりでマグロとなり競りにかけられるのを待っていた。待っていないけれど。残る無月弟さんが犯人だ。ハイデ殺し、神殺しの犯人である。

 玉座にすわったまま脚を組み替える。セクシー。

 九乃カナは刺されて死んだあと魂が体から抜け出た。魂は見た。橙 suzukake さんと料理人が頸動脈を切られて簡単に殺されてしまうところを。目撃者は消すという非情な犯人。怒りが湧いてくる。

 つまりは無月弟さんである。くっそー、ホラーなんて書いたりしているけれど、自分がホラーじゃないかー!


 ちょっと早い気もするけれど、最後の手段を使うしかない。どうかあと2万文字くらいかけて事件を解決してくれますように!

「出でよ我が探偵。召喚魔法、カッテニヨンデモイイヨネ! 坂井令和(れいな)さん」

 究乃カナは玉座から斜め上に両手を突き出した。神殿の天井近くに魔方陣があらわれ光が降り注ぐ。

 坂井令和(れいな)さんは、あらわれない。

「なんでやー!」

『エラー:"坂井令和(れいな)"は無効な変数です。アクセスできません。ナンタラカンタラ』

 おおっとそうだった。いま坂井令和(れいな)さんは坂井令和(れいな)さんではなかったのだ。文字数稼ぎじゃないんだからねっ!

「出でよ我が探偵。召喚魔法、トツゼンノショウカンマホウデシツレイシマス、イマショウカンヨロシイデショウカ! 掱井て和掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱さん」

 神殿の天井近くに魔方陣があらわれ光が降り注ぐ。頭の先から徐々に坂井令和(れいな)さんがあらわれる。今は胸のあたりまで。3Dモデルを編集しているみたいに直立で両手を水平に広げたポーズ。

 通信速度が遅いのか、ちょっとじれったい。まだお尻のあたりを描画している。ページの全体をダウンロードしてからパッと表示するサイトってあるけれど、あれってイラッときますよね。表示できるものからどんどん表示してほしいし、すくなくともグルグルをまわしてほしいところ。

 ブラウザのタブの頭にサイト名が表示されて隣のグルグルも消えたのにまだページに何も表示されないとタブを閉じます。いらんわと心の中で叫びながら。閑話休題。


「究乃カナであるぞよ。坂井令和(れいな)さんお久しぶりぃ」

「わたし九乃さんに会ったことありましたっけぇ?」

「ひどいわ、忘れるなんて。ほら国立雪無乳首研究所でっ」

「ああ、コクリツかと思ったらクニタチだって言われたやつですかー。九乃さんのギリのチクビがやっている」

「思い出してくれましたか」

 いまスネのあたりまで描画されている。手はもう自由に動かせるようになった。

「いったぁい」

 坂井令和(れいな)さんは前のめりにズッコケてパンツ姿のお尻が丸出しである。手でスカートをおろした。お尻が隠れた。神殿の床に手を突いて立ち上がる。

「まだ足まで召喚が終わっていないのに動くからバランスを崩したのですね。大丈夫ですか、ケガしていません?」

「真面目に心配しないでくださいよぉ。恥ずかしいからぁ」

 やっと足の先まで召喚が終わった。

『掱井て和掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱さんの召喚に成功しました』

 律儀にワーニングが出た。どこに出たのだか。

「それで、ここはどこなんですかぁ」

「わたくしの神殿であるぞよ」

 究乃カナは両手を広げた。

「神様だったんですかぁ。ウケます」

「作者はいつだって神様ですけれどね。九乃カナはもう、死んでいる」

「パクリですね、さすがです」

「それほどでもぉ」

「褒めてません」

「それですよ。やっぱりちゃんとツッコミがないとね。すわりが悪い」

「事件はもう解決しちゃうんですかぁ」

「どうしましょう、事件の解決がまだ思いついていないのですけれど。それにまだ2万文字は書かないとカクヨムコンの規定を満たせません」

「帰っていいですか」

 坂井令和(れいな)さんは背中を見せる。

「ちょっと待って。では、神殿でしばらく文字数を稼ぐっていうのは?」

「わたし別の短編を投稿してるんですけどぉ」

「ですよね。でも大丈夫、神殿にいてもカクヨム投稿できます」

「社畜なんで、会社に行かないと息ができなくなって死んでしまいますよ」

「会社くらい、もってきます!」

 ばばん! 神殿のとなりに坂井令和(れいな)さんの勤める会社があらわれた。

「ならいっか。神殿でも」

「本当ですか。では会社のとなりに大型書店もサービスでつけちゃう。サイン本買い放題ですよ」

「ずっと住んでもいいかな」

「そうしましょう」

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