第51話 眠くなりました1月19日

 九乃カナに押しつぶされて、いやいや、九乃カナと重たい鎧兜に押しつぶされて、橙 suzukakeさんは気絶した。

「容疑者確保っと」

 立ち上がろうと手を床につく。

「あれ?」

 起き上がれない。鎧兜が重くてダメ。このまま押しつぶしつづけたら、あらたな殺人事件発生である。由々しき事態。

 でも、無月さんがリアルタイム読んでくれているから、きっと助けにきてくれるはず。いや、こんな夜中にカクヨム読んでいる奇特な人間はいないか。

 九乃カナは奇特過ぎた。

 仕方ない。ててれてってれー♪ ケータイ電話!

 九乃カナは胸の谷間からケータイ電話を取り出した。嘘だけれど。電源を入れて無月さんにかける。とぅるるるるる。

「ζ§Ξ∠」

「あ、もしもし? わたしぃ。地下倉庫の例の部屋にワインと一緒に待っているわ❤」

 これでよし。

 苦労して体を動かし、橙 さんの上から転がり降りた。起き上がることはできないけれど、殺人事件はとりあえず回避された。


「九乃さん、どうしました?」

 橙 suzukake さんが息を吹き返してるぅー。今はダメ。起き上がれないんだから。うん、やっぱりダメ。起きられない。

「ワインを飲み過ぎちゃってぇー。目がまわるわぁー」

「起き上がれないんですね」

 嫌だわぁー、勘がよくて。勘でもなんでもないか。ぎゃー、助けてー。

 ハサミを構えている。別の殺人事件発生警報!

「職人が仕事道具で人を傷つけるなんて、魂に誓ってあり得ませんよね」

「これは仕事道具ではなく、ただの文具のハサミです」

「そんなバカな。剪定ばさみですよね。ほら、先が尖っているし」

「350円くらいのけっこうちゃんとした値段の文具ですよ」

「ぎゃー、やめてー」

 ドアがノックされて、無月さんがふたりそろってやってきた。ひとりは起きているのかわからない。たぶん、無月兄さんの方。カギかかってなくてよかったぁー。

「あ、すみません間違えました」

「間違えてるわけないでしょ! 助けなさぁーい!」

 無情にもドアは閉ざされた。

「どうします? 九乃さん」

「こうするしかない!」

 ごろごろんと転がって、鎧アタック!

「イタッ」

 脛にヒットした。足をすくわれる格好になって前のめりに倒れた。チャーンス!

「逆回転アターック!」

「ぐへえ」

 また上に乗っかって橙 suzukake さんを鎧兜が押しつぶした。第2の殺人事件も回避された。

「無月さん! 大丈夫になったからはいってきて」

 九乃カナの剣幕に押されて無月さんが渋々ふたつの顔を部屋の中に出した。

「ほら、もう大丈夫でしょ?」

「すごいですね。逆らったら怖い」

「逆らったからってこんなことはしませんけれどね」

「キュウ👻」

 橙 さんはまた気絶した。

「これでよし。さあ、起こしてください」

 無月さんふたりがかりで九乃カナを起して立たせた。

「あの、まさか。鎧兜のせいで起き上がれなくて自分たちを呼んだんですか?」

「もちろんです。こんな時には役に立ってもらわないと」

「鎧を脱いだらよかったんじゃ」

「え?」

「寝たままでも、鎧ほとんど脱げますよね。軽くなったら起き上がって全部脱ぐってやったらよさそうですけど」

「わたくし、着替えもメイドにしてもらうんで。自分では鎧なんて脱げないんですの」

 嘘だと思っている顔をした無月さんふたり。嫌んなっちゃう。


 武器倉庫からご都合主義的に縄を見つけてきて、橙 suzukake さんを縛り上げた。

「これで自分の容疑は晴れましたね。ありがとうございます、九乃さん」

 安心するのはまだ早いぞ、無月弟さん。

「いや、まだです」

「なんでですか」

「橙 suzukake さんが中庭の小屋に住んでいて、でもお城の中にやってこられたことはわかりましたけれど、ただそれだけです。ハイデの部屋へ行ったことも、殺したことも証明できていません。それに、密室トリックもまだわかりません」

「そんなあ」

「坂井令和(れいな)さんは? 手首小説完結しましたよね」

 無月兄さんは余計なことに気が回る。

「坂井令和(れいな)さんはまだ、拝井令和掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱さんのままです。召喚するには早い。それにまだ文字数7万文字超えたところだし」

「作者の都合ですか」

「最重要の都合です。この回だって、あと300文字くらい書いておきたいところ」

「こんな下心丸出しの作者は初めて見ましたよ」

「いやあ、それほどでも」

 ほめてませんというツッコミは返ってこなかった。お約束なのに。寂しい。

 もう眠いというから、九乃カナの冒険談は聞いてもらえず。あとでリアルタイム読みます、だって。ちぇっ。

 

 部屋に戻って九乃カナは窓枠がカタカタと鳴るのを聞いた。窓に寄って外を眺め、ガラスに指先を触れると冷たくて、手をひっこめた。ぼうぼうと強風が吹き荒れて霧が吹き飛ばされた夜空に、風に吹かれて満月が落ちそうにぶら下がっていた。ふっと息を吹いたら、ガラスがくもった。

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