第49話 横浜あんぱん物語 こしあん1月17日

 九乃カナは階段の前で踊ったあと、いや、踊ってはいないけれど、一度部屋へもどった。窓を開け頭を突き出す。

「まだ降っている、嫌になっちゃう。女の子だもん。アタック№1」

 ひとりごとでもアホなことを言わずにいられないのだ。廊下で確認した位置を脳内に描く。窓の下には城の中庭が見おろせる。ビンゴ。なにか小屋がある。あそこへ行けば謎が解ける。


 厨房へ行くと、斧をかまえた無月兄さんが昼食をとっていた。料理人と無月弟さんも厨房の調理台をつかってわきあいあいと食事している。のん気なものだ。脇にアイアイをぶら下げているからのん気だと言っているのではない。

 アイアイはサルだけれど、かわいい名前に反して悪魔の使いみたいな顔をしていることはよく知られるようになった。アイアイの歌を作った人はたしか、アイアイの姿を知らずに作詞したのだった。脇にアイアイをぶら下げていたら、むしろ不吉だし、頭おかしいし、人でも殺しそうなイメージになる。のん気ではない。閑話休題。(使ってみましたよ! 坂テ令和掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱掱さん。まがまがしい名前になっとる)


「容疑者と馴れあうな。それでも刑事か!」

「刑事ではありませんけど」

「知っています。言ったみただけ」

 3人ともスツールにすわっているけれど、もう余っていないみたい。寂しく立ってお話。

「九乃さん、料理人さんはヨーロッパに行っていません。実家がパン屋さんで、お父さんがヨーロッパでクロワッサンを習ってきたそうですよ」

「はい、飛行機にだって乗ったことありません。あっ、すみません」

 九乃カナのクールなまなざしを怖れたみたいだけれど、そんなことでいちいち謝らなくてよろしい。

「ふん、そんなことはすべてお見通しです。ミステリーは将棋の駒を動かすのと同じ、キャラを動かすことで犯人を詰ませるのです」

 びしっ。料理人に指を突き刺す。指しただけだけれど。

「ハイデは料理人と異母兄弟ってことです」

「そうだったんですか?」

 料理人に質問されてしまった。ちがったみたい。でもここでひっこめるわけにはいかない。

「そして、料理人のお父さんはパン屋をやっているけれど、実は金持ちの家の一人息子で莫大な財産を相続しています」

「そんなまさか」

「料理人はハイデの存在が邪魔で抹殺しました」

「がーん」

 頭を抱えている。妹か姉か知らないけれど、身内を殺してしまって後悔の念にさいなまれているのだ。

「九乃さん、自分をだましていますよ」

「無月さん? なぜわかったのです? やっぱりわたくしの頭の中を予測できるのですな」

「リアルタイム読んでるんで」

 調理台に隠してスマホをのぞいていた。授業中の高校生かっ。リアルタイムって、書いている途中でもカクヨムで読めちゃうの? 小説内のキャラだからか。メタ発言休題。応用ね。


 九乃カナは2階の食堂でひとり優雅に昼食をとった。食後の紅茶もおいしくいただいた。体にイギリス人の血が流れているのだ。


 1階におりて、廊下に飾ってある斧を眺める。無月兄さんがもどしたものだ。あの料理人は読者に見せるためだけのオトリだ。犯人は別にいる。

 重そうで立派な斧である。こんなのを戦闘でぶん回していたのか。西洋人は野蛮である。鎧兜の発達した世界ではこんな斧よりも、金属の棒でぶっ叩いて兜や鎧ごとつぶしてしまえばよいのではないかと思うけれど。それだと野蛮がすぎるのか。

 廊下の先へ目をやっても、鎧兜は飾っていない。斧があるのだから、剣やら鎧兜やらあってもよさそうなもの。カネがなくて買えなかったということはあるまい。


 隣のドアを押してみる。軽く開く。この城はどのドアも内側からしかロックできないのか。ものを盗られるという発想はないみたい。

 窓のカーテンが閉まっていて部屋の中は暗い。照明のスイッチを探してつける。

 明るくなった室内は、物置だった。ただの物置ではない。武器、防具のための物置だ。

「くっくっく、我が探していたのはこれよ」

 そのあと地下倉庫の部屋を調べたりして午後を過ごした。


 深夜を待って九乃カナはベッドから起き出した。またかよ。服のままベッドにはいっていた。

 雨は止み霧が出て、窓の外は黒く塗りつぶされていた。中庭の小屋に明かりがついていないことを確認しておきたかったが、それもわからなかった。

 1階の物置へ忍び込んで鎧兜を身につけた。重いし、冷たい。冬には向かない。昔の人は冬の戦闘をお休みしていたのかな。寒さを感じない脳筋バカだったのか。

 中庭に出た。下はぬかるんで歩きにくさ倍増。寒いし、鎧兜に露がついて滴がしたたる。冷めてえ。

 もう戻ろうかと思ったけれど、目的地の近くまできていて突撃した方が楽かと思い直した。

 ドンドン。

 ドアを叩いても反応がない。押しても引いても開かないということは、中にひとがいることは確かだ。開けて、寒い。

 ドンドン。

 涙が出ちゃう。女の子だもん。アタック№1、2回目。

 一度寝たら起きないタチだっけ? おかしいな。

 九乃カナは剣を抜いた。ドアの隙間に差し込んでゆっくりもちあげる。閂が回転して落ちるのがわかった。すこしドアが開く。

 ドアを引き開けて中に入る。兜を脱ぐ。重いし、視界が悪いし、不便なものだ。もうかぶりたくない。といっても、夜の霧の中では視界なんてもともとないけれど。

「橙 suzukake さん、起きてください」

 念のため小さな声。まだ起きないなんて変だな。殺されてたりして。

「ぷはぁ! 九乃さんかよ」

「よかった。眠りが浅いのでしたね」

 起きていた。眠っていたら、つい剣で首を落としたくなっていたかもしれない。出してもらったイスにすわる。

「それで? なにをしにきたんです?」

「ハイデを殺しましたね」

 ドーン!

「なぜそうなるんですか。善良な市民なんですから、殺しなんてしませんよ。花を愛する庭師ですよ?」

「ハイデという花で飾りつけたくなったのでしょう? このくだらない世界を」

「詩的ですね」

「詩人のオーラがにじみ出てしまいますな」

「証拠でもあるっていうんですか」

「もちろんです」

 九乃カナはイスを蹴って立ち上がり、剣を抜いた。腕を高く掲げてから、剣を敷いてあるカーペットごと床に突き刺した。床から剣を抜いて、カーペットをひっかけたまま引く。

 下から、隠し扉があらわれた。

「ほらね」

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