第42話 今日は九乃カナもお休み1月10日

 メフィストは九乃カナに殴りかかった。ボディ・ブローを受けて、お口から虹を吐き出しそうになる。

「ぐはっ。悪魔のくせに普通に攻撃してくるのね」

「どうした、これではただの人間ではないか。我が主にふさわしいところを見せてみよ」

 九乃カナは左手をメフィストにかざす。でも、メフィストを見失った。

「うしろだ、間抜け」

 背中に膝蹴りを食らい前にのめって転がる。九乃カナは地面からメフィストを見上げる。

「なかなかいい表情だ。つぎは絶望の顔を見たいものだな」

 メフィストに首をつかまれ、そのまま宙に持ち上げられる。苦しい。

「」九乃カナはメフィストの手首をつか「」

 メフィストは九乃カナの体を放り投げた。地面でバウンドして転がった。

「チート能力は知っているぞ。しゃべらなければ使えないんだろう。我にはすこしも脅威ではない」

 九乃カナの両手首をひとつかみして持ち上げる。バンザイ状態でメフィストの顔の前で吊るされている。

「わたくしが作者だってことを忘れているみたいね」

「リアリティーを崩壊させるつもりか。それでも構わんぞ。いままでだってずっとご都合主義できたのだからな。さあ、やれるものならやってみろ」

 メフィストは手の指をピンと伸ばして九乃カナの心臓に狙いをさだめた。

「作者が死んだらこの世界はどうなるんだろうな。死ね」

 メフィストの手が胸に突き刺さるところで、別の手があらわれて止めた。

「なんだこの手は」

「ご都合主義だ!」

 九乃カナはメフィストの脇に蹴りを入れた。掴まれていた手首が自由になった。宙に浮いている手はメフィストの手を押さえている。

「もう小天体の被害は落ち着いたみたいだし、主人に歯向かう下僕などいらないな」

「くっ、なにをするつもりだ。なんだこの手は、離せ!」

「さっきはやれるものならやってみろなんて言っていたくせに。見苦しいぞメフィスト。作者に逆らったことをそこで永遠に反省するのだな」

 九乃カナはメフィストの顔の前に手をかざした。

「ナカッタコトニシテナンテ・ユルサナイ!」

 手のひらでメフィストの顔を押さえる。

「」メフィストは九乃カナの触れたところから石化して行った。やめろー! とどこかから声が聞こえてきたけれど、容赦しなかった。メフィストは子供が恐竜のマネをするようなダッサい姿で石像になった「」

 息を吸い、大きく吐いて、九乃カナは尻もちをついた。

「なんて小説だ」

「九乃さん、なんとか生き延びましたね」

 無月さんが石像に顔を近づけている。コンコンと叩いたりして硬さをたしかめる。

「さすがに危なかった。メフィストもっと使えるやつかと思っていたのに、反抗的な悪魔だった」

「それで、謎の手はなんなんですか」

「カズキね。きっとわたくしのことを心配してずっとついていてくれたの」

 宙に浮いた手は透き通ってゆく。逆に見えていなかった体の部分が半透明で見えるようになった。今はカズキの全身が見える。

「カズキ、あなたを殺したのは誰なの?」

 地面にお尻をついたまま尋ねる。カズキは口を動かしているけれど、声が聴こえない。物理に干渉できないせいだ。

「聴こえませんね」

「声はなくても、ここにいるって感じられるだけで十分」

「でも、どうしてメフィストを止められたんですか」

「カズキもメタな存在だってことね、物理に干渉できないんだから。メフィストと近いところにいたのでしょう。メフィストが物理的世界に降りてきた経路をたどることでカズキもやってこられた。そう考えることができるのではない? メフィストが物理世界に固定されてしまって目印を失ったから、またメタ的存在にもどって消えてしまった」

「それらしい理屈をよく思いつきますね」

「ウソツキのはじまりですね、小説書きは」

 焼けただれた大地にきのこ雲、夕日が差して、九乃カナの瞳に映るのは終末的な物凄い景色だった。

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