第33話 元日に空腹で書く1月1日

「自分は無月兄です」

 そう言ったかと思うと、無月兄さんは駆け出した。

「なぜ逃げる!」

 九乃カナも階段を駆け下りて、無月兄さんを追う。九乃カナは足が速い。9ちゃんねるのいつかの投稿参照。

 うぉぉぉあぉっ!

 つい追い越してしまった。くるっとまわって正面からお腹にタックル。

「ぐふぇぇ」

 アニメでパンチをお腹に食らって背中まで衝撃がきた、逆エビ反り、かっぱえびせん、こいつぁ新年から縁起がいいやあ。

 無月兄さんは尻もちをついた。正月だけにね!

 オヤジギャグ炸裂で気分をよくした九乃カナは立ち上がる。

「なぜ逃げるのですか、無月兄さんと言ったらカクヨム仲間ではありませんか」

「いや、その。えーと。追いかけられたから?」

 追いかける前に逃げ出していたやないかーい! ここは反射的に突っ込んでしまいそうだったのをぐっとこらえた。

「なるほど。では質問をかえましょう」

 被告を追い詰める検察官尋問。メガネをくいっともちあげる。

「カクヨム仲間と言ったって、顔なんてわかりません。では、なぜわたくしは無月兄さんを見て、見たことある顔だと思ったのでしょう」

「九乃さんのことなのだから、九乃さんにしかわかりませんよね」

「ふっふっふ、語るに落ちるというやつですな。わたくしは君の名はと言っただけで、自分ではまだ名乗っていないのですよ。なぜわたくしが九乃カナだと知っているのですか」

 ミステリーっぽくなってきた。

「口調がヘンだからわかりますよ」

「口調が、ヘンー?」

 首を絞めてもいいかしら。尻もちをついて見上げている無月兄さんの首をめがけて、九乃カナの手が伸びる。

「ヘンじゃありません。ヘンじゃありません。あれです。えーと、そう! 作り物みたいに顔が整っているからです。そんなひとは世界中にほとんどいません」

「あら、世界有数の美貌の持ち主だから、カクヨムで九乃カナを知っている人だったら誰だって気づくと、そうおっしゃりたいわけですか」

「そこまでは言っていないけれど、そんな感じです」

「立ってください。疑ってすみませんでした」

 九乃カナは片手を引っ込めて手を貸すポーズをした。

「いえ、いいんです」

 無月兄さんは九乃カナの頭の中でいかなる論理が組み立てられたのか読めず事態を理解するのに苦労している様子。

「お腹すきましたね、この近くに食べられるところってありますか」

「自分は九乃さんから逃げてただけなんで、この辺のことは知りません」

「わたくしから逃げてた?」

「怖い! 無表情で迫ってくるのやめてください!」

 空腹になるといつも以上にイラッとしやすくなる九乃カナであった。

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