阿鼻叫喚。というやつだった。


「うわああああ! やめろおおお!」


「誰か! 助けて!」


「言うことを聞け、ああああああ!」


 今日の最後の授業が終わろうとしたとき、クラスの召喚獣が一斉に苦しみだして、何かに取り付かれたかのように凶暴化した。


 どの召喚獣も、明らかに正気を失っている。


 それはまるで、魔物や魔獣のようだった。


 人の叫び声と、召喚獣たちの叫び声。


 完全にパニック状態に陥っていた。


「やはり、対策が遅れたか!」


 襲い掛かってくる召喚獣を拳で迎え撃つガオン。視界の端では、マリーロンとその召喚獣のジュモックンが、必死の抵抗をしていた。


 そういえば、マリーロンのあの木彫り人形みたいな召喚獣は聖属性だと言っていた。だから邪気に当てられても、耐性があったのだろう。


 俺は荷物にでもされたかのようにガオンに持ち上げられ、そのままクラスを出た。


「ガオン! 何とかできないのか?」


「できない! 戦うにはここは狭すぎる。何より、邪気に当てられた召喚獣と人間が入り混じっていては、ことさら十分に動けぬ!」


「じゃあどうするんだよ!」


「どうにもならない! できない! だが、私はお前を守る、お前さんだけは守り抜く!」


「ガオン……」


 アスカ、アラタ、シャルティ。みんなはどうしているのだろうか?


 ――――――――――――――――


「くっ!」


 ガラス窓を体当たりで砕き、アラタが外に出る。


「あ、危なかった」


 凶暴化したハーピィ三体同時攻撃を後ろから食らうところだった。


「だけど、どうやら狭いところにいたほうが良かったのかもしれないね……」


 冷や汗を流すアラタ。


 外に出てしまったため、空を舞うハーピィたちがさらに自由な動きができるようになってしまった。


 朝、マモルと話をしたときに、変な質問をされたことを気にかけていて良かったと、内心で感謝する。


「アイ、ライ、ロイ、邪悪……どうみても邪属性になっているね、みんな」


 昨日ようやく考えあぐねいて決めた、ハーピィたちの名前。


 頭上から急降下で襲ってくるアイハーピィの爪。一撃でも食らえば、制服ごと肉を大きく裂かれるだろう。姿勢を低くし、地面を転がり、鋭い爪を回避する。


 アラタが腰につけていたホルダーからカード型のスクロールをまさぐった。


「聖属性付与のスクロールは、ちょうど五枚、か……」


 五枚のカードを持って、立ち上がった。


「ふっ、ふっ、ふっ……」


 トントンと軽く体を上下に動かし、アラタは古武術の構えを取った。


「動きも、攻撃方法も、全部分かっているんだ」


 まるで浮き上がったようなステップで、右に左に素早く動き、ハーピィたちの立て続けの攻撃を避ける。一撃でも当たれば致命傷だ。


 だが、ハーピィたちと最も接近できるのは、攻撃を仕掛けてきたときだ。


 アラタが目を凝らして集中する。


「攻撃と防御は同時にできない。だけど――」


 一体のハーピィ、ライが急接近してくる。


「攻撃と回避は、同時にできる!」


 ライハーピィの足の爪をぎりぎりで避け、その腹に聖属性付与のスクロールを叩き付けた。


「よし!」


 ライハーピィが地面に落ちて、ばたばたともがいてから……正気に戻った。


「狙いどおりだ!」


 三体のうち、一体を元に戻した。


 二体目――


 アイハーピィ。襲い掛かってくるタイミングで、さっきと同じように回避しながらカードを押し当てようとして――


 その腕をアイハーピィの足で掴まれた。


「ちっ!」


 そのまま地面を引きずられ、貼り付けるはずだった一枚を落としてしまった。


 発動させていた状態で手を離してしまったため、カードがただの紙になってしまった。


 ――残り三枚。


「このおっ!」


 体を無理やりひねり、三枚目のスクロールを足に貼り付ける。


 掴まれていた腕が開放され、素早く体勢を立て直して立ち上がった。


 残り一体、ロイハーピィに対して、カードが二枚。


「さて、いけるかな?」


 と――


 正気に戻ったアイとライのハーピィの二体が、最後の一体ロイハーピィを左右から組み付いて地に落とした。


「良い子だ」


 その隙を逃すはずもなく、素早く接近して、ロイハーピィの背中にガードを押し当てた。効果を発動させる。


「よっし!」


 これで自分の召喚獣が戻ってきた。


「マモルたちは無事かな? シャルティは召喚獣がホーリードラゴンだから大丈夫だろうけど……」


「アラタ君!」


「あ、アスカさん!」


 割れた窓から、アスカがキュアラを抱いて立っていた。


「キュアラちゃんが、キュアラちゃんが!」


 妖精のキュアラが、アスカの腕の中で苦しんでもがいている。


「大丈夫だよ」


 アスカの元に小走りで近寄り、最後の一枚のカードをキュアラに向けて発動させた。


「聖属性を付与した。これで大丈夫だよ。きっと癒しの力があったから、邪気がうまく飲み込めなくて辛かったんだろう」


 今では、ふぅふぅと呼吸して、落ち着いた様子のキュアラ。


「良かった……」


 アスカがキュアラを抱きしめる。


「こっちも、君と合流できて良かったよ。マモルたちは?」


「わからない。校舎がもうしっちゃかめっちゃかで、どうしたらいいか……」


「まさかとは思うけど、あのガオンが邪気に狂わされてないといいね……」


「マモル、大丈夫かな?」


 今にも泣き出しそうなアスカ。


「大丈夫だよ。あのガオンが、こんな邪気に当てられたって負けはしないさ。筋肉は決して裏切らない。でしょ?」


「うん、そうだよね」


「この状況だ。回復役は必須になるだろう。すまないけど、アスカさんもキュアラちゃんも、働いてもらうよ」


「うん! がんばる!」


 アラタはふぅ、と落ち着いた息を吐く。


「さて、この状況で、どう動こうか……」


 悲痛な叫び声や凶暴な鳴き声がごちゃ混ぜになっている建物の中。


「このままでいても、ただ時間を浪費して、夕方に、夜になってしまう。出る限りみんなと合流しよう。……すまないけど、聖属性を元から持っているホーリードラゴン、シャルティさんと合流したほうが、戦力が大きくなる。マモルにはすまないけど……」


「うん。マモル、無事でいてね……」

「行こうか」

「うん」

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