いつも通りの朝、のはずだが……。


「いやあ、すまんすまん!」

「寮母さんに謝って、早く直せよ」


 朝からため息なんてつきたくなかった。


「1トンの鉄アレイなんて、床に絶対においておくなよ」


「本当にすまなかった!」


 本当にすまないと思っているなら、その暑苦しい笑顔をやめろ。


「はあ、腹減った」


 俺たちはいつもどおりに、食堂棟へ向かっている。


「げっ!」


 そんな汚い声が聞こえて、向いてみると。


 同じクラスの、あのマリーロンがいた。


 鉢合わせてしまったようだ。


「…………おはよう」

「…………」


 しばらくの沈黙の後、彼女は「ふんっ!」と鼻を鳴らして、小走りで去っていった。


「彼女と何かあったのか? もしかして昨日の?」

「まぁ、そんなところだよ」


 俺は諦めて首を横に振った。


 彼女とは、永遠に分かり合えないだろう。


「ふむう」


 うん?


 なんだろう、今鼻に妙な臭いを感じた。


 どういえばいいのだろう? 深い? 無味無臭だが、何か詰まるような空気を、一瞬だけ感じた。……なんだろう?


「ガオン」

「なんだ? マモル」

「お前、屁でもしたか?」

「いいや、していないが?」

「そうか」


 奇妙な臭い。気のせいだったのか……。


「やあ、おはよう。マモル」


 アラタが後ろから小走りでやってきた。


「ああ、おはよう」

「マモル、昨日の放課後のことだけどさ」

「うん?」

「お前に良くない噂をちょっと小耳に挟んだんだ」


 あまり声を出しては言えないのだろう、声をやや小さくしてアラタが話しかけてきた。


「君、なにかしたのかな?」

「いや、特に覚えはないけど」


「なんか、女子の間で、君がネクラだとか、強い召喚獣を盾にして、良い気になって調子付いている人間だとか、そんな噂を聞いたんだよ」


「…………」


 早速始まったか。

 その噂の大本は、きっとさっきのマリーロンだろう。


 俺は昨日マリーロンと会話をしたことを正直にアラタに話した。


「あー、それはちょっとまずいんじゃないかな?」

「別に、俺は気にはしない」


「僕も気にはしないけど、放って置くと、取り返しの付かないことになるかもしれない」


「それならそれでも、どーでもいいさ」


 くっだらない。本当にくだらない。


 そして十分に慣れている事でもある。


「僕は友人として心配しているんだ。君が悪い噂に踊らされないようにと」


「俺は別に、他人からどう見られてもかまわないよ」


「それはダメだよ。厄介な相手を敵に回したみたいだ。白黒はっきりさせないと、君の今後の生活にもかかわるよ。マリーロンって女子は本人は見ていないけど。確か、元の世界では冒険者になるつもりだったとか、それなりに強くて、コミュニケーションの力も根強いらしいから」


「じゃあ、お前もあいつの悪口はやめておけ」


「あ……」


「静かにしていれば、何も起こらないさ」


「……そうだね。失言だったかもしれない」


「まあ、心配ありがと」


「僕はそれでも、君の友人でいるからね」


「さんきゅ」


 それはそれとして。


「アラタ、お前さ」


「なんだい?」


「ここにくるまでに、変な空気を感じなかったか?」


「何のことだい?」


「……いや、なんでもない」


「そう言われると、気になるよ」


「いや、どっかで不始末を起こした糞の臭いでも嗅いでしまっただけだよ」


 やはり、あの一瞬の妙な空気は、

 気のせいだったか。

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