異世界観光その3 現在の魔王軍

 俺たちは賑わいを見せる街中を歩き、景色を眺めて転びそうにもなりつつ、一店のカフェに入った。


 アラタは「わあ、素敵な空間だね」と呟いたが、まったくそのとおりで、俺たちがよく足を運ぶスタバよりもおしゃれな空間で、木造を主張しつつも、アイボリー色の壁にさまざまな絵画や花が飾っている。そのあたりとても豪華なカフェに思えた。椅子もソファーも俺たちのいた世界とまったくの違いがない。


 店員に促され、ソファーに座ると、なんだか自分の世界に戻ってきたような感覚になる……不思議だ、魔術の概念がなければこれはもう外国旅行に来たも同じようだ。


 シャルティが程よいメニューを選択して、複数の紅茶と菓子が並んだ。どれも上等な品にしか見えない。


 紅茶の香りをかいで、アラタがぶつぶつと呟いた。


「紅茶……しかも種類が豊富……紅茶の起源は、中国から船で輸入した時にあまりにも長い期間の帰り旅の為に、発酵してしてしまい、色も香りもが変わったというのが始り……だけどこれは明らかに人工的に発酵させた紅茶だ。ちゃんと酸化酵素を正しく利用している……」


 アラタにもたらすこの世界の刺激は、あまりにも多かったようだ。


 ってか、学食で普通に緑茶も紅茶も出ていたはずなんだがなあ……。  


「ここまで発展した街並みは、まっこと見事なまでに壮観だな」


 白いテーブルの上で胡坐をかいている、ちっちゃいおっさん化しているガオン。


 注文はわいきゃいしているシャルティとアスカに任せて、俺は紅茶に口をつけた。


 たしかに。香りも味もただの紅茶だった。


 そう、ただの紅茶(俺は紅茶に詳しくない)だった。俺たちの世界とまったく差のないほどに、高級な茶葉だった。


 アラタがぶつぶつ、推考している。


「新鮮な生クリームに、それと勝るとも劣らない果実。ケーキ……」


 驚きが完全に隠せないままで、アラタがメガネのブリッジを指先で持ち上げた。


 歩き続けて、こうやってひと息をついて、シャルティが口火を切った。


「今の魔王軍はどうなっているのか? という話でしたわね」

「ああ、そうだったね」


 アラタがはっと我にかえる。


 なんだ? 視界の端にいるガオンが、ちょっとだけピクリと動いたまま固まった。


「端的に言うと、今は大魔王帝国として国土を持って、魔族は魔族としてこの世界に在住しています」


 へえ。つまりはちゃんとまとまったという事か。


「在住? それはどういう意味なのかな?」


 何か心に引っかかったらしいアラタ。


「ええ、一般的には、この世界にやってきて住んでいるのですから『在住』で正しいのです。六人の勇者が魔王を討伐した後、魔王軍は強力な力を持つ魔族も勇者様方にほとんど倒されてしまい、長い長い派閥抗争が行われて、内紛も数限りなく行われたそうです。そして現在は、新しい魔王が降臨し、細かい争いも終り、長い交渉の元、一定の国土を譲渡されて、大魔王帝国を築きました。ですが、未だに無茶苦茶な条約や協定交渉などが行われ、過激派も残っています」


「もっと深く聞きたいかな?」


 フォークを持ったまま顎に手を当てて、シャルティに尋ねる。


「そうですわね」


 シャルティは紅茶を一口して、仕切りなおす。


「この世界には、奈落の穴……またはアビスゲートとも呼ばれる、巨大な『穴』が存在しています。それはいつからあったのかも不明の。いまだ解明されていない……正確には魔族がひた隠しにしている巨大な穴があります」


「つまり魔族は、地底人だったという事?」


「そういう説もありますが……別の一説にはまだこの世界が神と人と獣が分け隔てなく暮らしていた頃……神話の時代よりあったとされています」


「うーん、神話かあ。神話はちょっと信じられないかな。僕たちの世界では創作物の範疇だったものだから」


「そうですね。私たちも同じ所です。ただ、大昔から、それは存在していた。そしてその奈落の穴から魔族は生まれ出てくるのです。さらに周期的に生まれ現る魔族最強の生命体。それが『魔王』」


「調査を行った、その……資料とかは無いのかな?」


「ありません。向かった者も、それは長い歴史の中で何百何千とあったと思われます。ですが、生還した者は一人もいません。一人でもいたのならば、一切不明のままではなかったでしょう……」


「僕たちの世界で言う、オーパーツ。ってやつか」


「オーパーツ?」


「アウト・オブ・プレイス・アーティファクト。場違いな物体……僕たちの世界にもあるんだ。そこまで大規模なものじゃないけど、明らかに不自然な自然の物体。というやつが」


 このブルーベーリーソースのレアチーズケーキ、甘酸っぱくて美味いな。


 アラタとシャルティが勝手に話をしてくれるので、現在、非常に楽である。


「魔王を倒した勇者は、その奈落の穴の謎に、触れることは出来なかったのかい?」


「魔王軍は、確かに奈落の穴のすぐ近くに城と城下街を構えていました。六人の勇者は魔王を討伐しましたが、奈落の穴へは行っていない、はずです」


「はず?」


「奈落の穴の事については、勇者様方も知らないとの一点張りで、何も分からなかった。とだけしか記録が残っておりません」


「ふむ……。何かを知っていたとしても、もう墓の中、か……」


「そういう事になりますね。また別の一説では、アビスゲートと呼ばれるにあたり、別の世界の出入り口になっている……という説もありました」


「例えば何かこう……証拠になるものとかはあるのかな? 例えば、その奈落の穴の景色とか、空が飛べたのならば上空から見た奈落の穴の形とかさ」


「それはありますわ。ですが、穴はとてつもなく大きく深く、光も通さない闇の色がぽっかり空いているだけの絵しかありません」


「……そっか」


 これでひとしきり話し終わったのだろう。アラタとシャルティは静かになった。

 ほんと、良い天気だなあ。


「ふわ……」


 不意にあくびが出る。


「なんか、私達だけで話し込んでしまったようですね」

「ああ、そうだね」


 退屈そうな俺を見て、課外授業は終わったようだ。


「まあ、ここら辺の話は、今後授業で行われるでしょう。教科書にも書かれてある事ですから」


 静かに聞いていたアスカがやっととばかりに口を開いた。


「ちょっと得しちゃったね。今後の勉強に出てくるところを教えてもらって。テストとかにも出るのかな?」


「そうですね。人類初の大英雄。六人の勇者については、歴史に絡んできますね」


「この世界の偉人って事なんだね」


「そうですわね」


 そんな徐々にのんびりとした会話に移ろうとしたとき、視界の端っこでちっちゃなおっさんが微動だにせず、ずっと黙したまま聞き入っていた姿が見えた。


「…………」


 なんだろう? 珍しく表情が硬い。なんか妙に、なんというか初めて感じる空気? 雰囲気? あるいは観た事のないガオンの一面? なんなんだろうか?


 …………まあ、いいか。


 うん、どうでもいい。 


 俺はこんな授業みたいな話よりも、紅茶を飲みながらトンボらしき昆虫を見ているほうが、自分らしく似合っている。

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