異世界観光その2 百年を超える発展

「おおおお! これはすごい!」


 王都シルバニオンに到着。小竜車から出たアラタが、その光景に目を輝かせて叫んだ。


「空気もきれい! 水路がちゃんと作られている! 国民の服も僕たちの世界と変わりないぐらいにしっかりしている! まるで僕たちの世界のヨーロッパのようだ!」


 まるで高層ビルのように巨大な塔がいくつも並ぶ、圧倒的な景色の中で、アラタが注目していたのは――


「え? 驚くところそこ?」


 この俺の台詞が、アラタのオタク火種にガソリンをぶちまけてしまった。


「マモル、これはとても大事な事なんだ! よく中世時代を背景にした小説が出るけど、実際の中世はとても不衛生な環境が何百年と続いていたんだ! 水ですら清潔なものが手に入らなくて、喉を潤す代わりとしてワインやエールというビールを変わりに飲んでいたほどなんだ! 本当は紀元前五千年のメソポタミア文明から下水対策はなされていたけど、北欧地方……つまりはヨーロッパ全体ではまったく下水道さえ作られていなくて、汚物は全て路上に放置されていた。イギリスなんか千八百年の中ごろになってようやく下水道が作られた。その間、黒死病……ペストやコレラ菌などの疫病が蔓延していてどうしようもなく、村ごと全滅する事も不思議じゃなかったんだ! なのにこの国はこんなにも清潔で、人口で水路も作られている! しかもただきれいなだけじゃなくて、魚もカメも水鳥もいる! 自然環境の調和が取れているんだ!」


「あー……」


 やっべえ、地雷を踏んでしまった。アラタの畳み掛けるような説明がどんどん出てくる。


「服だってそうだ! こんな品質の高い服が一般的に市販されている! つまりは裁縫技術……正確に服が量産できる体制が出来上がっているという事なんだ! つまりは産業革命の証でもある! 建物の外観はレンガ造りで中世的だけど、これは町の美観を損なわないための、伝統を守るための配慮だと判断するね! たったこれだけの事! たったこれだけの事だけど、これらはいかにこの国の発展力が高いことを照明しているんだよ!」


「あー、そーなんだ……」


 歴史オタクのスイッチがオンのまま止まらねえ……。


「男だったら、まだ剣や魔法や錬金術が信じられていた北欧の中世時代、そして三国志、そしてそして日本の戦国時代は男のロマン! 知っていて当然だよ!」


「あー、うん。そうだな!」


 もうこれは話をあわせるしかない!


「中世時代の世界かと思ってたけど、すごい技術力が内包された世界だったんだな!」


「そう! その通り! まったく持ってその通りだ!」

 ……正直、疲れる。


「確かに、私のひいお爺様が若かった頃は、アラタ君の言う通り、とても不衛生だったと学んでいます」


 シャルティさん、話題入ってこなくてもいいですよ。


「ですが約百二十年前、魔王を倒した六人の勇者、その一人であった召喚士が、魔王討伐後、その後の人生をかけて、『幻獣界』を観測する事に成功しました……今まで謎だった、召喚士が呼び出す獣たちがどこからやってくるのかを、その世界を見つけたのです」


 こっちもなんか歴史の授業みたいな事を言い始めた!


「それがきっかけで、当人とその子孫たちが生涯をかけて、私たちとは違う世界、つまりは異世界が存在する事を、重ねに重ねた研究の成果で表す事ができました。『幻獣界』、『異世界』、『平行世界』、それら全てを知る発端になったのは、初代シド・ロードサモン・アールフレンドが、自分たちの世界以外にも、無限といえるほどの世界が隣にある事を突き止めた成果なのです」


 俺たちは観光に着たのに、まるで課外授業を受けているような気分だ……。


 そして止まる気配がまったく無い。


「そうして私たちは百年をかけて、異世界、平行世界に存在する、あらゆる未知の技術、それらを再現する製法、実験、研究、実現を重ねて、この百年の間に……いいえ、百年以上経ってもいまだ発展し続ける世界になりました」


「なるほど、僕たちのいた日本でも、江戸時代、二百十五年年以上も鎖国をしていたためにまったく科学技術が進歩しなかった。だが、黒船の来航がきっかけで、日本は再び科学技術が歩き始めた……この世界は百年経ってもいまだ進歩し続けている、巨大な産業革命と文明開化のまだ途中なわけか。ただ人を呼ぶだけの異世界転移や召喚による利用方法が、こんなにも大きな発展の役に立っていたなんて、これは意外だった」


「ええ、そうです。ここ最近で一番盛り上がっている産業計画では、『れっしゃ』という、人々や多くの荷物を運べる大型の機械が開発されている所です」


「それは電車? 汽車かな?」

「そうですね、汽車、と言われる物だったかと」


「という事は、まだ電気の開発ではなく、石炭を使った蒸気機関の再現をしているんだね!」


「え、ええ……多分そうだったかと」


「それは一大プロジェクトだ! 蒸気機関の開発なんて、世界が覆るほどにすごいことだ! この世界に来て良かったと体中で喜べるよ!」


「そ、それはよかったですね……」


 テンションマックスのアラタ。さすがにシャルティも引いている。


 そろそろ終わらないかな?


「はっ、そういうことなら」


 アラタ、また何かに気がついたようだ。


 長くなければいいんだが……。


「魔王は百年以上前に討伐されたって言ったけど、その後の魔王軍はどうなったのかな?」


「あ、それ私も気になるー」


 アスカも参戦。


 俺はだまって聞いているだけ。それだけでもういい。


「まあ、城下町に入ったばかりなので、長話もいったん区切って、街並みを見ながらどこかのカフェにでも入りましょうか。それならゆっくり話ができると思います」


「カフェテラスだとおっ!」


 あー、黙れ黙れもういい。俺はとりあえずアラタに寄りかかるぐらいに腕を新たの首に回して落ち着かせた。


「話の続きは、またあとでも出来るだろ。弁を重ねるよりも……あれだ、百聞は一見にしかず。もっと良く眺めてからにしないか?」


「……そうだね、僕も興奮しすぎてしまった」


 そうそう、大人しくしてくれ。

 頼むからさ……。

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