VS三姉妹ハーピィ

 一体どこから光の速さで聞きつけて集まってきたのだろうか。

 がやがやと時間を秒単位で追うごとに、観客席が密集していく。


 入学式は元の世界に返りたくて躍起になってしまったけど、せっかく俺のスクールライフのスタイルを取り戻そうとしたのに。


 俺は今試合場の真ん中に、ガオンと一緒にアラタを待っていた。


 人に勝負吹っかけておいて遅れてくるとか。少しイライラする。


「ふむ、来たようだぞ」

「あれ?」


 ばさり ばさり ばさりばさり


 荒熊アラタがやってきたのだが、何故か召喚獣が三体もいた。

 半人半鳥の獣、ハーピィというやつか。


「おい、なんで三体も召喚獣を持っているんだ?」


「彼女達は三つ子の三姉妹。三体で一ユニットのハーピィたちだ」


「……ふむ。これは困った」

「やっぱ多勢に無勢だよな?」

「いや、そうではなく……」


 ガオンは気まずそうに言葉を漏らした。


「召喚獣といえど、ここまで、人間の女性に近いと……殴る蹴るは、さすがにできんなあ……」


「はぁ?」


 召喚獣でも女性は倒せないってことか?

 コイツの紳士的行動の基準が分からん。


「じゃあどーすんだよ?」

「それ以外の方法でやってみる」


「え?」


 筋肉で殴る蹴るが本領だろう? それ以外でどうやって闘うって言うんだ?


「まあ、今回もこの筋肉に任せてくれ。マモルは観ているだけでいい」

「本当だろうな?」

「ああ、この筋肉に誓おう!」


 それを聞いて、俺は試合場の白線で仕切られたサークル内から外に出る。アラタも同じようにサークルから出て……あれ? アイツ、左の腰から何かを取り出そうとしている。


 ……カード?


 妙な違和感を感じるカード。彼は左の腰のホルダーから七枚ほど取り出して構えた。


「それでは試合といこうか!」


 アラタが叫んだ。


「おうとも!」


 ガオンも臨戦態勢に入った。


 試合場の中心に、審判の教師が立った。前回闘ったホーリードラゴンの時の教師だ。


 ……あの先生、何の担当教化なんだろうか?


「両者よろしいか?」


 審判の教師が、向かい合うガオンとハーピィ三姉妹に説いた。


 両者は無言で肯定する、


「では、試合、開始!」


 そう告げると、審判の教師は猛ダッシュで逃げていった。


「さあ、こい!」


 ガオンが胸筋と腕の筋肉を見せ付けるように構えた。


 アラタが叫ぶ。


「では、先行をいただく!」


 そして手に持った七枚のカードのうち、一枚を引いて叫んだ。


「速攻魔術! アイシクルバインド!」


 なにぃ!


 アラタがカードを突き出して魔術の名前を発すると、ガオンの足元から氷が現れ、ガオンの両脚を凍りつかせた。


 ――そうだ、思い出した!


 あのカードは、カードの形をスクロールだ! 購買部で見たやつだ。


 一度だけ、魔力も魔術も持たない者に対し、一枚に一回だけ、封じ込まれた魔術などを発動させる事ができる。


「ふふん、これは卑怯ではない。召喚獣バトルでは、召喚獣にアシストすることも許されている!」


 くそ、やられた。


「ほほう、召喚獣を与えられた昨日の今日で、こんな手段を見出すとは。やるではないか。アラタ少年」


 褒めてる場合か! 足を封じられたんだぞ。


 銀縁のメガネのブリッジを指先で押さえつつ、勝ち誇った笑みをするアラタ。


「まだ、俺のターンだ!」


 アラタがさらにカードを引き抜いて叫んだ。


「コマンドパターン! ジェットストリーム!」


 すると三体のハーピィが一度空へ舞い上がり、一列になって滑空し、ガオンに襲い掛かる。


 ザン! ザン! ザン!


「うむ!」


 ハーピィの足の爪……高速の三連撃が、ガオンに肉体を切り裂いた。


 そしてハーピィたちはまた上昇し、ガオンの間合いから完全に離れて、上空でアラタの命令を待つ。


 昨日召喚獣を与えられたばかりなのに、スクロールを援護として使用する発想や、コンビネーションの構築。荒熊アラタ、こいつは――


 アラタがまたカードを引き抜いてハーピィたちに命令する。


「コマンドパターン! サークルアサルト!」


 今度はハーピィたちがガオンを中心に飛翔し、円の状態を維持しながら代わる代わるガオンに蹴りを入れていく。その素早さはもう視覚では捉えきれない。


「ふふん、さすがにそんな重たい筋肉を持っていれば、パワーはあってもハーピィたちの素早さには追いつけないだろう? そしてさらに、氷の魔術でその欠点を深く突く!」


 確かにスピードだったら、昨日闘ったホーリードラゴンよりも速く、そして鋭い。


「これは相性というやつだ。パワー重視に対してスピード重視の連撃。たとえドラゴンをねじ伏せても、このスピードを捉えることはできない!」


 どうするんだよガオンは、脚の動きを封じられて移動も出来ない。やられっぱなしじゃないか。


「ならば、これならどうだ!」


 ガオンが叫ぶと、両腕を盾のようにして前面を固めた。


「マッスルウォール!」


 肉の壁。そんなんでどうするんだ?


 ガキンガキンガキン!


「はぁ?」


 ハーピィたちの脚の爪がガオンの肉体に弾かれるようになった。


 完全な防御姿勢により、ハーピィの攻撃はまったく効かなくなる。


「それなら、これでどうだ! エンチャントカード発動! 茨の鞭を三枚!」


 ハーピィたちの手の中に、茨のような棘のある鞭が現れた。


「まだまだ、俺のターンだ!コマンドパターン! スリーフルアタック!」


 ハーピィたちが三方向から茨状の鞭を防御姿勢のガオンへ振るう。


 バチィン! バチィン! と激しい音が、ガオンに鞭が当たる度に響いた。


 そしてアラタは使い終わったカードを右腰のホルスターに捨てて、新しく左腰のホルスターから新しいカードを引き抜いた。


 ――やっぱりコイツ、間違いない。


「荒熊アラタ!」


 俺はアラタに向かって叫んだ。


「お前は、……カードゲームオタクの中二病だな!」


 その言葉に、アラタが勝ち誇った笑みから、表情が割れて驚いた顔になる。


「な、何故分かった!」


「カードゲームの要領でハーピィたちに的確な作戦指示を作り、昨日のうちにあらゆるパターンを構築するその頭の働かせ方、そしてお前の無駄にカッコつけたそのポーズ! バレないと思ったか!」


「くっ……」


 言い返せないアラタが苦い顔をする。


「だから、だからといってなんだと言うんだ! 君の召喚獣が劣勢なのは変わりない!」


「ちっ……」


 舌打ちしてしまう、確か似そうだ。俺はアラタのような召喚獣への的確な指示や攻撃パターン、アシストにスクロールを使うなんて発想すらもしなかった。……だからなのか、しつこくバトルを要求してきたのは……そりゃそうだろうな。万全を期して用意してきた戦略のだから、それらを発揮するのを見たいがために、誰かと闘いたくなるのは当然の心情だろう。


 それもドラゴンを倒した強者なら。なおさら挑戦もしたくなる事だろう。


「ガオン! 何とかできないのか?」

「私に任せておけ!」


 ガオンが防御姿勢を説いて、三方向から来る鞭を両手でつかみ取り、力任せに引っ張ってハーピィたちから鞭を奪った。


「よし! いいぞガオン!」


 だが――


 ガオンは何を思ったのか、奪い取った鞭をハーピィたちに返した。


 その行動に、ハーピィたちも疑問符を浮かべる。


「鞭さばきがぬるいわ! もっと激しく、素早く、鋭く! もっと打ち込んで来い!」


 ガオンが両手を後頭部で組んで、さらに体を反るほどに胸を差し出した。


 忘れてた、ガオンという召喚獣は。


「ここでドM性癖をさらすな! 馬鹿野郎!」


 これはさすがにハーピィたちも戸惑う。もっと強くと要求され、体を見せ付けてくるのだから、動揺しても仕方が無い。


「マモル! 本来アスリートや武道家などは自分のパフォーマンスを極めるために自分の体と精神を常に追い込むマゾヒストなのだ!」


「お前全世界のアスリートたちに全力で土下座して謝れえ!」


 つい大声でツッコミを入れてしまった。


「だったら好きなだけ食らわせてやる! ハーピィ達よ! スリーフルアタックを継続しろ」


 お互いに顔を合わせてうなづいたハーピィたち、そして命令どおりに、ガオンの体に鞭を激しく打ち込んだ。


「はう! んん! くう! あふう!」


 筋肉のおっさんが鞭で打たれて悶絶している……。


「やめろ! 絵面が酷すぎる!」


 偶然か狙ったのか、ハーピィの鞭の一撃が、ガオンの股間にヒットした。


「ふぉおおおうッ!」

「ひえッ!」


 これはこっちも萎縮する。男にしか分からない急所に、容赦の無い鞭の一撃が当たったのだ。


「そこは、さすがに……でも、悪くないかも」


「あああああもう! このドM野郎! 悦に浸るな悦に!」


 ちなみに、客席も含めて周囲もドン引きである。


「ああ、うん。まあやれと言われてやったが、その……なんだ、マモル、お前の召喚獣って……」


 さすがにアラタも口に手を当てて言葉を濁す。


「それ以上言うな! 頼むから!」


 どーすりゃいいんだよこの筋肉魔人は……。


「あふん! おふん! いいぞ! もっと、もっと、もっとだ!」


 ガオンはいまだに、鞭を打たれてあえぎ声を出しながら耐えている。


「ダメだコイツ! 早く何とかしてくれ!」

「だったら、これで決めてやる! エンチャントカード、ライトニング!」


 茨状の鞭にさらに紫電がほとばしった。

 電撃によって強化された鞭が、ガオンを襲う。


 バシン! ビシン! バッシーーン!


「おう! あう! はう! おおう!」


 ガオンの聞きたくも無いあえぎ声がいっそうに高くなった。


「これは、鞭と電撃が……筋肉に、効っくううううううううう!」

「あえぐな! 悦るな! ちゃんと闘え!」


 酷い惨状だった。


 電撃鞭にあえいで、グネグネ体を動かしながら悶えて悦に浸る、筋肉のおっさん。


 なんかもう、観たくない……。


 そしてついに……ハーピィたちの方が疲れ始めた。


 上空で腕と一体化した羽根で高度を維持しながら、ガオンに向かってひたすら鞭を振るう……それに耐えるどころか悦ぶガオンに対して、肩で息をするほどハーピィたちが疲れて根を上げた。


「うむ? もう終りか?」


 ガオンが受けの姿勢を解く。


「いくら動きは速かろうと、スタミナが足りなかったようだな!」


 何故か勝ち誇るガオン。


 まさかガオンは、これを狙って――


「だがまだやれるだろう! さあ来いどんどん来い! 打ち込んで来い!」


 やっぱりただのドM野郎だった。


「もういい加減にしろ! ちゃんと闘えよおおおおお!」


「うむ? そうか。そろそろ終いにしよう」


 バキン! バリン! 


 ガオンの脚に絡み付いていたアイシクルバインドの氷を、あっさりと蹴り崩して脱出した。


 ――簡単に出られるなら早く出ろよ……。


「ではマモル、この技は諸刃の剣になる。気をつけてくれ」

「……何をする気だ?」

「まずはその素早いハーピィたちの動きを封じる!」


 それを聞いたハーピィいたちも、顔つきが身構える表情になった。


「ふん! ぬうううううううううう!」


 ガオンは胸や腕や脚の筋肉の厚みを見せるサイドチェストのポーズをして、思いっきり力んだ。そして――


「いくぞ! マスウウウウウウル! フェイス! フラシュ!」


 サイドチェストのポーズで、ガオンが全力の笑顔を放った。


 ピカアアアアアアアアアアアア――


 それはもう、凄まじい笑顔の輝きだった。試合場を真っ白に染めるほどの閃光が放たれる。


「うあああああ! 目が! 目があああああああ!」


 もろにフェイスフラッシュをくらったアラタが目を押さえて悶え苦しんだ。


 俺は事前に身構えていたため、腕で目を隠して凄まじい発光から逃れる事がで来た。


 ハーピィたちも笑顔の輝きにやられ、羽根の腕で両目を押さえて、ばたりばたりばたりと地に落ちる。


「良い筋肉には良い笑顔を!」


 自分のキャッチコピーを自分で体現しやがった!


「く、くそ……こんなのでえ……」


 なんか、アラタの気持ちに同意である。


 本当に輝く笑顔、こんなの初めて見た。


「そしてアラタ少年よ! 私は筋肉のせいで素早さが欠けると言ったな! だが私はそんな中途半端な鍛え方はしていない!」


 サイドチェストのポーズを解いて、びしりとアラタに指を差した。


「いくぞ! まずは軽く反復横飛びからだ! ふんんんんんおおおおおおお!」


 ガオンが体中に力を込める。


「ふん!」


 ブォン!


「なにいいいいいいい!」「なにいいいいいいい!」


 ついアラタと叫び声がハモってしまった。


 ガオンが反復横飛びをして、三人に分裂した。


 いやちがう、ものすごい速さの反復横飛びで、三つのガオンの残像ができた。


「ハハハハハハハハハ!」


 自慢げに笑うガオン。


 そして反復横飛びをやめて、ガオンが一体に戻る。


「そしてここからが本番だ! いくぞ! ふうううううおおおおお! はあッ!」


 ブォォォン!


 今度はハーピイたちを中心に……九体のガオンの残像が現れた。


「フハハハハハハ! これぞリピーテッドジャンプ(反復横飛び)、マッスル9(ナイン)!」


 ものすごい高速移動のステップで、どこからガオンが声を出しているのか分からない。


「そして、このマッスル9を放った時、風が唸り、猛り狂う!」


 ヒュウウウウウ……オオオオオオオオオ――


 残像で分裂したガオン……風が加速度的に集まって渦を巻いていく。


「これぞ! マッスル9、サイクロン!」


 ゴオオオオオオオオオオ――


 ガオンの動きで風が唸り声を上げて、竜巻が起こった。


 中心にいたハーピィたちが、凄まじい竜巻に飲み込まれ、成すすべなくぐるぐると激しく回転させられる。


 そしてついには竜巻に弾き飛ばされ、ハーピィたちが目を回して失神し、試合場の地面にばたりばたりばたりと倒れた。


 そして、ガオンが動きを止めて、


「私の筋肉の! 勝ちである!」


 片腕を揚げて勝利を宣言した。


 審判の教師が急いでやってきて、ハーピィたちを確かめる。


 そして審判の教師は、


「勝者! ガオン!」


 ガオンの勝利を認めた。


 観客席意から「うおおおおお!」と声援が上がる。


 ……勝っちまった。


 手も脚も出さずに、ハーピィたちを簡単にまとめて倒してしまった。


「始めからそれをやれよ!」


「フハハハハハハ! 我が筋肉たちの活躍に、感謝!」


「そんなバカな……こんな事が……」


 アラタが脱力してその場にへたり込んだ。


 ――うん、俺も本当にそう思う。


 試合が終り、白い歯を輝かせた笑顔で、ガオンが戻ってきた。


「マモルよ、勝ってきたぞ! ハハハハハハ!」

「…………」


 もう、何と言えばいいのかわからない。

 まさに、絶句。開いた口が塞がらない、というやつだった。

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