第2話 家を建てるぞ
☆
週末にハウジングセンターに行くと、既に岩手さんが来ていた。
「大地、持って来たか?」
「持って来た」
「やっと大人になったな」
「大人には、ずいぶん前になっていたけど」
岩手さんは豪快に笑う。
「わしは、毎回来ないから、担当を紹介しよう」
「お願いします」
大地君は契約書を出して、岩手さんに手渡す。
岩手さんは嬉しそうだ。
「土地は小次郎さんが提供したんだってな?」
「花菜ちゃんは小次郎爺ちゃんの孫なんだ」
「そうだったな」
「土地の図面は持って来たか?」
「持って来た」
「よし、今から大地の夢のマイホームを造るぞ」
モデルハウスのダイニングテーブルに案内されて、お茶を出される。
「まずは、このハウジングセンターで責任者をしている吉住だ」
「吉住です。素敵な家を造るお手伝いをさせていただきます」
吉住さんは、ダークグレーのスーツを着て、髪は短めだ。
「わしの娘婿だ。腕は確かだ。信頼してもいいだろう」
「よろしくお願いします」
「大地が造りたい要塞のような家を図面に興していくぞ」
大地君がにぱーっと笑う。
本当に嬉しそうだ。
吉住さんは、まず住所から場所を特定していった。
「駅前ですね。なんと立地がいい。道幅も大丈夫そうですね」
「電車の音と振動がかなりあるので、しっかりとした家を造りたいのです。えっと三角屋根でなく、屋上に上がれるようにしてほしい」
女性がパンフレットを持って来た。
「デザイナーの奥村です。お手伝いをさせていただきます」
女性は深く頭を下げた。
パンフレットを開くと、いろんな間取りが載っている。
「基本のパターンになっています。コンクリートで造られるので、広さを広げるのもある程度制限されてしまいますが、このパンフレットに載っている間取りは、割安になっています」
大地君がパンフレットをじっくり見始めた。
「1階に小次郎爺ちゃんの部屋を一つ造って欲しいんだ」
「大地君、お爺ちゃんは、部屋はいらないって言っていたよ」
「小次郎爺ちゃんも住める家を建てたいんだ。追い出すつもりは微塵もないよ」
「偉いぞ、大地。それなら自由設計にしろ。値段は同じで造ってやる」
「ありがとう。三郎爺ちゃん」
大地君があらかじめに造ってきた間取りをテーブルに載せた。
「大学院の建築科の奴とまだ遣り取りしてるんだ。相談したら図面を引いてくれた」
「ほう」
1階の窓辺にお爺ちゃんの部屋があり小さな仏間があり、大きなダイニングキッチンがある。
トイレやお風呂はお爺ちゃんの部屋の近くにあり、食料庫やクローゼットも大きめに造られている。北に小部屋がある。
2階には主寝室に子供部屋が3つあった。2階にもトイレが付いている。お兄さんの家のように、廊下に面した場所に大きなクローゼットがあった。
「花菜ちゃん、気になるところある?」
「綺麗にできてるよ、この図面」
「1階の北の部屋は義母さんが泊まってもらってもいいし、花菜ちゃんの私室にしてもいいと思って。2階は1室俺の部屋にしてもいい?釣り道具や金庫も置きたいし、家で仕事はするつもりはないけど、絶対にないとも言えないから」
「それはいいよ」
「子供部屋は本箱で仕切りを造ってもらおうかと思うんだ。子供が何人生まれるか分からないから。小さいうちは一緒の部屋でいいと思うし」
「それでいいと思うよ」
よく考えられた部屋だ。無駄なところはどこにもない。
それにしても良くできた図面だ。
「三郎爺ちゃんは、どう思う?」
「いい図面だと思うぞ」
「全室にクローゼットを造ってください」
「図面ができあっているなら、任せておけ。吉住、図面をコピーしてきてくれ」
「はい」
吉住さんは、すぐにコピーして戻って来た。
原本は返された。
それを大地君はリュックに入れた。
コピーされた図面に細かくエアコンを付ける位置やコンセントを付ける位置などを、相談しながら記録していく。
「奥様、こちらは壁紙があります。どうぞご覧になってください」
奥山さんがたくさんのサンプルが載ったファイルを持って来た。
「各部屋違う壁紙にするお方も最近では多くいらっしゃいます。リビングやキッチンなど長くいるお部屋だけ、豪華にするお方もいます。白でも淡く模様が出る物もありますし、最近では蓄光の壁紙を使い夜空を作ったり、壁に景色を浮き出したりする物も人気でございます」
「大地君が喜びそう」
「資料はお貸しできますので、ご自宅で相談していただいても構いません」
「では、お借りします」
奥山さんはたくさんのサンプルファイルをテーブルに置くと、持ち帰り用の袋も用意してくれた。
「大地、ここの立地もいい場所だ。建築中の現場をオープンハウスにしてくれるなら、壁紙も好きな物を選んでも一番安い値段で計算してやろう」
「いいのか?」
「他の爺も見に来るだろうから、わしも奴らに負けるわけにいかぬ。いい物を選べ」
「ありがとう」
大地君がにぱっと笑う。
先週の結婚式も豪華な物だった。
皆が皆で競い合っているように見える。
「この間の結婚式も豪華だった。松永なんぞ、会社まで与えやがって、自分が一番偉そうな顔をしてやがる。負けてたまるか」
どうやら岩手さんは、仲間と勝負をしているようだ。
「松永さんとは会社を賭けた勝負をしたからで」
大地君も笑っている。
「会社も一生物だが、自宅も一生物だからな。いい家を建てるぞ、大地」
「おう」
大地君は岩手さんと、正式な契約書を交わした。
☆
お爺ちゃんの家は壊されるので、わたし達は自宅の近くにマンションを借りた。
荷物のいる物といらない物を母も来て選別をしてくれた。
新しい家は、作り付けの家具が並ぶことで、今ある家具は殆どいらなくなる。
お爺ちゃんの荷物は、箱に入れられて、マンションの片隅に置かれ、今後、椅子とテーブルの生活になることから、いらなくなる荷物はリサイクルショップに売ることになった。
母が古い食器も新しい物に替えなさいと言って、思い入れのある物だけ自宅に持ち帰り、残りはやはりリサイクルショップに売った。
スッキリ何もなくなった思い出の家は、取り壊され2日もかからず平地にされた。
住宅会社とは毎週のように打ち合わせがあり、システムキッチンやお風呂や洗面台も実際に見学に行き、決めていく。お風呂場乾燥も暖房も付いていて、便利そうだ。
大地君は物の造りをしっかり確かめながら、デザインはわたしに決めさせてくれる。
外装はがっつりしたコンクリートに白色の塗装が塗られるので、内装は柔らかさを感じさせてくれる白でも白っぽい色で花が描かれた物にして玄関からリビングとキッチンは可愛らしくしてくれた。岩手さんの心遣いもあったので、各部屋の壁紙もお洒落な物を選んだ。
2階の寝室は蓄光を使った。天井に一面星空が写る予定だ。子供部屋はシンプルな壁紙で、大地君の部屋は、大地君が選んだお洒落な壁紙になった。
会社帰りに二人で家ができあがる様子を見て、心が躍る。
毎日、朝と帰りに家を見ていく。
だんだんできあがっていく様子に、心が躍る。
造っている途中の家を老人達は見に来て、大地君のラインに昼間の様子が報告される。
お昼休憩になると、大地君が営業部のフロアーに降りてきて、わたしにその映像を見せてくれる。
クレーンがコンクリートを持ち上げて、家が組み立てられていく。
現場監督の横に、岩手さんの姿も見える。
わざわざ出向いて、不備のないように、見ていてくれるようだ。
内覧会が土日に行われることになった。
まだ骨組みで、土台ができたばかりの所を見てもらう。
わたしも大地君と毎週土曜日に見せてもらっていたので、どれくらいの人が寄るのだろうと思っていたら、さすが駅前だけあって、真冬なのに見学者は多く、大地君の仲間の老人達も集まり、大騒ぎになった。
そのまま近くの料亭に移動になって、老人達は思い出話に花を咲かせた。
「大地の家は、どこの家より立派にしてやろう」
「岩手さん、力が入ってますな?」
「大地を引き抜きたかったのは、わしも同じだ」
「松永さんに先を越されてしまったのでな。わしは何でケリをつけようかの?」
「大崎さん、株券返そうか?」
「それはいかん。勝負をしたのはわしだ。今からでもいいから松永の会社を辞めて、うちに就職しないか?」
「それはいかん。もう大地はうちの社長補佐だ」
松永社長が、大崎さんの申し出をスパッと切り捨てた。
わたしはこの会社を筆記試験を何度も受けて、やっと最終試験まで残って受かったのに、大地君は釣りの勝負で、どこでも入れたなんて、この就職氷河期に羨ましい限りだ。
家の半額券も驚きだ。
お兄さんが言っていたように、大地君の人脈は大切にしなくてはと思った。
「そう言えば、わしの何でも買ってやる券があっただろう?わしが半額になった家を買ってやろうかの?」
「山崎の爺ちゃん、それは高すぎるから駄目だって」
「金を持ってあの世に行けんのでな。わしもそろそろ迎えが来てもおかしくはない年齢になってきたからのう」
「わしも何でも買ってやる券があったはずじゃぞ」
次から次へと老人達が声を上げる。
「今、使わんでいつ使うつもりじゃ?」
何でも買ってやる券の持ち主の老人達が集まって、相談を始めた。
「贈与税で税金払うのは嫌だぞ」
大地君は慌てて、老人達の暴走を止める。
老人達は、わぁふぁふぁと声を上げて笑っている。
昼から始まった宴会は、夕方近くに解散した。
「お年寄り達のパワーはすごいわね」
「花菜ちゃん、疲れたんじゃない?」
「ずっと圧倒されちゃったよ」
大地君とマンションに戻る途中で、もう何ヶ月後には住める我が家を見て、帰って行った。
コンクリート住宅は、普通の家より高額と言われているので、いい宣伝になれば、岩手さんの会社にも利益があるだろう。
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新年明けましておめでとうございます。
綾月のお話を読んでいただきありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
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