セカンドシーズン

第1話   秘密の金庫

 ☆

 棚ぼた坊主と異名をもつ大地君は、結婚式が終わると、岩手建築会社代表取締役の岩手三郎さんと連絡を取るようになった。


 なんでも鯖の1本釣りで勝負をして、家を半額にする約束の契約書を持っているとか。


 ハウジングセンターで家の下見はしてきた大地君は、すぐにでも家が欲しくなってしまった。


 そんなときに突然の結婚式のプレゼントをされた。その時、岩手さんに出会って、「まだ家はいらんのか?」と唆されて、大地君は岩手さんの手にしがみついた。


「欲しい!」


「契約書はまだ持っているのか?」


「持っている!」


「それを持って、来週の土曜日ハウジングセンターに来るがいい」



 ダンディーな岩手三郎さんは、ニヤリと笑った。



「花菜ちゃん、結婚式が終わったら千葉の実家に行ってもいいか?」


「うん、いいよ」



 結婚式が終わって、ホテルに一晩泊まって、帰る前に千葉の家に寄った。




 ☆

 大地君の実家の大地君の部屋には、置き型の金庫がドンと置かれていた。


 後は、ベッドと大きなPCが置かれた机が一つ。部屋の隅にはクローゼットになっていて、空いた場所に釣り道具がたくさん置かれていた。


 大地君は金庫を開けて、書類を確かめている。



「もしかしたら、これ、全部、釣りで勝ち取った何かなの?」


「そう。毎回、契約書みたいな物をみんな書いてくれたんだ。会社の株券もここに入っているんだ。みんな大事な物だから、頑丈な金庫を買ったんだけど、持ち運ぶのは大変なんだ」


「大きい物ね?持ち運ぶのは、確かに大変そうね。どうやって入れたの?」


「金庫を買ったときにクレーンで入れてもらったんだけど、後で動かすことを考えてなかったんだ。まだ子供だったからな」


「うん」



 それにしても大きな金庫だ。



「大切な物だから、火事が起きても燃えないような物を買ったんだけどね」



 会社の株券が入っているなら、確かに燃えたら大変だし、泥棒が入ったら、会社が傾いてしまう。責任重大な物が入っているなら、この金庫は確かに大切な物だろう。



「っあった!」



 大地君は大量な書類の中から、やっと1枚の契約書を見つけた。



「これで家が半額になる」



 満面な笑顔で、大地君は契約書を出すと、金庫に鍵をかけていく。



「来週の土曜日はハウジングセンターに行くぞ!」



 大地君は契約書をスマホで写真を撮ると、岩手さんにラインで送って、来週の約束をしている。



「岩手さんって、もう現場に出ていないんでしょう?」


「ああ、うん。一応、代表取締役になっているけど、もう隠居暮らしをしてるはずだよ」


「わざわざ来てくれるのね?」


「そうだな。茶菓子でも持って行こうか?」



 わたしは微笑んで頷いた。


 大地君の交友関係者はすごい。



「家は高額だから、さすがにタダにしてくれなかったな。半額で勝負を挑んできたんだ。負けると思ったのかもしれないな」



 大地君は、勝負の時を思い出してニマニマ笑っている。



「後はどんな物があるの?」


「永久往復航空券とかリゾートホテルの無料宿泊券生きてる限り有効とか、他の会社の株券とか何でも買ってやる券とか……」



 苦笑しか浮かばない。


 間違いなくこの金庫は、宝の金庫だ。



「全部釣りの勝負で勝ち取ったの?」


「そう。全部、勝ち取った物だよ」


「すごいね」


「老人達の娯楽だよ。あの世まで持ってけないからって、褒美が豪華になっていくんだ」



 大地君が、お年寄りを大切にしてきたご褒美なんだと思った。


 結婚式でのスピーチでどれだけ、大地君が愛されてきたのか分かった。


 わたしも釣りに参加し続けていたら、もっと早く大地君と仲良くなれていたのになと、昔の自分に問いかける。


 釣りに行っていたことは覚えている。


 お爺ちゃんも大きな会社の代表取締役で、会社を運営していた。


 後継者がいなくて、社内から後継者を選び、株の収益だけで生活してきた。


 小学校の高学年になったわたしは、釣りよりも面白い遊びを知ってしまった。


 祖母が刺繍を教えてくれた。


 それに夢中になっていた。だから、釣りに行かなくなった。



「さあ、見つかったから、急いで帰ろう。明日からまた会社に行かなくちゃならないからね」


「うん」



 大地君はリュックに契約書をしまうと、わたしの手を引いた。



「父さん、母さん、また来るよ。結婚式、来てくれてありがとう」


「もう帰るのか?」


「明日は、仕事なんだ」


「そうか」


「たまにはゆっくり遊びに来なさいね」


「うん、また今度、来るよ」


「花菜さんも体に気をつけて、また遊びにおいで」


「はい。義父さん」



 お盆の帰省は、わたしの記憶喪失で来られなかったから。


 大地君の両親に、帰省できないと知らせる前に、お兄さんが連絡を入れてくれたようで、お兄さん一家も、帰省しなかったらしい。


 きっと楽しみにしていただろうに、申し訳ないことをしたと思っている。



「花菜さん、果物を持って行きなさい」


「ありがとうございます。義母さん」



 義母さんは、仏間に行って、お供え物の果物を持って来てくれた。



「気をつけて帰りなさいね」


「おう」



 大地君はわたしの手から果物の入った袋を持つと、玄関に向かった。



「お邪魔しました」



 わたしは頭を下げて、大地君の後を追う。


 大地君は果物の入った袋をトランクに入れると、リュックを後部座席に置いて、扉を閉めた。



「花菜ちゃん、乗って」



 見送りに出てきた二人に頭を下げて、わたしは車に乗った。


 わたしが乗ると、大地君も車に乗り込んだ。


 車が動き出した。


 大地君はカーステレオを鳴らして、ラブソングを歌い出した。


 とても機嫌が良さそうだ。



「花菜ちゃんも、どんな家がいいか考えてね」


「でも、すごいわね。家が半額で建つなんて」


「三郎爺ちゃんの会社の住宅会社は、俺が造りたい構造になっているんだ。もう幼いときから、きっと刷り込みされていたんじゃないかと最近、思うんだよね」


「大地君の頭の中では、もう家ができてるみたいね?」


「そんなことないよ。一緒に考えようよ」


「うん」



 大地君はまた歌を歌い出した。


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