第20話 使徒候補
ほんのわずかなイヤな感じ。
直感を信じ、力技とばかりに執務室の扉を足で蹴破れば中から火の玉が飛んできた。
警戒を怠るなと伝えていた事もありイザークは無事。リットとフランツにも目立つ怪我は無く、俺とシュゼットに関しては言わずもがな。放たれた火球を魔力差で圧倒して見せれば使徒候補と思しき男が口元を引き攣らせた。
その後方には真っ青な顔をしたチェムレの王。
……さぁ、断罪の時間だ。
「
魔剣を床に突き刺すと、剣先から流れ出た土属性の魔力が床を苗床に数多の根を張り芽を出し、育ち、蔦となって室内の敵対勢力に絡みつく。
「なっ……!」
「なんじゃこれは!!」
「なんだじゃない」
強く言い放って前進する。
チェムレの王も、初めて見る使徒候補も、顔を真っ青にして引き攣らせているが、それは俺のせいではなく、肩の上にいるシュゼットが放っている恐ろしい気配のせいだろう。
怒りのオーラが完全に威圧になっているのだ。
「さて……何から話すべきか」
「は、はなし、じゃと……っ?」
「そう。俺は別に暴力で言う事を聞かせたいわけじゃないからな。とりあえず結論だけ最初に言うから、理解しろ。この国は遠からず沈んで消える」
断言する俺に、チェムレの関係者――王、使徒候補の他にも、宰相や宰相補佐、それに近衛だろう騎士数人がピシリと固まって目を見開いた。
「しず……は……?」
「最初っから不思議で仕方がなかったんだけど、チェムレが神獣の背中に出来た国だって誰も知らなかったのか?」
「し、んじゅ、う……」
「ロクロラでは神獣云々はともかく銀龍の話は子どもでも知っていたんだが」
御伽噺でもいいから聞いたことはなかったのかと改めて問うても誰も知らなかったらしい。
どういうことだ。
それとも、これも駄女神お得意の不具合か? だとすれば責任は益々使徒候補だったこっちの男にある気がしてくる。
いや、こんな奴を使徒候補にした駄女神がそもそもの、か。
「なら、まぁいい。今更何を言ったって国が海の底に沈む未来は変わらないし」
「それは……沈むとはどういうことだ! 一体どうして……!」
「この使徒候補がやったのか、もう一人の方かは知らないが、国民を生き埋めにするなんて下衆な真似して、恨み辛みを大地に浸透させるからだ。この国は神獣の甲羅の上にあった。恨み辛みは呪いに代わって大地に浸透し、神獣の身体を腐らせた――生きていた大陸が死んだんだ」
「そ、な……っ、貴様なんという事を……!!」
チェムレ王、そして宰相の鋭い視線が使徒候補に突き刺さる。どうやら、あの生き埋めの件をやらかしたのはこいつで間違いなさそうだ。
そして王と、宰相らも加担したことが判明したも同然。
肩の上のシュゼットから放たれるオーラが更に深みを増した。
「きさっ、ま……デルベック! あれは神が許した儀式だと言ったではないか!!」
「知るかよ! 俺は確かに許可もらったんだうっせぇよクソ!!」
そうして初めて口を開いた使徒候補。
どうやら名前はデルベックと言うらしい。まぁ、キャラ名だろうな。
紫色の短髪に赤い瞳。
耳にはいくつものピアス。
いまは強い怒りに満ちた切れ長の視線がチェムレ王から俺の方に移って来る。
「大体!! テメェがナニモンだよ、ここは俺とあの女の楽園だぞ⁈ カミサマが日本でテロ起こす代わりにこっちを好きにしろって寄越して来たんだ、邪魔してんじゃねぇよ!!」
「……は?」
「幾つか条件はあったが、それは破っちゃいねぇ! 殺したのはモブがつく名前の連中だけだし、仕事探してる奴らを使ってやれって言ったのもあの女だ! めんどくせぇ約束だって守ってやったんだぞ⁈」
頭の芯が冷えていく。
腹の底で感情がぐつぐつと煮えていくような、不快感。
「……ヒトを殺した自覚がないのか……?」
「人間は殺しちゃいねぇって!」
「あんなに大勢を埋めておいてっ」
「あいつらはモブなんだよ、モブ! その他! 人間じゃねぇし、大体この世界全部ゲームなのに名前持ちに手ぇ出すなとかそっちの方が意味判んねぇよ!!」
吐き捨てられる台詞のずっと遠くで、子ども達の声がする。
帰ってこない両親を恋しがる幼子。
自分だって幼いのに弟妹のために強がる少年少女。
土に埋まった妹を助けてと、ガリガリの身体を引きずるようにして俺の手を引いて歩いた、あの子。
あれがゲームだ、なんて。
切なる訴え。
悲しみ。
愛情。
祈り。
痛み。
不安。
恐怖。
懇願。
憎しみ。
名前がモブだろうとも、彼らには会いたがっている家族がいた。
遠く離れた彼らにだって、側に居たかった家族がいたはずで。
感情が。
五感が。
『……カイト?』
肩の上からシュゼットの声がする。
「おいっ」
「カイト落ち着け!」
後方、イザークと、彼の護衛騎士達の声がする。
それは判る。
だけど、……抑えられない。
「こんなにムカついたことないよ、俺……」
あの日に世界を創造するために持っていかれた魔力が、いまは体の中をぐるぐると巡っている。
こんな。
……こんな、クソみたいな男にあの子達は親を殺されたのか?
家族を殺されかけたのか?
こんな。
こんなふざけた奴が、本当に使徒候補なのか?
「……っ」
「待っ……」
あ、やばい。
これは城を壊すかも、って。
妙に冷え切った心が冷静に気付いた、その瞬間だった。
「ひっ……⁈」
「うおっ!!」
「な……!!」
男達の驚愕の悲鳴と、聴覚を破壊しに来る轟音。
烈風。
「……!」
城が壊れた。
さっきまで屋根があった……いや、むしろ上階だってあったはずの天井が消えて、覗く、青い空。
そして羽ばたく蒼銀の巨龍。
『……っ、まったく! せめて私の到着を待たぬかバカイト!!』
ロクロラの神獣、銀龍ヒッタルトヴァーナが息を切らせながら怒鳴っていた。
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