第19話 神罰

 チェムレ側の正気を疑う事態だ。

 正式に国の代表として来ているロクロラの第三王子を客室に軟禁し、扉の外に護衛以外の目的で兵士を立たせておくなんて普通に考えれば有り得ない。

 俺をSランク冒険者としてしか扱わないくせに、都合が悪くなったからってロクロラの関係者扱いでイザークを人質にでもする気だろうか。


「どいつもこいつも……!」

『本当にこれ以上不快になるのか? 逆に楽しみになってきたぞ?』


 淡々と言うチェムレの神獣――シュゼットに顔だけで笑う。

 それと同時に客室が並ぶ城の三階から放たれる十二人分の敵意に気付く。


「しっかりと捕まっておけ!」


 肩の上のシュゼットに言い、魔剣を抜く。


おおれスクレイブ」


 剣に浸透する魔力は土の属性を帯びて剣先から伸びた蔦が一人、また一人と、敵の足首に絡んで転ばせていく。ついでに胸のあたりから腰までぐるぐる巻きにして廊下に転がす。怪我をするよりはマシなはずだ。

『Crack of Dawn』ならその効果は一八〇秒だったが今はどれくらいになるのか、この機会に判明すると今後のためになるかもしれない。


『おまえは殺さないのだな』


 シュゼットの意外そうに言葉に心臓がイヤな音を立てる。


「俺はって?」

『チェムレの使徒候補は平気そうだったぞ』

「それ、は……少なくとも日本では異常者扱いだぞ」

『ふむ』


 シュゼットの目が細くなり、俺の脳裏には昨日のあの光景が思い出されて気持ち悪くなって来た。

 あんなのが平気だなんて絶対におかしいと、少なくとも俺は断言する。

 九人、十人、十一人目。

 最後の一人も拘束して目的地の扉に拳を叩きつける。


「イザーク、開けるぞ」

「カイトか」


 中からはリットの声。


「無事だったか」

「おまえは一体何をやらかしたんだ」


 中に通されるなりフランツも加わって問い質される。


「イラッとして無茶した自覚はある。迷惑を掛けてすまない」

「謝る必要はないよ、何か理由があるんだろう事くらい想像がつく」


 イザークが言い、俺の肩の上で視線を止めた。


「ところで、この子は?」

「チェムレの神獣キャシャーゼンだ。シュゼットって呼ぶことになった」

「⁈」


 答えた途端に三人がギョッとした顔をする。


「神獣って銀龍様と同じ……」

「この国って神獣の背中に乗ってるって……」

『そっちは捨てた。いまはこれが私の本体だ』

「捨てた、ですか?」


 リットとフランツが呆然と呟くのとは異なり、神獣だと知った途端に態度が変わるイザークはさすがだ。

 とは言えゆっくり話している時間が惜しい。


「事情は話す。だがチェムレの王とも急ぎで話がしたいんだ、移動してもいいか?」

「それはもちろんだが……」

「あと、リットとフランツは常に周囲を警戒しておいてくれ。チェムレの使徒候補の一人が城内にいる。位置的には王と一緒だ」

「なんだと……?」


 ギリッと歯ぎしりしたのは誰だろう。

 彼らにはまだ冒険者ギルドで判明した情報を伝えていないが、あれだけ使徒に懐疑的だったチェムレの王が使徒候補と一緒だと聞かされれば腹も立つと思う。イザークに随分と失礼な態度だったという話は聞いていたしな。

 完全に戦闘態勢に入ったリットが殿。

 イザークの少し先にフランツが陣取り、俺が先頭に立って部屋を出る。

 転ばされた兵士達はいまもまだぐるぐる巻きにされたまま。少なくとも五分以上は効果が持続している。

 ともあれ彼らは放置で、俺達四人は王がいる二階へ。

 到着してみれば執務室だと判った。


「カイト」


 進路を阻む兵士の悉くを蔦で拘束、転がして放置し、いよいよ執務室に立ち入ろうとした直前にイザークから声が掛かる。


「君は使徒だ。その肩書は一国の王よりもよほど重い」

「ぉ、おう?」

「遠慮は要らないぞ」


 ロクロラの第三王子が断言する。


「貴族は身分に重きを置く。王は誰よりもその事を知っていなければならず、この世界で君より上にいるのは創世神ファビル様だけだ」

『うむ』


 肩の上で神獣が満足そうに頷く。


「だから遠慮は要らない」

「……ありがとう」


 イザーク、リット、フランツ——三人の顔を見ていくと、彼らは順番に頷いてくれた。

 その気持ちが嬉しいと思う。


「行くぞ」


 意を決し、俺は執務室の扉を押し開いた。

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