第7話 思惑はそれぞれに

 目の前の彼らが現実の人間だということは理解しているし、目の前に危険が迫れば絶対に死なせたくないという感情で体が動く。それは確信しているのだが、意識の何処かで『Crack of Dawn』のNPCという印象が拭えていない……もしくは、身分差をほとんど意識しないで生活していた日本人だから?

 それとも自分の方が身分が上というのが非現実的過ぎたのか。

 何も言われないままなら王族全員に敬語で話していただろう俺は、どう応対したらいいのか判らなくなっていて、タルトが『対等』という表現をしてくれて心の底からホッとした。


「心臓に悪い……」


 一通りの自己紹介を済ませて昼食の席に着いてから深い息と一緒に吐き出した呟きを、隣に座った第三王子のイザークが笑いながら受け止めた。


「すまなかったね。君達がああいうのを好まないのは承知していたが、こうなってしまうと好き嫌いの問題ではないからな」


 気心が知れている者が隣の方が良いだろうと言う配慮から、俺の左隣にはイザーク、右隣りにはフィオーナがいる。

 テーブルは円形で、俺の真正面に国王陛下。

 陛下の隣から王妃、第一王女、第二王女、イザークの順番に座っていて、反対側は王太子、王太子妃、第二王子、第四王子、フィオーナって順番だ。

 ……たぶん、なんか、フィオーナより俺の方が上の扱い?

 一の翼とかいう数字のせいだろうか。

 手元には食前酒。

 俺は未成年なので果実水にしてもらったがフィオーナはそのまま。


「居心地は悪いかもしれないが、我慢してくれ」

「ああ、まぁ、使徒を公言するってタルトとも約束したからな……」

「それって私は約束してないわよね?」


 ジト目で見て来るフィオーナ。

 確かに彼女(彼?)が使徒の称号を得る前の話だが、称号を得た以上は逃がさない。


「運命共同体だろ?」

「あれだけ魔力持っていったんだから、もうそれで充分じゃない……」


 フィオーナがげっそりした顔で言うのは、たぶん旅から帰って来た翌朝に二人が使徒になったからロクロラ領域に守護云々の件だ。


「そういえばアレもなんだったんだろうな。タルトは説明を繰り返すのが面倒だから今日まで待てって言ってたけど」

『うむ、面倒だから午後の正式な謁見の時まで待て』


 俺とフィオーナからじぃっと見られているのに、タルトは涼しい表情。

 イザークも困ったような笑みを浮かべて肩を竦める。


「午後の謁見にはヴィンやジャック達も合流するし、宰相はじめロクロラの重鎮が勢揃いするから頑張って」

「いやだわぁ……」

「今すぐ帰りたい気分だ」

『ファビル様の使徒が情けない』


 言い合っていたら、周りの王族も苦い笑みを浮かべていた。


「お兄様は使徒様と仲良しなのですね」


 そう言ったのは第二王女と紹介された十三歳のリリアーナ。


「イザークのお忍びには心配させられることも多いが、たまに信じられない成果を持ち帰って来るから強く止められなくて困ります」

「本当に。まさか使徒様と永雪山スノウマウンテンに赴き、銀龍様と縁を結んでくるだなんて……」


 王太子夫妻が、本当に何とも言えない表情で続く。


「さすがに私もカイトが使徒だとは思っていませんでしたよ。カイトが先導する超難依頼なら普通じゃないと予想しただけです」


 イザークがどこか得意げに言うと、陛下が。


「火の魔石の件で君の動向には我々も注視していたが、イザークの勘の良さには敵わんな」

「陛下にそう言って頂けるとは光栄です」

「生意気な」

「ふふっ」

「はははっ」


 笑いが起きて、ほんの少しずつではあるけど緊張が解れていく。気を遣ってくれているのは判った。

 そのうち、メイド達が前菜のサラダを一人一人の前に置いていく。


「……生野菜?」


 驚いて思わず声にしてしまったら、陛下が頷く。


「銀龍様にご指導頂き、フィオーナ殿に食材の提供をお願いしたものだ。カイト殿がキノッコで育てたい作物なのだろう?」

「そう、です」

「ならばまず味を学べと銀龍様が仰せになられてな」


 思わず敬語で答えて、タルトを睨む。

 こういう情報共有も必要じゃないか、おい? 無言の訴えが届いたのか、タルトは不敵に笑う。


『まずは食べてみよ。サラダというのは健康状態を保つのに必須だと使徒達が言っている』

「では……」


 それぞれにフォークとナイフを器用に扱って口に運ぶ。

 ベビーリーフとミニトマトのシンプル過ぎるくらいシンプルなサラダだが、緑と赤の色合いはロクロラの料理にあまり見ない配色だ。

 これ、実は母親がキッチンで育てていたのを知っているから、ロクロラでも家の中で育てられる食材として広められないか考えていた。

 苗とか、種とか、ポイント交換出来るし。

 そういえばタルトに何となくで喋ったな、俺。


「うむ……」


 俺が内心で悶々としている間に、食べた人達から困惑気味の声が上がる。


「このミニトマトというのは、まだ甘みが感じられますが……」

「……何とも微妙な、草の……」

「え。ドレッシング無し? タルト?」

『ふはは、まずは素材の味を知るのも大事であろうが』


 言い、王様に目配せして彼に指示を出させる。

 こいつ神獣の肩書を完全に使いこなしているな。


 指示されたメイドは、二種類の容器をそれぞれの前に配膳していく。


『一つはオリーブオイルを白ワインと塩胡椒で調味したもの。一つはすりおろしたリンゴにオリーブオイルと塩胡椒、酢を混ぜたものだ。サラダに掛けて食してみよ』


 タルトに言われ、改めてサラダを食す面々。


「……まぁ」

「私、リンゴの方が好きですわ」

「私も」

「僕はこっちの方が好きです」


 王女たちと幼い王子が言い合う。


「銀龍様が仰られた材料は、多少値が張るものもありますが比較的容易に入手可能なものばかりでしたな」

『レシピは広く周知してしまえ。この葉の種と、ミニトマトの苗は私が用意する。各家庭で育てさせ、国民にサラダを日常的に摂るよう促すがよい。私が与える種や苗は特別製だ。家の中、日当たりのよい場所に植木鉢を置いて植え、日に一度だけ水をやれば絶対に育つ』

「承知致しました」


 陛下とタルトの会話を聞きながら、俺もフィオーナと。


「ロクロラは海に面しているから塩の入手は出来るだろうが知識と手間が……フィオーナはやり方を知ってるか?」

「海水を沸騰させれば後に残るわよ、きっと」

「……それ、海に浸けたシャツを乾燥させて塩取るって言ってるのと変わんないよな?」

「えっ、なにそれ」


 知識不足がひどい。

 塩チートする予定があれば勉強もしただろうけど、さすがに、な。


「岩塩は見つかるかな」

「それならオーリアとの国境沿いなんか可能性はあるんじゃないかしら」


 あっちは山岳地帯で、鉱山なんかもあるしな。


「胡椒なんかの熱帯で育つスパイス関係の栽培は、気温を調整する魔道具の開発とビニールハウスならぬガラスハウスで何とかなるんじゃない?」

「最適な環境の条件って?」

「そんなの農業に詳しい人が試行錯誤したらいいのよ。私が育てたら一瞬だもの、流通させるつもりなら、そうさせたい人が努力すればいいわ」


 なるほど、正論ではある。

 俺達がいつまでも此処にいられるわけじゃないし、自分達で何とか出来るようヒントを出すくらいまでが適当なんだろうな。


 サラダの後はカボチャのスープ。

 スノウボアのハーブ焼き。

 蒸かしたじゃがいものバター添えと続き、デザートはアップルパイ。

 今回の食材はほとんどがフィオーナからの提供だが、キノッコで栽培したい・栽培出来る農作物や、既に生産可能なものばかりで、これが一般家庭でも食べられるようになると言われれば王族を唸らせるには充分過ぎたらしい。


『食生活が豊かになると人間は幸福度が高まるそうだ。国とは民。ロクロラの王よ、期待しているぞ?』

「はっ」



 昼食を終え、全員集まっての謁見までもう少しという頃。

 部屋の右側にあった応接セットで食後のお茶をもらっていたら、少し離れて座っていた第一王女が躊躇いがちに声を掛けて来た。


「あの……カイト様は、……その……恋人は、いらっしゃるのかしら」

「え?」

「えっ」


 聞き返した俺と、面白がって目を輝かせたフィオーナ。

 横でイザークが苦笑している。

 なんだ?


「……そういえばカイト様は昨日、家の方をご覧になられたとか」


 陛下から話題を振られ、そういえばあの豪邸のことも確認しなければならなかったのだと思い出す。


「見に行きました。現地で俺への褒賞だと聞きましたが、どういうことですか」

「火の魔石で得られたはずの正当な利益すら受け取っていないと聞いている。君達だから言うが、あの土地は事情があって扱いに困っていてね……使徒殿に住んでもらえると我々としては非常に助かるのだ」


 扱いに困るのはいきなり広がった土地だからだろうけど、そこに俺が住むからどうだと言うのか。

 理解に苦しんでいるのを察したらしいイザークが間に入って来る。


「父上、そのような言い方ではカイトを困らせるだけです」

「む……」

「カイト、父上は君にロクロラに居て欲しいんだよ」

「それ、は……ロクロラ担当の使徒だし、しばらくは居座るつもりだが?」


 そのために一人暮らしで改造OKの家が欲しかったわけだし。

 だが、そうじゃないらしい。


「しばらくじゃなく、ずっとって意味だよ」

「ずっと?」

「そう。本当に自覚がなさそうなので戸惑うだろうけれど、Sランクの冒険者が国にいるというだけで安心感が全然違う。なのにカイトは、ロクロラに遣わされた使徒だった。我々としてはよりよい環境を提供し、心地良く、末永くここに滞在してもらいたいと願ってしまうんだよ。それこそ王族と婚約させて身内にしてしまいたい、とか」

「は……」


 いや。

 え。

 あの豪邸か!!

 でもちょっと待て、タイミングおかしいよな? あの家の完成具合からして俺が使徒だって判明するよりずっと以前から建設が始まっていただろう? そういう意図を含むには早すぎるだろう??

 っていうか。


「誰とも婚約なんてする気はないぞ⁈」

「ははっ、そう言うと思ってたよ」


 イザークが笑う。

 他の面々の表情は、ちょっと確認する勇気がない!

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