第6話 王様と会いました

 王城へ呼ばれている当日。

 今日も空は真っ青で、吐息は真っ白に色付くけれど道行く人々の中にも身を縮こまらせている姿はない。

 みんなが上を見て、生き生きと活動しているのが雰囲気で伝わって来る。

 そんな中、宿屋の前に止まった馬車に俺は一人で乗り込んだ。タルトは昨日の昼過ぎくらいから外出中で、もう間もなく城の方で合流予定。何故なら馬車で迎えに行くのは難しい遠距離に、今回の旅の立役者が一人いるからね。


 揺れの少ない馬車で移動する時間はあっという間だった。

 10時半を少し過ぎたくらいに市街と貴族街を繋ぐ大きな橋を渡り、窓から初めての貴族街を眺める。

 もちろん『Crack of Dawn』では特殊クエストの関係で何度か来ているが、今回のように城に招かれた事は無いので、初のお城。

 旅ではデニスと名乗っていた第三王子のイザークには何度も市街で会っていたが、彼以外の王族に会うのも今回が初である。

 王家の紋――国旗にも描かれる雪の結晶と銀龍があしらわれた馬車を止めるものはなく、身分の差を見せつけるように建物がどんどん豪奢で煌びやかになっていくなぁと思っていたら、今度は左右でまったく雰囲気が異なって来た。

 右側は森なのか林なのか、とにかく自然にあふれた公園。

 左側は土煙が舞う広い競技場のようになっていて、武器を手にしたいくつもの二人組が向かい合って戦闘訓練の真っ最中。

 確かここ、右側が宰相を務める候爵家、左側が騎士団長を務める侯爵家の庭だ。ロクロラでは幾つかの重要ポストに就くと専用の屋敷に引っ越すことが義務で、職を辞したら自分の持ち家に戻るという習わしがある。

 当然、息子が跡を継げば住み続けられるので後継教育は厳しいし、他家も次代こそはと張り切るから優秀な人材が豊富なんだそうだ。

 少なくとも今代のロクロラの国王陛下は賢王だというのが公式情報だし、腐敗とかも……無いとは言えないまでも少ないんじゃないかなと予想している。


 ふと馬車が速度を落とし、止まった。

 窓から見てみると城がもう目の前で、御者が門前の騎士と会話しながら開門を待っていた。


「いよいよか……」


 ちょっとだけ緊張する。

 と、不意に降って来たタルトの声。


『いまどのあたりだ?』

「ちょうど城に着いたところだ」

『承知した、そこに降りる』

「へ? あ、待……っ」


 いきなり来たら皆がビビるだろうが!

 俺は慌てて御者に声を掛けるべく、設えられている小窓を開けた。


「龍が来る!」

「えっ、はい⁈」

「馬車を停めて馬を遠ざけろ!」

「はいぃっ!!」


 御者が慌て、馬が嘶く。

 俺は車を下りて空を仰ぐ。ものすごい高い位置……キノッコの民を怯えさせないよう、なるべく高い位置を移動して来るよう頼んだが、目を眇めて凝視する視界にあった小さな黒い影が、どんどん大きくなり、色も判別出来るようになる。

 今日みたいな、冬の晴れの日の空の色。

 きらきらした透明感のある一対の翼。


「っ、ど、どうどう!!」


 巨大過ぎる魔力に怯えた馬達が暴れ出す。細身の御者一人で抑えきれるものではなく、俺も慌てて手綱を掴んだ。


「大丈夫か」

「うわっ、わわっ」


 振り回されて答える余裕もなさそうなので、御者が持っていた綱も預かる事にした。

 その場に崩れるようにして座り込む御者。

 怪我は無い、な。

 そうこうしている内に二〇メートル以上の巨体が城の真ん前に飛来した。ばさりと翼をはためかせ、この異常事態に城から幾つもの慌ただしい足音が聞こえてくる。

 一方、タルトの背中から「手を貸してくれる?」と声を掛けて来たのは正しく妖艶な美魔女と呼ぶに相応しいフィオーナ(中身オッサン)。


「……もう少し配慮が欲しいんだが」

「あら、キノッコの市街では騒ぎにならないよう気を付けたつもりだけど」


 それは判るが、城の人たちがパニくってるのも気の毒だと気付いて欲しい。

 フィオーナが下りて、肩乗り似非フェレットのサイズに変化したタルトも「やり遂げた」という満足そうな顔だし、揃いも揃って……。


 振り返ると、何人もの騎士や、俺を出迎えるために待機してくれていたのだろう身分の高そうな人や、メイド達が、放心したように立ち尽くしていた。



 その後、なんとか持ち直してくれた出迎えの人――侍従長でエリオットと名乗った四〇代半ばくらいの男に案内されて、俺とタルト、フィオーナの三人は小広間に案内された。

 王族の世話係の長が俺達の案内って、そんな。

 メイドさんお一人で充分なんですが……。

 

「こちらです」


 侍従長は言うと、重厚な扉をノックする。


「使徒様がお越しです」


 あ、そういう感じなんだ? 嫌な予感がむくむくと膨れ上がっている間に中から返答があり、扉が開かれた先にはまさかの、……いや、悪い予感が当たったと言うべきか。

 その部屋には王族が勢揃いしていた。

 国王陛下、王妃、王太子、王太子妃、第二王子、第三王子イザーク、第一王女、第二王女、そしてまだ幼い第四王子。

 この国は一夫一妻だから全員が王妃様の子どもだ。


 総勢九名の王族が、広間に入った俺と、フィオーナに、驚くほど息の合った動きで膝をつく。

 そう。

 膝を付かれたんだよ、ロクロラの王様に!


「『採集師』『園芸師』の御高名はかねてよりお伺いしておりましたが、創世神の御使い様となられロクロラの地に御光臨賜りましたこと、恐悦至極に存じます」


 一瞬にして頭が真っ白になる。

 フィオーナも似たような感じだったと思う。

 平然としていたのはタルトだけだ。


『堅苦しい挨拶は不要だロクロラの王よ。この者達は使徒の自覚が薄いから畏まられると恐縮してしまうぞ。互いに謙譲し合っては話が進まぬ、対等のつもりで接せよ』

「銀龍様の仰せとあらば……それでよろしいか使徒殿」

「ぜひ」


 フィオーナはこくこくと激しく首を縦に振っていた。



 小広間と言われた其処は横に長い造りで、今日のために設置したのだろう応接用のソファなどが俺達の使った入り口側に。

 今日の昼食の準備が奥の方にされていた。

 フィオーナが使徒の称号を得たと知ってタルトに伝えた後、タルトもそれを確認し、それからはタルトが城と、俺と、フィオーナの間を行き来していたので事前の情報共有は済んでいたのだが、まさか王族との昼食会に招かれたのが俺とフィオーナだけだとは思わなかった。

 否、普通そうだから誰も教えてくれなかったのかもしれない。

 高ランクの冒険者とは言え、ヴィンや食堂一家は一般市民だもんな。

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