第26話 エピローグ的な何かともう一つの世界

 タルトの背の上で、リットはフランツに。

 親父さんはアーシャに支えられて座り、レティシャはタルトの許可を得て手元を撫でたり、もふったりと、楽しそうに過ごしている。弓を持たせたら百発百中なのに、ああいう姿を見ると日本の女の子と何も変わらない。

 で、俺はと言うと全員を覆える大きさの風の盾ウィンドシールドを展開しながら、殿下、ヴィンと少し真面目な話をしていた。


「ヴィンの出身は?」

「ウラルド帝国の南にあるトランティランって、割と大きな街だよ」

「あそこか」


 殿下の質問に淀みなく答えるヴィン。

 そこなら俺も『Crack of Dawn』で何度か訪れているし、寝袋の下に敷くマットの原材料になったサボランゼルの亜種、その大規模討伐イベントの時に冒険者の拠点となった街の一つだった。


「カイトは行ったことがあるのか」

「もしかしなくても俺と同じタイプ? 面白そうな依頼を受けては風の向くまま気の向くままって感じ?」

「俺の場合はこんな素材が欲しいから付き合ってくれって言われることが多い。その度にどこにでも行ったから、たぶんマトモな街より秘境や原生林なんかの方が詳ししいぞ」

「さすが『採集師』……」

「だから素材に関しては任せろと言えるが世界情勢はからっきしだ。お前の目から見てウラルド帝国はどうなんだ?」

「あそこは常に火種が燻ってるからなぁ」


 ヴィンはあっさりと言う。


「同じ大陸でも、帝都から離れていればまだマシだけどね。中央じゃまともな奴ほど早死にするって専らの噂だ」

「……戦争は起きるか?」

「さぁ。誰がトップに立ったとしても海を越えた他国にはあまり影響ないんじゃないかと思うけど」


 言い、二人がチラと俺を見る。

 タルトが話した「未曾有の危機」ってヤツだろう? 言いたい事は判るけど、ウラルド帝国が戦争を起こすかどうかはさておき、それが帝国っていう、国の意思だとすれば、俺がデバッグ可能な不具合とは違う気がする。

 それに、……実を言うとヴィンの存在が不安要素だったりする。

 最初に見た人物鑑定では特に気になる部分はなかったが、俺が判るのは名前、能力値、そして職業だ。お金を貰って暗殺を実行していれば『職業:暗殺者』と出るけど、どこどこで何をしていたといった人物情報までは見れない。

 ロクロラ以外の出身の名持ちNPCが、このタイミングで此処にいる理由は? 面白そうな依頼を受けていたらロクロラに辿り着いて、たまたま俺の出した依頼が面白そうだったから?

 体を張って皆を守ったのは事実だ、敵ではないだろう。

 でも――。


「……俺が何とか出来るのはロクロラだけだぞ」


 此処が担当なので。

 言外に匂わせただけだが、どうやら通じたらしい。二人とも何も言わずに視線を外してくれる。

 ただ、まぁ、言っておいた方が良いかなって思う事があるのは確かだ。


「俺以外の使徒の話でも良いなら聞くか?」

「! もちろんだ」


 殿下に促され、俺は言葉を選びながら話した。


「ロクロラの使徒候補が『採集師』の俺と『園芸師』のフィオーナだったのは必然だったと思う」


 生きる上で必要不可欠な「食」の部分と、ロクロラにおいては死活問題になる「火の魔石」、これを補えるのは俺達二人以外には有り得ない。


「ただ、他に確実な使徒候補が『薬師』と『鍛冶師』で、……たぶんそうだろうなって思っているのが『甲冑師』『革細工師』『彫金師』『裁縫師』なんだ」

「ひょえー。全員が有名なSランク冒険者じゃないか」

「ヴィン、そうじゃない」

「え?」

「『薬師』『鍛冶師』『甲冑師』『革細工師』……彼らの作成するポーションや装備品は、それ1つが万の敵を殺し、万の味方を守る性能を誇る」


 険しい表情になってしまった殿下と、いまいち判っていなさそうなヴィンの言い合いを、俺は黙って聞いていた。

 つまり、もし戦争になったら多くの関係者があいつらの作った武器や防具を欲しがるってことで、彼らの存在も有名である以上、いまこの瞬間にも彼らが狙われている可能性は決して低くないんだ。


『採集師』と『園芸師』は極寒の夜の国で人を救うために動いた。

 零れ落ちた命は少なくなかったが、希望は消さずに済んだと信じている。

 他のメンバーも、きっと全員が「救う」道を選ぶだろう。

 だけど、関わることになるこの世界の全てが善であるとは限らないし、善悪の境界線が俺ら日本人と同じかどうかなんてもっと判らない。

 ウラルド帝国で燻っているという火種に誰かが関わる事になったら?

 ……もしも彼らの内の誰かが助けを求めて来たら、俺は迷わずそこへ飛ぶと思う。だけど、何が出来るか考え出したら、イヤな予感しかしなかった。


 圧倒的に情報が足りていない。

 タルトに頼れば、少しはその辺りも補えるだろうか。


「……ロクロラの北門が見えて来たが、タルトでこのまま門を越えるのは不味いよな?」


 遠くに王都キノッコの囲郭を視認し、殿下に確認する。

 親父さんとリットの体調を考えれば家の近くまで飛んで行きたいが、そのせいで一時的にせよ王都で暮らす人々に龍の来襲なんて不安や恐怖を与えたくない。

 殿下も同じ考えだろう。


「北門の前で降りよう。フランツを伝令に向かわせればジャックとリットを運ぶ人手も集められる」

「了解。タルト、門の前で降りてくれ」

『承知した』


 それから徐々に高度を下げていき、指定通り門の外に着地したタルトから、フランツが最初に飛び降りて門へ走る。

 明らかに警戒態勢だった門兵達だが、情報はすぐに回るだろう。

 次いで俺が降りて、親父さんとリットが降りるのを手伝った。


「妙な気分だ。北の果てにいた時と違って、体に力が戻ってくるのが自分で判る」

『当然であろう。貴様らの魔力はこの地に根差しているのだから』

「こういうことなのか……」


 親父さんもリットも目から鱗って感じに呆然と呟く。

 俺には解らない感覚だけど、その土地に根差しているって言うのは、いいな。

 そんなふうに思いながら殿下、ヴィン、アーシャを降ろし、最後にレティシャの手を取った直後。


「!」


 ぐらりとタルトの巨体が揺れてレティシャが放り出される。


「っ」


 手を繋いでいた事もあって慌てて引き寄せたら、当然のごとく彼女は俺の腕の中に落ちて来た。

 華奢で可愛い女の子が、腕の中。

 くっ、意識するな俺!



『おぉ、すまんな主。縮むのが早過ぎたか? 怪我は無いようで何より』


 クククッと笑うタルトは、サイズが二〇分の一くらいまで縮み、なるほど肩に乗るには良いサイズだろう。

 見た目は青銀色の有翼フェレット。ただし垂れている耳は大きく、もふもふ。

 やばい、見た目に騙されて絆されそうだ。


「タルト、おまえ……危ないだろうが!」

『以後気を付けよう。だが役得であろう?』

「何言って……」

「か、カイト」

「え?」


 振り返ったら有り得ない至近距離にレティシャの顔。

 あ、と現状を認識した瞬間に顔が赤くなったのが自分でもよく判った。


「悪い、いま下ろす……」

「うん……」


 やばい。

 なんだこの空気。ニヤニヤするのやめろ似非フェレット!


「あはは、二人お似合いじゃない?」

「確かに」

「ふざけんなっ、娘はまだ嫁になんぞやらん!」


 ヴィン、殿下、親父さんも要らぬ心配!


「おまえが悪い奴じゃないのは判ったが娘はまだやれんぞ! いいなっ⁈」

「そういうつもりはないんだが……」

「うちの娘じゃダメだってのか!」

「そうは言ってない、まだ14の娘に結婚云々は早過ぎるだろって」

「「「は?」」」

「……え?」


 あれ、いま複数の声が……。

 んん?


「……早いだろ、14て」

「レティは来月15よ」


 アーシャは何故かイイ笑顔で言う。そういえば気付いたら彼女の態度は軟化してたな?

 いや、そうじゃない。


「15でも早いだろ」

「何言ってんのカイト。大体の子が15で嫁ぐよ」

「えっ」


 ヴィンに笑われて、なんで? ってなったけど、ここは現代日本じゃない。中近世の世界観に似た異世界。

 結婚の年齢が十代で当たり前なら、認識が誤っているのは俺で。


「貴っ様……その気もないのに俺の娘を誑かしたのか!」

「待っ……誑かしたつもりはないけど、えっ、俺なにかやらかしたのか⁈」


 こっちの文化的にアウトな言動をしたのかと、焦ってレティシャを見やれば、彼女は少しだけ怒ったような顔で言う。


「カイトは何もしてないわ。お父さんが考え過ぎなのよ」

「だがおまえ……っ」

「はいはい、もう帰るわよ!」


 言いながら親父さんの背中を押して離れていくレティシャの、怒っているようで、目元が薄らと赤くなった表情が可愛いなと思ったわけです、が。


「カイトって鈍感だね?」


 ヴィンが言う。


「うちはいつでも大歓迎よ」


 アーシャが弾んだ声音で言いながら背中を叩いて来た。アーシャと親父さんの横に並ぶ足取りはものすごく軽い。


「まあ、いくら実力に問題がなくたって、それなりの理由もなく超難の依頼に参加はしないだろうね。ご両親も止めるんじゃなく同伴だし」


 殿下が言う。

 え。

 それは銀龍攻略のキーパーソンだったからじゃ……。


「いま初めてカイトが年下に見えたな」

「いやー、なんかホッとするわ」


 護衛騎士たちが笑う。

 なんだよ。


『情けない主だ』


 タルトがニヤニヤしながら言う。

 何だよ一体!

 別に俺は……くっそ、顔が熱いな!



 ***



 兄貴が昏睡状態で入院して、そろそろ一月が経とうとしている。

 点滴だけでなんとか生きている兄貴は、けど病院の医師せんせいたちが声を揃えて「異常だ」って言うくらいには見た目も含めて健康状態を維持していた。

 最近は日本各地で似た症例の患者が見つかったって、原因の究明を急いでいる状況だ。


 そんな中でも俺は『Crack of Down』を続けていた。

 理由は一つ。

 そこに兄貴がいるからだ。


 十一月の中旬から始まった過去最大規模の大型アップデートと、同時に始まった大規模イベント。その告知動画に兄貴の姿を見掛けた俺は、追いかけるようにロクロラに移動して、NPCになったカイトに幾度となく接触を試みたけど、成果は芳しくない。

 話し掛けても反応は他のNPCと同様の定型文だし、同じ内容ばかりだ。


 それでも懲りずにロクロラでプレイを続け、イベント中は銀龍の襲撃に備え、果ての地に暮らす人々からの防衛依頼や、王都に逃げたい町村の住人達の移動中の護衛依頼をこなしていった。

 そうこうして、十二月。

 いよいよ兄貴が陣頭指揮を執り、銀龍との接触が実行された。

 人間に強い怨みを持っている銀龍との激しい戦闘が繰り広げられる中、麓の町で冒険者達の無事を祈って舞う少女の魔力に気付いた銀龍は、過去に愛した少女によく似た面差しの彼女がロクロラを愛していると知り、涙する。

 零れ落ちた涙はロクロラの大地に染み渡り、放たれた咆哮は空を覆っていた厚い雪雲を散らす。

 呪いは解かれ、春には雪が融け、ロクロラは新しい時代を迎えるだろう――そんなハッピーエンドだった。

 イベントに参戦したプレイヤー達は王都キノッコに凱旋した。

 その際、兄貴の肩にはフェレットみたいな姿に縮んだ銀龍の姿があった。


 これを皮切りに、一定の条件を満たした場合に限りモンスターをテイムできる従魔システムが解禁になり、プレイヤー達は盛り上がった。


 だけど、俺は……。



 今日も懲りずにロクロラのNPCとして冒険者ギルドに佇む兄貴に声をかける。

 そろそろ諦めるべきかと思い始めていた、その日。

 初めて会話の内容が変わった。


 兄貴は言う。


『テンマ。俺は元気にやってるよ。心配要らない。半年もしたら戻るから、それまで父さんと母さんのこと、頼むな』――。

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