閑話 side エイドリアン

 俺の名はエイドリアン・マクレガー。

 元は平民だが、冒険者としてAランクまで到達した武力を買われ、冒険者ギルドのギルドマスターを引き受けた際、平民のままでは対処が難しい相手もいるだろうという国の上層部の計らいで形だけ当代限りの騎士爵を賜った。

 冒険者ギルドは国から独立した民間組織だが、有事の際には協力し合う必要もある……ということだな。

 以降、多少のトラブルには見舞われつつも順風満帆な人生を送っていると思っている。

 否、思っていたというべきか。


 ここ最近は、その順風満帆だった日々の事が思い出せなくなって来た。

 そんな暇が無いとも言えるんだが、今まで何の問題もなく生活出来ていたのが嘘だったように、ロクロラが抱えている問題が次々と明るみに出ては国の存亡に関わる事態だと突き付けられた。


 それでも、なんとかこうして生きて、振り返れるのは、問題が起き始めたちょうどその頃に世界でもたった十二人しかいないSランク冒険者の一人『採集師』のカイトがロクロラに現れたからだ。

 一年前、俺を脅す目的で麻薬密売組織に誘拐された妹を救い出してくれた一件で馴染みになったあいつは、今回もふらりと現れていきなり三千個近い良質の火の魔石をタダ同然で渡して来た。

 受け取らなかったらコレを街中にばら撒く?

 それが嫌ならギルドが仲介し、庶民には無料、貴族から金を取れ?

 代わりに自分には改造していい一人暮らし用の家を寄越せ、そんなもんが交換条件だなんて、ふざけてんのかオイ!


 信じられんと頭を抱えた俺の様子から何を感じ取ったのか、条件を追加すると言って来た。

 お、やっと常識的な話が出来るかと期待したら、ロクロラ滞在中に何回かで良いから一緒に飯を食えと言い、ダンジョンやモンスター狩りにも付き合えと言い掛けて、俺の立場なんかを気にする

 呆れて物も言えない。


 それのどこがおまえの功績に値する対価なんだアホ!!





 問題は更に続き、モブなんとかって名前の数百人が仕事が無いって騒ぎだした。

 全員その名前は本名か?

 嘘だろう。

 一体なんだってんだ。

 ギルドに仕事を斡旋して欲しいなら登録しろと言ったはいいが、数百人の新人が入ったところでまともな依頼を受けられる冒険者なんて限られる。

 結局は無職同然、稼ぎはなく、彼らを待っているのは……。


 そんな心境でいたところに、またカイトが現れた。

 多忙過ぎて強引なことになってしまったが、押し付けた試験官業務を思った以上に巧くやってくれただけでなく、職員や俺に食ったことのない食事まで差し入れ、挙句、これをロクロラで作って食べてみたくないかと言い出した。

 銀龍に会いに行って四季を取り戻すなんて話には頭が沸いているかと思ったけどな!

 ほんと、信じられん奴だ。



 そこからはもう、怒涛の日々だ。

 カイトは考えてもみなかった方法でキノッコの各種ギルドを纏め、冒険者ギルドに登録した数百人の新人を各ギルドに割り振った。

 それも本人の希望を汲むばかりか、事前に講習を行う事でギルド側のメンバーにも適正や可否の判断が出来るように配慮した。

 しかもキノッコの外からも、衣食住を求め、困窮した民が押し寄せた。

 第三皇子殿下ににっこりと微笑まれたり、食堂の娘に詰め寄られ、熊親父にガン飛ばされたりと余計な心労も重なったが、それを差し引いたって問題に対処出来たのはカイトのおかげで、もうどれだけ感謝しても足りない。





 そして、今日。

 執務室で書類仕事をしていると室内がだんだん明るくなって来た。何事かと窓の外を見ると、誰もが口を開けたまま空を見上げている。

 それに倣って自分も空を見上げ、そして、絶句した。

 最初は北から吹く強風にと思った。それだけでも異常な光景だろう。

 しかしよく見ればあんなにも厚く空を覆っていた灰色の雲が薄くなっていて。

 世界は明るくなっていて。

 いつしか視界は真っ青に塗り替えられた。

 どこまでも続く広い空と、温もりを感じる太陽の日差し。

 温かい、なんて。

 そんな感覚はいつ以来だろう。

 少なくともロクロラでそんなふうに思ったことは一度もない。


「ほんと……信じられんことをしやがる……」


 この国に青空が広がった。

 太陽の光りが降り注いだ。

 そんな、奇跡。

 同行は出来なかったが判った。

 この国はアイツに救われたんだ。





 しばらくして北側上空から巨大なモンスターが接近中との一報が入り、冒険者ギルドは急いで人を集め北門に向かったが、想像以上に時間が掛かった。


「北門ってこんなに遠かったか⁉」

「実際こうなんだから広かったんでしょう!」


 絶対に違うと思うが、確かに現状こうなのだから、こうだったんだろう。最近は本当によく判らんことが多い。

 そんなふうに考えていたら冒険者達から驚愕の声が上がる。


「ぁ、あれ!」

「まさか龍種……⁈」


 注視すると、確かに巨大な生き物が北門の外側に下降していくのが見えた。まるで今日の青空のように、光を纏った澄んだ青色。

 そういえば永雪山スノウマウンテンに龍に会いに行ったヤツがいるな。

 まさかとは思うが、……いや、そうだな。


 もうおまえが何をしでかしたって驚かねぇよ俺は!

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