第4話

 さっきの彼とのやりとりが、にわかに苦い思いとなってよみがえってきた。

 彼とつき合い出して初めの頃は、好き嫌いの多い彼の味覚を攻略するのが楽しかった。 彼も最初は面白がっていた。つきあい初めはお互いに歩み寄ってるから気にならないのだ、いろいろと。

 そういえばこんなこともあった。 彼はタケノコごはんにのってる山椒の葉を器用に箸でつまんでこちらによこす。香味野菜が苦手なのかと思いきやガーリック風味は大好き。和食の小鉢の菊の花を見て「食べるものじゃないだろ、花は見るものだろ」 と箸をつけない。花といえば、菜の花のおひたしも残していた。


「花とか、食べられないもん使うなよ、なんだよ、このねぎ坊主みたいなの」

「残念でした、チャイブの花は食べられるの。ズッキーニの花だってフリッターにしたら美味しいの」

「フリッター? 天ぷらだろ。岩塩ふったら、まあまあ食べられるな」


 カフェ巡りではあやしげな路地裏にまで冒険するのに食には意外に保守的な彼とのそんなやりとりも楽しかったけれど、いつしかそれがエスカレートしていつのまにか私は彼の味覚を支配しようとしていたのかもしれない。

 それでは敬遠したくもなる。

 と、思いを巡らす私の目に飛び込んできたのは、一風変わったネーミングのスモーブロー。


 ――獣医の夜食――


 ビーフハムに、レバーパテ に、コンソメのジュレ。ちょっと猟奇なジョークのようだ。申しわけ程度に飾られた輪切りのレッドオニオンとスプラウトは、肉の存在感を演出している。


 「肉、だね」


 そうつぶやくとショーケースのディスプレイを記憶して席にもどった。席にもどると彼のグラスが空になっていた。


「ピーマン、飲めるようになった」


 あっさりとした口ぶりで言うと、彼は、二人分のグラスを持って立ち上がった。


「おかわりは、ピーマンじゃない方でいいよな」


 パプリカだけど……と言いかけてこらえた。


「あのね、獣医の夜食っていうのがあるんだけど」

「獣医の夜食……それ、食えるの」

「燻製器を買ったから、うちでスモークレバーを作ってパテを作れば、木くずの香りが良い風味になって臭みを消してくれると思う。ビーフハムはあまり市販されていないからパストラミビーフを代用して、コンソメのジュレはビーフコンソメから作ることにして。肉+肉+肉のスモーブロー。どう、食べてみたい?」


 いつもの一方的な私の説明に、彼は呆れたような顔で立っている。

 我に返って私は慌てて両手を口に当てた。


 ――ああ、また、はりきりすぎてしまった。めんどいって思われちゃった――


 落ち込みしょげかえりそうになった時だった。


「じゃあ、肉よろしく。楽しみにしてる」


 彼は笑うと、両手に持ったグラスをカチンと合わせて、笑ってみせた。

 それからさっと歩み去った。

 そうだった。

 こじれかけた時は、いつだって、彼から歩み寄ってくれたのだった。


 ――信頼できる人手は、案外そばにいるのかも――


 私はまぶたに刻み込んだ彼の笑顔にうなずいた。









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図書館カフェでスモーブローを君といっしょに食べたかった 美木間 @mikoma

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