第31話 兄妹でキスの天ぷら?


「あ、お兄ちゃん買い物付き合って」


 妹は、会長って、副会長に依存してんじゃね? という謎の言葉を言うだけ言うと、後は興味なしとばかりに買い物に誘っくる。


 本当にこの切り替えの早さは凄いなとつくづく思う。


「買い物ってどこへ?」


「えっとねえ、今日お母さんご飯作れないって言ってたから、私が晩御飯作るんだ! お兄ちゃん何が食べたい?」


「うーーん」

 まず妹が何を作れるのか分からないんだけど? 俺がそう思っていたのを察したのか? 妹は自らニューを言い始めた。


「何がいい? ハンバーグ? カレー? オムライス? それとも、わ、た、し?」


 栞がお決まりのネタをぶちこんで来たので、普通に返したらどうなるのかと、俺は凄く興味がありついついやってみたくなってしまう。


「じゃあ、栞でよろ」


 俺がそう言うと栞は動じる事なく俺の前で立ち止まりくるりと振り返る。

 そしてそのまま手を後ろに組み、目を瞑り、背伸びをして俺の顔の前に自分の顔を近付けると……「はい、め、し、あ、が、れ」とそう言った。


 その艶のある小さな唇から漏れでるその言葉におれは……思わず……



「はい、すみませんでした、ハンバーグで!!!」そう素直に謝った。


「えーーーーー」

「えーーーーじゃねえよ、こんなところで、そんな事して、誰かに見られたら……どうする……」

そう言った直後、何か鋭い気配を感じそっちの方向を見ると……そこには凄く見覚えのある頭……銀髪の美少女がって……美智瑠!


 銀髪美少女の『渡ヶ瀬 美智瑠』が俺たちの側で茫然と立っていた。


「み、み、美智瑠、これは、これはその」

俺があたふたしながら言い訳をしようとすると、フリーズしていた美智瑠は鞄をポロリと落とすと同じに再起動した。


しかし、再起動したのは良いが……。


「き、き、き、きみたち、ききき君たちは、そういう関係だったのか! えっとえーーっと兄妹、兄妹だよな、僕は、そういうのはどうかと、あ、いや、それは、君たちの心次第ってのは、わかるぞ、でも、親友としてだな」


 まるで壊れたロボットのようにそう言い始める。


「落ち着け、落ち着け、美智瑠、ちがうそうじゃない! 俺たちはそういう仲じゃない!」


 慌てて美智瑠に今の経緯を話そうとしたが、美智瑠は壊れっぱなしで治らない。

「き、き、キス、兄妹、キス、天ぷら、兄妹の天ぷら」


「いや兄妹の天ぷらは無いからオーイ」


 俺は助けを求めるべく妹を見るが妹は、あっちゃーーーみたいな顔をしてソッポ向いていた。


「栞、お前も何か言ってくれよ、冗談だったってー」


 すると、小さな声で「えーーー、冗談じゃないんだけどなーー」と俺に向かって膨れっ面でそう言う。


「い、い、か、ら、なんとかしてくれ」


「はーーーい、美智瑠ちゃーーん」

「おーーい美智瑠? おーーい」

 壊れたロボット……いや、美智瑠に向かって二人で呼び掛ける。


「きすきすきすきす、スキ? すき?」

 

あ、駄目だこりゃ、俺は思わず【ctrl】+【alt】+【del】キーを探すも美智瑠に付いている筈もないので仕方なくそのまますぐそこの公園まで連れていく事にした。

 妹は美智瑠が落とした鞄を持ち、いそいそと後ろから付いてくる。


 そして自販機で冷たいお茶を買うと美智瑠に飲ませる。


 美智瑠は走り終えた犬のようにグビグビとお茶を飲み干すと、はーーーっと息を吐いた。

 ようやく落ち着いたのか? 美智瑠は俺達に向かってこう言った


「君達は、キスだったのかーーー?!」


 駄目だ、まだ全然治ってない……。


 その後何度も説明し、美智瑠はなんとか落ち着いて来たので、事の顛末を話す。


「そうか、冗談を冗談で返した訳だな、はははは相変わらず君たちは仲がいいな」

 乾いた笑いだが、笑顔になった美智瑠、そう言ってようやく納得したようだ。

 妹は不満な顔をしているけど……。



 美智瑠はさっき迄の事は無かった事の様に話を変えてきた。


「そう言えば栞君、昔、自分の事を言わないでいてくれてありがとう、一度お礼を言わなければいけなかったって思ってたんだ」

 美智瑠はそう言って妹に頭を下げる。


「ううん、私こそ、美智瑠さんがいなくなった時に、お兄ちゃんに言えば良かったの、そうしたらお兄ちゃんも美智瑠さんも困らなかった」


「え? どういう事」


「ごめんね、お兄ちゃん……私美智瑠さんの事知ってた、お兄ちゃんが探していた事も……」


「えええ?」


 妹は少し考え、俺と美智瑠に向かって当時の自分の気持ちを語り始めた。


「私ね、美智瑠さんに焼きもち焼いてたの」


「僕に?」


「うん、お兄ちゃんと一緒にボール蹴って、お兄ちゃんも美智瑠さんも凄く楽しそうで、羨ましかった」


「私ね、美智瑠さんの事、大嫌いだった、だから本当は全部ばらして、お兄ちゃんに美智瑠さんは本当は女の子だって教えて……困らせようと思ったの、でも出来なかった……」

 妹はその理由を言わなかった、そして美智瑠も聞かなかった。


「だから、お礼なんていらない……」

 悪いのは自分、それとも美智瑠、それとも俺か……


「そうか、分かったよ、もう言わないよ」


 そう言うと美智瑠はその美しい顔を、さらに美しく見えるような満面な笑みで妹に聞く。


「今でも僕は嫌われているのかな?」


 妹は首を傾けたまま美智瑠を見て正直に言う。

「うーーーん、ちょっと嫌い?」


「ははは、ちょっとか」


「うん、凄く綺麗になったから、ちょっと嫌い」


「じゃあ、僕も君の事が、君よりもちょっと嫌いだな、凄く可愛いし、素敵なお兄さんがいるしね」


「うん」

 そう言うとお互い見つめあって、二人で笑いあう。


 なんか青春って感じでいいんだけど、二人とも俺の存在忘れてない? 


「そう言えば美智瑠、ここで何してたんだ?」


「え! あ、そ、えっと、ちょっと昔を思い出して、この辺を歩いて、見てただけだよ、あ、といっても、決して君との懐かしい思い出に浸りたかったわけじゃないんだからな、勘違いするなよ」


「いや、そんなテンプレツンデレな事しなくてもいいんだけど」


「そそ、それより君たちも遅いじゃないか、今頃帰りとは何をやってたんだい」

 あからさまにそう言って誤魔化す美智瑠。


「あー、俺達は今、生徒会でちょっと手伝いを頼まれてるんだよ」


「生徒会……?」

 その言葉を聞いた美智瑠の表情が突如怪訝な顔に変わった。


「どうしたんだ?」


「あー、いやちょっと……ね」


「えっと何かあったのか生徒会で」


「うーーん、まあ昔の話なんだけど、家の近所に物凄い豪邸があってさ、僕はその家の近くでよくボールを蹴っていたんだ。ある日そのボールがその家の庭に入ってしまってね、ちょうどそこに同じ歳くらいの女の子がいたんだ、僕はその子に、すみませんボール取って下さいって言ったんだよ。

 そうしたらその子持っていたハサミで、いきなり僕のボールを……ブスッと」


 美智瑠は何かに向かって振り下ろす仕草をしながらそう説明する。


「うわ」

 その仕草が生々しく俺は思わずそう声に出してしまう。


「パパに買って貰った大切なボールだったから、僕は怒鳴ったんだ……そうしたら、その子はニヤッて笑って、怒鳴る僕を無視して家に入って行ったよ」


「その後、家の人、今思うと執事の人なのかな、その人がお金をくれたんだけど、突き返した、あの時は悔しかったなー」


「へーー、で、それが生徒会と、どう関係があるんだ?」


 美智瑠は一瞬迷った素振りを見せたが、そのまま話しを続けた。


「えっとね、あの時の女の子、あれ……副会長なんだよなー」


「は? ほ、本当に?」


「うん、その家の表札が確か市川だったし、入学式の時に見たけど間違いないよ、僕は悔しかったからね、今でもはっきりと印象に残ってるよ。まあ向こうは覚えてなかったみたいだけど……くっそ……でもさ、態度には面影なかったな、常に笑顔だし、清楚で優しい感じがしたけどね、まあ子供の頃だし、何かイライラしていたのかも知れないだけだったのかも」

 美智瑠はそう言うと公園に落ちている石ころを軽く蹴った。


「まあ、僕も、道端でボール蹴ってたのが悪かったしね、それでボールを蹴れる場所を探していたんだよ。まあそのおかげで君とも会えたんだから一応それが彼女のおかげと思えば気も来も楽になる」


「そ、そか」


「うん……あ、えっと……じゃあ暗くなる前に帰るよ、一応僕は女の子だからな」


 そう言って話を終わらせ、美智瑠は手を振り笑顔で公園から出て行った。


 美智瑠の背中が見えなくなるまで見つめた後に、妹に今の美智瑠の話を聞いてみた。


「栞……どう思う」


 妹は見えなくなった美智瑠の歩いて行った方をじっと見つめながら答えた。



「美智瑠ちゃんって……絶対にお兄ちゃんの事好きだね」


「いや、そうじゃなくて」


「ふん、よかったねお兄ちゃん、ほら買い物いくよ!」


そう言って歩いていく妹の後をついて行きながら思った。


 妹に会長に先生に副会長……あーーなんか、この先、めんどくさくなってきたぞ。






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