第21話 アガペーの優しさ


「うううううう!」

 美知留ちゃんと手を握っているお兄ちゃんを目の当たりにして、私はその場で立ち上がり、「お兄ちゃんはわたしのもの!」 って叫びたくなる気持ちを堪えた。


 さっきは相談室で先生との会話を立ち聞きし、そして今は美知留ちゃんとの話を盗み聞きしている。


 悪い? だって、私は彼女だもん!

 それ以前に妹だもん、家族の心配をするのは当たり前だもん!


 ……もう、何度も何度もこうやって自問自答してきた。

 私はずっとこうやってお兄ちゃんを見続けてきた。


 なんとかお兄ちゃんを嫌いになろうって、ずっとずっとこうやって。

 でも、できなかった……お兄ちゃんを監視すればするほどどんどん好きになっていった。


 小さな頃からお兄ちゃんは私に優しかった。

 私はずっと、それが当たり前だと思っていた。


 でも、友達が一杯出来て、皆の相談を聞くにつれ、それが当たり前では無いと知った。

 あんなに優しい兄は他にいない。ううん、あんなに優しい男の人はいないって私は気が付いた。


 でもそれはまだ自分の交遊関係が狭かったせい。

 成長し色々な人と出会う様になると、お兄ちゃんの様に優しい人もチラチラと現れる様になった。

 

 でも、その全員がエロスの優しさだった。男の人は大抵そうだ。

 下心の優しさと言うのだろうか? まあ女子も男子も優しさの裏には多かれ少なかれ下心が見え隠れする。

 

 でもそれが本能って奴なのだろう。


 でも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんだけは違った。

 お兄ちゃんを今までずっと見てきた思ったのだ。お兄ちゃんの優しさは他と違うって事に私は気が付いた。

 

 お兄ちゃんの優しさはアガペー、無償の優しさなのだ。


 エロス(性愛)、ストルゲ(家族愛)、フィリア(隣人愛)、そしてアガペー(無償の愛)


 妹の私に対してはストルゲ、家族愛になるのかも知れない。だからアガペー無償の愛に似た感情になるのはわかる。でもお兄ちゃんの場合誰に対しても、特に女の子に対して、アガペーの優しさを発揮する。


 格好いいわけではない、優れた能力があるわけでもない、普通のごく普通の男の子。

 そしてそれは多分子供にはわからない。

 お兄ちゃんに魅力は、無償の愛という意味は幼い時にはわからない。

 私だってずっとわからなかった……ううん、今でもわかっていない。


 だって……なんでこんなにもお兄ちゃんの事を好きになったか……自分ではわからない……気が付いたらいつの間にか好きになっていた。 愛する様になっていた。

 そしてこの気持ちは……アガペーでもストルゲでも、フィリアでも無い。

 私の気持ちは……お兄ちゃんの事を思うこの気持ちはエロスだって事に気が付いてしまった。

 

 そして……これから私みたいな人がどんどん増えていく事にも……気が付いてしまった。


「あああ、手なんか握って……ええええ、キスしようとしてる?」

 目の前でまたお兄ちゃんが一人たらしこんだ……これで三人……ううん、あの子も入れて四人か……。


 麻紗美ちゃんは中学の時……美智瑠ちゃんは今……ううん、既に最初に出会った小学生の頃からだろうか? ……先生も立場がなくなれば恐らく気付く……そしてあの最強のいとこも……。


「ああああ、もう四人目だあああ」

 恐れていた事が現実となる。

 そして私はそれを知っていた……だから告白した。


 でも、でもそれって……お兄ちゃん為になるのだろうか……お兄ちゃんは無理をしているんじゃないだろうか?


 私はお兄ちゃんの……無償の愛に、あの困っている人を見ると助けずにはいられない性格に……つけこんでいるのでは無いだろうか?


 





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