第19話 私の将来

 

 なんの特技も無い、目標も無い……。


 何も無い自分……そんな自分に進路を決めろと言われても……。


「はあぁ……」

 考えても考えても何も思い付かない……進路進路で心労になっちゃう……。


「とりあえず……今日の癒されに行こっと」

 今日も早く進路表を出すようにと担任に言われ、私は憔悴していた。

 こんな時は癒されに行こうと、私は現実逃避するべくいつもの公園に向かう。


 その公園には毎日一人で遊ぶ可愛い小学生がいる。


 ストーカーとかじゃ無いよ!? ロリコンでも無い、あ、こういう場合はショタコンって言うの? とにかくそんなんじゃない。


 私はただ公園のベンチに座りお気に入りの文庫を開き、読んでいる振りをしながら一人で遊ぶ可愛い男の子を眺めているだけ、別に手なんて出さないよ、ノータッチ、ノーショタだから。



 ……その可愛い男の子は今日も一人で遊んでいた。


 今日の彼の一人遊びはブランコに乗り靴を飛ばす事らしい。


 一人でも楽しそうに、靴を遠くに、さっきよりも今よりも遠くに。

 そしていつもの様に時折公園の入口を見つめる。さっきまでの笑顔が嘘の様に入口を見つめるその男の子の顔が寂しそうに、切なそうに変わる。


 そして2度首を振ると再びブランコにたち乗りして、靴を飛ばした。


 その姿に私の感情が揺さぶられる。楽しく切なく寂しく……。


 男の子の飛ばした靴が大きく弧を描く、木漏れ日に照らされキラキラと輝きながら、遠く遠くへ……私はその靴に、どこまでも遠くへ飛んで行く靴に見とれていた。

 でもその時大きな音が、振り向くとその男の子が地面に横たわっていた。


 一瞬何事かと思った。でもガシャガシャと音を鳴らし暴れているブランコを見て直ぐにわかった。


 ブランコから落ちたんだ。そして地面に身体を打ち付け倒れているのだってそう理解した。


 一瞬足がすくんだ、そして次に罪悪感が私を襲った。

 男の子を公園でずっと眺めているなんて誰かに知られたら、結構ヤバいんじゃ?

 でもそんな事を考えている場合では無い、私はベンチから立ち上がり彼に駆け寄った。


「ひ……」

 近寄ると男の子は空を見上げ涙を浮かべていた。身体を見ると、手や足から血が滴り落ちている。 


 大丈夫意識はある、でもどうしていいか私にはわからなかった。


 とりあえず声を掛けよう「だ、大丈夫?」ってそう訪ねると彼は目を細め私を眩しそうに見つめる。

 そしてその刹那「あああ、うわあああああああああああん」彼は突然大声で泣き始めた。


「だ、大丈夫、大丈夫だから」

 何を根拠にそう言っているのか自分でもわかっていない。

 泣き叫ぶ彼に何もしてあげられない自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 痛いのかな? 怖いのかな? そう思うだけ。


 その可愛い男の子、私を癒してくれた男の子に何もしてあげられない。


 何が将来だ。目の前の大切な物を守る事も出来ないのに数年先、数十年先の事なんて考える意味なんてあるのか?


 情けない自分に涙が溢れる。

 せめて少しでも安心して貰いたい。私は彼の小さな手を握った。

 そして「大丈夫大丈夫だから」って、そう彼に言い続ける。


 今考えると間抜けな話だ。直ぐに救急車を呼ぶべきだったと反省する。


 その後彼の泣き声に近所の人が集まり彼を知っていたおばさんが家まで連れて帰ってくれた。

 でも、それも後から考えれば止めるべきだった。

 もし頭を打っていたら、もし首や背中に大きな怪我を負っていれば動かしてはいけない。


 そんな事も言えなかった。


 何も、何も出来なかった、何もしてやれなかった。


 翌日、公園の前を通るも彼の姿は無かった。

 ひょっとしたら……なんて嫌な考えが頭を過る。

 胸が締め付けられる。涙が溢れる。


 私は……あの子を見殺しにした……そして彼は何も出来ない私を恨んでいるのでは?


 そう思っていた。


 だから一言謝りたい、もう一度会って謝りたいってそう思い毎日公園に通い続けた。

 そして3日後、あの男の子が私の前に現れた。


 彼は私に対峙し私を睨みつける。


「あ……」

 言葉が出なかった……安堵や恐怖、様々な感情がが入り交じる。

 私が立ち止まっていると彼は私の元に走り寄る。


 叩かれても蹴られても……何をされても仕方ない……私は覚悟を決めた。


 しかし彼は私の前に立ち止まると、キラキラと輝く純心な目で私を見つめながら言った。


「おねえちゃん、この間はありがとう……おねえちゃんが手を握ってくれたから、俺……安心できた、大丈夫って言ってくれたから大丈夫だった」


「え? あ、ううん」


「えっと、えっと……そ、それと……ううん、それだけ!」

 その男の子は真っ赤な顔でそれだけ言うと、私の前から走り去って行く。

 その時彼のポケットから一枚の封筒がポロリと落ちた。


「ま、待って何か落ちた」

 そう言うも彼の姿はもう無かった。

 私はそれを拾い見る。そこには『やさしいおねえさんへ』と書かれていた。


「私に?」

 私宛の手紙……だったら見ても良いよね?

 封筒を丁寧に開くと中には手紙が入っていた。


『やさしいおねえさんへ

 たすけてくれてありがとう、おねえさんが手をにぎってくれたから安心できました。

 おねえさんがまるで天使のようで、おれをおむかえに来たのかとかんちがいして泣いてごめんなさい。きれいでやさしいおねえさんが大好きになりました。

 おねえさんみたいにやさしくてきれいなおねえさんとけっこんしたいです。

 だからしょうらいおれとけっこんしてください、一生しあわせにします』


「将来結婚って……ませてるなあ……」

 私の事を好きだって言ってくれて、心がふわふわとした気分になる。

 憎まれて無かった事に安堵する。

 まるで好きな人に告白された様な気分になる。


 でも、私は直ぐに我に帰る。

 あんなに小さな子供でも一生懸命将来を考えているって思ったから。

 手紙は鉛筆で何度も何度も書き直した跡が残っていた。

 拙い文字、拙い文章……それでも私の事を思い何度も何度も書き直してくれたのだろう。

 私は彼に頭を思いっきり叩かれた、そんな気持ちになった。


 しっかりしないと、将来の事進路の事をちゃんと考えないとって、そう思わされた。


 手紙には彼の名前『長谷見 祐』と書かれていた。


「祐君……私頑張る」

 私は涙をこらえそう彼に誓った。



 ◈◈◈



 そして今目の前に彼がいる……天使の様に可愛いかったあの男の子が……こんなにも大きくなって……


「な、なのに祐君……すっかり私の事忘れてたああああ、うえええええええええん」


「いやいやいやいや、覚えてたから!」


「私の事お嫁さんにしてくれるって言ったのにいいいい」


「いやいや言ってないし、子供の話を鵜呑みにしないで!」


「だっでえ、だっでええ」


「わかったわかりました、ああ、もう何でもしますから」


「今何でもするって言った?!」


「ハイハイ、そういうの良いですから、それで先生はそれで先生を目指そうと?」


「……うん、そう、小学校の先生になろうって思ったの」


「……へ? ここは高校ですけど」


「あーー、当時の担任にそう言ったら子供が子供を教えるのは無理だって、失礼しちゃう!」


「あーー」


「中学も生徒から舐められるから高校にしとけって友達に言われてねえ」


「そうですか……」


「……でも大きくなったね」

 あれから私は彼のいる公園に行くことは無かった。勉強勉強でそれどころでは無かった。

 でも……本当に大きくなった……いつか会えるかもってそう思っていたけど、まさかこんな形で会えるとは、しかも担任になるなんて思ってもいなかった。


 入学名簿に彼の名前を見つけた時、目を疑った。

 同姓同名、そう思った。でも彼を見たとき直ぐにわかった。あの時と同じ目をしていたから。


「先生は全然変わってなくて……怖かった」


「怖いって、もう! 人が感動してるのに!」


「えーーーだって変わらないどころか若くなってるし……先生なんか怪しい呪いとかかけられて無い?」


「吸血鬼にも咬まれてないし蓬莱も飲んで無いわよ!」


「ぷ、あはははは、その見た目でそんなオタクな事言われると、あはははは」


「わ、わかった時点で貴方も同類でしょ?!」


「「あははははははは」」


 こうして大きくなった彼と笑い合える日が来るなんて夢にも思わなかった。


 人生って、先生って面白いって、私は今、正にそう感じていた。




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