第18話 天使の様なお姉さん

 

 あれは小学校の時、そう、ちょうど美智瑠がいなくなった直後の事だった。


 美智瑠の件以来、俺は一人で遊ぶようになっていた。

 思えば友達が少なくなったのもその頃からだった。


 少ないだけなんだからね!


 決して美智瑠のせいでなんて思ってはいない。そしてあいつらに謝るのは絶対に嫌だと、俺はあの日も一人公園で遊んでいた。


 まあ、イジイジといなくなった相棒がまた来るかもという期待を抱きながら……だけど。


 俺は一人でブランコに乗り、靴を遠くに飛ばすという単純な遊びをしていた。

 当然飛ばした後は片足で靴を取りに行く。


 別に友達なんていなくても……あいつも『みつる』がいなくても自己新記録を目指せば十分面白いと俺は思いっきり靴を飛ばした。

 靴は綺麗に弧を描き遥か彼方に飛んで行く、「やった最高新記録だ!」そう思った瞬間俺は勢い余ってブランコから放り出されてしまう。


 

 公園の木々の間から大きな雲がゆっくりと空を動いていた。


 そう俺は誰もいない公園で、一人仰向けに倒れていた。


 全身に痛みが走る。落ちたとき一回転したのだろう、膝と背中に強い痛みが走る。


「……あ、ヤバいかも」

 動かない身体、誰も助けてくれない現実に俺は死ぬんじゃないかと思い、どんどんと恐ろしさが込み上げてくる。


「ふ、ふえ、ふええええええ……」

 そしてさっき見ていた雲が木々に隠れ、日差しが俺を照らすと、それを俺はまるで天国に行く光と勘違いし、その場で泣き始めてしまった。


 怖い怖いよ……誰か、誰か助けて、父さん、母さん、栞、誰でも良いから……。

 そう思ったその時だった。


「大丈夫?!」

 その時俺を上から覗き込み一人の少女がそう言いながら声をかけてくる。

 覗き込む彼女の後ろから日の光が射す、それがまるでオーラの様な、そう今思うと後光の様に感じたのだ。

 

 俺と同じ小学生、いや違う彼女は制服姿だった。

 高校生の制服、でもどう見ても小学生のそのツインテールの少女は、勉強出来る人がかけている様な眼鏡をしていた。


 今考えると普通の女子なんだろうけど、俺はその時そんな彼女が天使に見えた。


 でもそれが逆に俺に恐怖を与える事になる。

 

「ふ、ふぎゃあああ、うえええええええええええん!」

 天からお迎えが来てしまった……俺はやっぱり死ぬんだ! ってそう思ってしまったのだ。


「だ、大丈夫? い、痛い? ど、どうしよう、痛いよね、えっと、ご、ごめんね何もしてあげられなくて」

 そう言って彼女は制服が汚れる事の気にせず俺の横に座り込むと、俺の手をそっと握りポロポロと涙を溢してくれた。


 そのお姉さんのお陰か? 俺の大きな泣き声で近所の人が集まって来る。


 その中で俺の事を知っていたオバサンが俺を背負って家まで送ってくれた。


 ちなみにたまたま家にいた母親は職業柄慌てることなく俺の怪我を確認し「これくらいで死にゃしないよ!」と俺のお尻をポンポンと2回叩く。

 俺はその母さんの言葉で怖さが薄れ、直後に泣き止んだ事をはっきりと覚えている。

 うちの母ちゃんは本当何事にも動じないというか、適当と言うか、昔から変わらなかった。


 それでも一応その後病院に行き治療をして貰った。


 捻挫に擦過傷、背中の打撲で俺は暫く家で安静する。

 そしてその時ずっと思っていた。あのお姉さんに謝らなければ、そしてお礼を言わなきゃって……。


 でも、ちゃんと言えるかな? ちゃんと自分の気持ちを、感謝の気持ちを伝えられるかな、 そう思った俺は、手紙を書く事にした。


 内容はもう覚えていない。でも、なんか勢い余って……ラブレターみたいな文になってしまった事だけは覚えている。


 そう、まるで書いたこと無い小説をなんかの拍子に書いてしまい、自分の妄想を垂れ流しにしてしまい、後から書き直したくなる様な文だった気がする。


 子供の時の文章、多分今見れば悶絶するような内容だろう。


 子供ながらに俺もそう思っていたらしく、怪我が治ってお姉さんに逢いに行き感謝は伝えたがその手紙は渡せなかった。


 最初に会った時は怪我の痛みと日差しのせいで顔がよく見えなかった。

 そしてお礼を伝える時も緊張であまりよく顔を見れなかった。


 しっかりと覚えているのはツインテールだけ……そう、目の前にあるこのツインテールの髪だけは今での俺の記憶に刻まれていた。


「あの時はありがとう……先生」

 俺がそう言うと先生は目に一杯涙を溜め、俺を見つめてニッコリと微笑んだ。


「大きくなったね」

 その顔を見て、その笑顔を見て、改めてあの時同様に俺は天使みたいだなって、そう思った。



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