第13話 しわくちゃの写真

「怖い?」


「ほら。よくあるじゃん。SNSで暴走したり、やたらと陽キャにかみついたりするのってだいたいアニメアイコンだし、その……なんていうか、自分で言うのもなんだけど私は……」


「なるほどな」


 諒太郎は不安げに目を泳がせる聖澤の感情を理解した。


「たしかに、聖澤みたいな陽キャからすれば、オタクってのは怖い存在だろうな。だって出会ったことが無いんだから。知らないものは怖いに決まってる」


 聖澤は小さく頷いた。


「でも、それを言ったら俺だってオタクだからな」


「それは! 泰道くんはその、違うっていうか」


「だったらそれと同じだろ。俺のことをお前が知ったから、お前は俺が怖くなくなった。それと同じだ。――ちなみに、お前はどうしてオタクが怖いって思うんだ?」


 聖澤は少し考えるようなそぶりを見せた後。


「それは……知らない人だから」


「だろ。つまりお前は、オタクが怖いんじゃなくて、知らない人が怖いだけなんだ。でもそれはみんな同じだ。俺だって初めて会う人は緊張するし怖い。それが自分のホームじゃなくて、知らない場所ならなおさらな。お前が今感じてる恐怖は、入学式の日に感じるものと同じなんだよ」


「…………たしかにそうかも」


「だろ? お前の抱いてる恐怖は、初めての場にいくことに対する恐怖だ。オタクに対してじゃない。そしてそれは誰しもが持って当たり前のものだから、心配する必要もない」


「そっか。そうだね」


 理解はしてくれたみたいだが、聖澤の表情は沈んだままだ。


「でも、怖いことに変わりはないよ」


「そこは大丈夫だ」


 諒太郎が断定してやると「どうして?」と聖澤が見上げてきた。


「なぜなら、入学式と今回のケースは明らかに違うからだ。入学式は本当に見ず知らずの人と会うことになるが、今回は初めて会うにもかかわらず、そこに集まる人たちには最高の共通点がある」


「あ……それって」


 どうやら気づいたようだな。


「そうだ。好きなものが同じだという共通点だ。それさえあれば、恐怖心より期待感の方が高いんだって気がつけるんじゃないか。自分の心に聞いてみろ」


「期待……」


 聖澤は目を閉じて、胸に手を押し当てる。五秒ほど経ってから、ぱっと目を見開いて、


「うん。私、いくよ」


 その表情にもう迷いは見受けられない。


「さすが聖澤だ。新しい場所に繰り出すのはかなりの勇気だけど、お前はそれを持ってるって知ってたよ」


 だってボッチだったこの俺に話しかけて、コスプレを見せるくらいだからな。


 そう続けると、聖澤は恥ずかしそうにくしゃりと笑った。


「ありがとう」


「別に感謝するようなことじゃないだろ」


「感謝することだよ。だって私が勇気を出せたのは、泰道くんが紹介してくれる人だから信じられるってのもあるんだから」


 そういうことの方をもっと恥ずかしがって言えよ、と思う。


 無理して取り繕った自分を見せなくても、こういうところを素直に見せても友達は増えるんじゃないかと、諒太郎は思わずにはいられなかった。


「あー、なんかすっごい楽しみになってきた。もう一回、大剣女子戦記読み直そうかなー」


 ちょっと貸してー、と聖澤が諒太郎の持っていたラノベを手からもぎ取る。とっさのことだったので諒太郎は拒むことができず、「あ……」と小さく声を漏らしただけだった。その声もどうやら聖澤には届いていないようで、聖澤はそのままパラパラとページをめくり始める。


「えっとねー、私が一番好きなシーンは……」


 聖澤がそう呟いた時、ページの隙間から諒太郎がしおりとして使っている写真が床に落ちた。


「あっ、ごめん」


 聖澤がそれをすぐに拾い上げる。


 またしても諒太郎は「……あ」としか言えなかった。


「ん? でも……写真?」


 聖澤が訝しげな顔を向けてくる。


「ねぇ、なんでこれ、こんなにしわくちゃなの?」


「それは……」


 諒太郎は必死で考えた。たしかに諒太郎がしおりとして使っている写真はしわくちゃだ。折り目や白い線がいくつも入っている。


「それに、諒太郎の隣にいる人って、誰?」


 やばい質問がひとつ加わった。


 諒太郎は動揺を悟られないよう、必死に平静を装った。


「そいつは、俺の昔の友達だよ」


「昔の……」


「ああ。そいつとは昔そういう関係で、なんつーか、まあもう遠くに引っ越したから会えなくはなったけど、って感じだ」


「へぇ」


 聖澤は写真の中の二人の男をまじまじと見つめている。


「あと、それがしわくちゃなのは一回リュックの底でぐちゃぐちゃにしたからだ。よくリュックの底から芸術的すぎる折り曲がり方したレシートとか出てくるだろ? そんでラノベに挟んで少しでもシワが伸びるようにしてるってわけ」


「そうだったんだ」


 その返事からでは、とっさの言いわけに聖澤が納得したのかは判断できなかった。


「でも、なんかこれ、あれだね」


「あれって?」


「この写真の中の二人、すっごい素敵な笑顔だなって思って。泰道くん、こんな顔できるんだ」


「……うるせぇ。もういいだろ」


 諒太郎は聖澤から写真とラノベを取り戻すと、それをリュックに押し込んだ。


「ってか、コスプレそれだけじゃないってお前言ってたよな?」


「え、うん。もっとあるけど」


「じゃあそれも見せてくれ」


「なーに? 私のコスプレ姿に見惚れちゃったの?」


「ちげーよ。せっかく作ったんなら、誰かに見せないともったいないだろ」


「泰道くんは私の初めてをいっぱい独占したいんだね」


「だからちげーって」


 聖澤は、「はいはい。じゃ、着替えてくるから待ってて」とリビングを出ていった。


 諒太郎は静かに目を閉じて、眉間を揉みほぐす。


 諒太郎が他のコスプレを見たいと頼んだのは、聖澤のコスプレ姿がもっと見たいからではなく、単にこうして一人になりたかっただけだ。


「……ウヨ」


 リュックから再度しわくちゃの写真を取り出して、笑顔のウヨと目を合わせる。


 写真の中にいるウヨは、いつだって泰道諒太郎に笑いかけてくれる。


 嬉しいというより、虚しい。


 笑顔というのは、他の表情が見られる環境でこそ、輝くものだから。


「くそっ!」


 諒太郎は、ウヨの隣で笑う過去の自分に向けて舌打ちした。

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