第11話 男子高校生の想像力

 聖澤が新たに用意してくれた麦茶も、もう飲み干してしまった。


 ちょっと待ってて。


 そう言い残して聖澤がリビングを出ていってから、かれこれ三十分ほど経過している。リュックから愛読書『大剣女子戦記』を取り出してみたが、他人の家に一人という状況なので落ち着いて読めるはずもない。


 まあ、別に読み返すのは三十七度目だから、内容はすべて頭に入っているのだけど。


「……ってか」


 もし今、万が一にも聖澤の両親が帰ってきたらどう説明すればいいんだ。


 不意にそんな考えが頭をよぎり、落ち着きがどんどん失われていく。……ああ、こういう時のラインなのか。


 諒太郎はすぐに《客人を何分待たせるんだよ》と聖澤にメッセージを送った。


 するとものの数秒で、《もう少しだから》と返信が来た。


「だから返事はえーよ」


 諒太郎はまた愛読書に視線を落としたが、ウサギのように体内を飛び跳ね回り続ける心臓はその動きを止めてくれない。


 結局、階段を下りる音が聞こえてきたのは、それから十分後のことだった。


「ごめん。メイクに意外と時間がかかって」


「なんだよその言いわ」


 本をぱたんと閉じてリビングに入ってきた聖澤を一瞥――その瞬間、目が釘づけになった。遅れて、ああ、今彼女に見惚れているんだという実感がわいてきた。


「ちょっと、そんなに見つめないでよ」


 もじもじと体をよじらせている聖澤は耳まで真っ赤だ。


「あ……悪い」


 我に返って、ようやく目を逸らした諒太郎は、


「でも、いきなりそんな格好で登場したら誰だって驚くからな」


 照れ隠しにそう毒づいた。だって聖澤の言葉を借りるなら、イケてるグループ、リア充の一員である彼女はそういうことをするキャラじゃないのだ。


「そんな……って、もしかして似合ってない? なんかおかしなところある? 結構再現度高いと思うんだけど」


「おかしなって……俺にはそういうコスプレの善し悪しはわからんぞ」


 諒太郎はもう一度顔を上げる。


 彼女は、先ほどの部屋着から着替えていた。


 というより、聖澤翼という存在自体から着替えていた。


「なぁ、もしかしてだけどさ、そのキャラって」


 聖澤は胸元の赤いリボンがアクセントの、白を基調としたセーラー服に身を包んでいた。背中には銀色の大剣を背負っている。戦闘をする格好なのに、膝上何センチだよってくらい短いスカートは、少し動くだけでその中が見えてしまいそうだ。そんなアニメやラノベ特有の許された違和感も見事に表現できているから、再現度は高いってことでいいのか。男のフェチ心をくすぐるニーハイソックスと絶対領域は、見えすぎていないことに対する扇情さ、想像力の偉大さを知らしめてくれる。


「大剣女子戦記の須藤蘭子か?」


 諒太郎は自分が持っているラノベの表紙と、聖澤の今の格好を見比べる。


 やはり、大剣女子戦記の中に出てくるキャラクターの須藤蘭子で間違いない。


「そうだよ。当たり。座布団十枚」


 聖澤の羞恥をごまかすような笑顔は、表紙の須藤蘭子とそっくりだ。まあ、よくよく考えてみれば聖澤と須藤蘭子の顔のつくりは似ている気がしなくもない。が、メイクと衣装でここまで変身できるのかってくらい、聖澤は須藤蘭子そのものになっていた。


「やっぱり手作りだから、おかしいかな」


 聖澤はスカートの裾を下に引っ張りながら上目遣いで聞いてくる。って、


「手作り? そのクオリティで?」


「やっぱり変だよね。結構時間かけて作ったんだけど、こことかうまく表現できなくて」


 背負っている大剣を前に持ってくる時、翻ったスカートの方に視線が動いてしまったのはバレていないようだ。


 下着が見えそうで見えない。


 そのじれったさのおかげで着用してないんじゃないかとすら思わせるから、やっぱ高校生男子の想像力は無敵だな。


「いや、むしろ逆だよ。市販のやつでもここまでのクオリティには達してないんじゃないか」


 諒太郎が正直に感想を述べると、聖澤は大剣をぎゅっと抱きしめた。


「ほ、本当?」


「市販のやつ見たことないから知らんけど。すごいと思う」


「そっか。よかったぁ」


 ようやく頬を緩ませて、安堵の表情を浮かべる聖澤。ものすごく可愛いが、待て待て。この状況はどういうことだ?


「ってかさ、なんでコスプレなんだよ」


 お願いがあると言っていたのにコスプレを見せられるって意味がわからない。


「なんでって言われると、えっとね。泰道くんがそれ読んでたから」


 聖澤の視線が、諒太郎の持っているラノベに向かう。


 大剣女子戦記。


 コスプレをするくらいだから、彼女も以前から知っていたのだろう。


「それ持ってたからって、理由になってないだろ」


「だって泰道くん。学校でいっつもそれ読んでるじゃん。だから好きなのかなぁーって」


「俺が好きだったら、なんでコスプレするんだよ」


「それはほら、あの時のお礼……みたいな」


「お礼って、このクマもらっただろ」


 諒太郎はちらりとリュックを見る。


「だから無理してここまですること」


「無理してないよ。私、実はコスプレが趣味なの」

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