第30話 交渉上手

 ギルドマスター立ち合いの元、提出した記録ログの精査が行なわれ、結果として僕たちの……もと、ウィルソン氏の申し出と懸念が緊急であることが認められた。

 すぐさまギルドからは緊急依頼が発令されることになり、待機中だった冒険者たちはそれを次々に受注していく。


「では、僕たちはこれで」

「いや、待ってもらおうか」


 そう立ち去ろうとした僕らを、ギルドマスターが引き留める。


「君達にも参加してほしいと思うのだが、どうか」

「僕らは第十二等級の冒険者です。〝大暴走スタンピード〟に関わるような緊急依頼には参加できません」


 これは、わがままでもなんでもなく、単純にルールの問題だ。

 緊急依頼の可能性が出ると、第九等級以上の冒険者には待機命令が出されることがあり、発令されればそれを受ける義務が生じてくる。

 これは、冒険者の基本的な掟であり、登録の際にも説明されることだ。


 ただそれ未満の等級に関しては、この義務の外だ。

 冒険者というのは、何も戦闘をする者達ばかりではない。

 日々、戦闘の危険を伴わない依頼もギルドには寄せられており、それを仕事とする者達もいるのだ。

それは町の清掃、荷運び、土木建築、ちょっとした薬草採取から手紙の配達まで多岐にわたる。


 それらの仕事を受けるためだけに冒険者登録をする人もおり、基本的にそれらの依頼では第九等級以上にはなれないようになっている……はずだ。


 つまるところ、僕たちは少し前に冒険者登録をしたばかりの新人であり、達成ありきの常設依頼である走蜥蜴ラプターの討伐を除けば、受けた依頼もたったの三つだけなのである。

 そんな僕らが〝大暴走スタンピード〟の緊急依頼に駆り出されるのは、いくらギルドマスターからの要請とはいえ、ルールに反するだろう。


「現場で一回〝大暴走スタンピード〟を止めたんだろ?」

「小規模なものを成り行きで足止めしただけです。それに、完全に食い止めたわけじゃありません」

「十分な成果だ。現時点を以て昇級をオレが認める」

「な──?」


 あまりに強引に過ぎる。

 唖然とする僕の隣で姉が目を鋭くした。


「いいわ。でも、第六等級以上じゃないと受けないわ」

「むぅ……!」


 今度は姉の言葉にギルドマスターがうなる。

 第六等級と言えば、等級的には中間地点だが、冒険者の全体数からすると上位30%に入る人材だ。いわゆる、『上級冒険者』と呼称されるのは第六等級以上を指すことが多い。

 当然受けられる依頼の種類も質も、そして報酬も跳ね上がる。


「それは……難しい」

「あたし達はパーティ単独で〝大暴走スタンピード〟を一度退けたのよ? それを評価して特例昇級するって言うなら、そのくらいの評価をしてもらわないとね」

「しかしだな、それでは周囲に示しがつかん」

「依頼達成回数一回の新人ニュービーを、特例昇級で〝大暴走スタンピード〟防衛に投げ込もうっていうのに?」


 姉の言葉に再びギルドマスターが黙り込む。

 実質的な話をすると、これはひどい無茶振りだ。

 特例であってもせいぜい二等級特進。それを六等級も一気に上げろと言われて首を縦に振る管理者はいない。


 早い話が、姉は無茶を突きつけて〝大暴走スタンピード〟の参加を断っているのだ。


「君はどう思うかね、ノエル君」

「僕は姉に従います」


 僕の言葉にギルドマスターが小さくため息を吐く。


「できるだけの戦力が欲しい。ノエル君の分析を聞くに、次の〝大暴走スタンピード〟の規模はもっと大きくなるのだろう?」

「その可能性はあります。あの大走竜ダイノラプターは短時間で大量の走蜥蜴ラプターを集めていました。姿が見えない現在いま、どこかで大群を形成しているかもしれません」


 あの日、立った一回の咆哮であれだけの数の走蜥蜴ラプターが集まった。

 ここ数日で同じことをしているとしたら……前回の何倍もの規模の飢えた走蜥蜴ラプターによる〝大暴走スタンピード〟が起きたっておかしくはない。


 つまり、これに参加するということはリスクを金に換える冒険者本来の仕事になるということだ。

 ただ、そこに来ると僕たちの目的と食い違ってくる。

 僕らの目的は元の時代に戻ることであって、冒険者としてここで生きていくことではない。


「君達の冒険者証を失効させることもできるんだがな……?」

「脅しのつもり? いいわよ、別に。じゃあ話は終わりね」

「え? お、おい……」


 笑顔で席を立つ姉に驚いた顔を見せるギルドマスター。


「交渉に脅しを持ち込むのはちょっと失敗だったわね、ギルドマスター」

「可能性の話をしただけだ!」

「その可能性は提示するべきじゃなかったわ。あなたの立場ならなおさら」


 姉が「いくわよ」とハンドサインを送るので、僕もソファから立ち上がる。


 冒険者という立場は失ってしまったが、いざとなれば身分証くらいは何とかなるだろう。

 例えば魔法道具アーティファクト販売ということで商業ギルド員になるとか。

 なんなら、行商人としての手形を手に入れるという手もある。


「──……わかった! 第六等級を承認する。これでいいだろう?」


 驚いた。

 まさか、四十年も前になるとこの辺りすらざるになるのか。

 いきなり六等級も上げるなんて、ひどい暴挙だ。


「あら、急にどうしたの?」

「正直に言おう。ここで実績が欲しい。領軍にも傭兵商会にもこれ以上大きなツラをさせたくない」

「……続けて?」

「だが、今のガデスには等級の高ぇ冒険者は多くないんだ。ぶっちゃけると戦力が足りない。〝大暴走スタンピード〟をギルド単独で止められるような中核戦力が必要なんだ!」


 ギルドマスターが睨むようにこちらをじっと見た。

 きっと、彼は自分が何を言っているか理解している。

 自分の首を飛ばしてでも未来を作っていこうという覚悟した人の目だ。


「ノエルはどう思う?」

「いいよ。でも、やるなら準備が必要だよ。僕は魔技師だからね」

「チサは?」

「わたくしはノエル様についてまいります」


 僕たちに頷いて、姉が凶暴に笑う。


「その話、乗ったわ。たんまり報酬を積んでもらうからね」

「金の話は〝大暴走スタンピード〟を止めてからにしてくれ。失敗すりゃここも滅びる」

「いいわ。あ、でも金貨じゃなくてもいいわよ?」

「ん?」


 姉がちらりとこちらを見たので頷いて応える。


迷宮核ダンジョンコア。報酬にそれを出してくれるなら──等級のこともいらないわ。ギルドマスターですもの、一つくらい手元にあるんでしょ?」


 姉の言葉にギルドマスターが「しくじった」という顔をした。

 そう、戦上手な姉は……交渉事も得意なのだ。

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