第29話 ギルドマスター(後編)

 男が後退るようにして尻餅をつく。

 確かに怒った姉は怖いが、仮にも荒くれ冒険者をまとめるギルドマスターがこの体たらくとは。

 黎明期の冒険者ギルドというのは、人材不足が深刻なのかもしれない。


「この儂にこのようなことをしてタダですむと……」

「あらそう? じゃあ、中途半端はやめるわね」


 背中の大剣に手を伸ばす姉を見て、流石に止めようと席を立った瞬間……声が響いた。

 見れば、ギルドの入り口に筋骨隆々とした大男が立っている。


「そこまでだ! エファ・アルワース。いったん気を収めろ!」

「どなた?」

「ギルドマスターのヴァルガロである」


 その名乗りにあっけにとられつつ、股間を濡らして震える男を見る。

 彼がギルドマスターという訳ではなかったようだ。


「タンダース。応接室に彼らを通しておいてくれ、と言ったはずだが? なぜこんなことになっている?」

「わ、儂はただ……」

「あんたが『一ツ星スカム』は応接室に入れるなと言ったからでしょ?」


 姉の言葉にヴァルガロと名乗った男が、顎に手をやる。


「さて、そんな事をオレは申し付けたか? タンダース」

「い、一般的な話だろう、ヴァロガロ。家畜ごときを同席させてどうする」

「オレは聞き取りの為に当該冒険者を全員呼べと言ったはずだぞ?」


 どうも雲行きがおかしい。

 そして、姉の怒りもいまだ収まっていないというのに、このタンダースなる男はなかなか迂闊だ。

 この距離であれば、剣を抜かなくても一息で殺されてしまうということが理解できていないんだろうか?

 あるいは、姉の怒りをしのぐだけの技量があるということかもしれないが……それもそうは見えない。


「失望したぞ、タンダース。すまなかった、エファ・アルワースとその仲間たち。話を聞かせてもらいたいので奥の応接室に来てもらえるだろうか?」

「弟も同席するわ。ノエルじゃないと説明できないこともあるし」

「もちろん──ああ、ジョッキもそのまま。君、オレにも同じものを」


 麦酒エールを受け取ったギルドマスターが、軽く手を振って僕たちを促したので、その後に続く。

 冒険者ギルド内はどこか唖然とした空気のままで、タンダースなる男は立ち上がることもできずにそれを見送った。


「ああ、君。聞き耳を立てたい者のために扉を開けておいてくれ」


 部屋に入り、最後尾を歩くチサにギルドマスターが軽い様子で告げる。

 今まさに扉を締めようとしていたチサは、その声に少し戸惑ったようで僕を見た。


「うん。ギルドマスターの言う通りにしよう。共有できることは共有しておいた方がいい」

「承りました。では」


 ほぼ閉まっていたドアを半分ほど開き、チサが僕の隣に並ぶ。

 ソファに座ったギルドマスターが、俺達に向かいのソファを手で示す。


「どうぞ、座ってくれ」

「じゃ、失礼して」

「失礼します」


 『一ツ星スカム』の僕に椅子を勧めるなんて……と思いつつも、絆されて信用しすぎないようにと気を引き締めておく。

 僕はともかく僕が使う未来の魔法道具アーティファクトについては充分に利用価値があるから。


「君は?」

「主と同じ椅子に座るわけにはまいりませんので」


 僕の背後に控えるチサは、やはりギルドマスターを信用してはいないようだ。


「主……君は『一ツ星スカム』に仕える人間という事かね?」

「はい。わたくしはノエル・アルワース様に仕えております」

「ふむ。君達の距離感はもっと近いものに思えたがね」


 『一ツ星スカム』という言葉こそ出たものの、不思議そうにするギルドマスターからは、不快なものは感じられない。

 嘲る様子はなく、フラットな印象だ。


「まあ、いい。本題に入ろう。ウィルソン氏から寄せられた書状と君たちの記録ログを見せてもらった。緊急性の高い案件とオレは判断した」

「では、なぜ初動対処が行なわれていないんでしょうか?」


 口を挟んでしまってから、慌てて黙る。

 公式の場で『一ツ星スカム』がこのような発言をすれば、場合によっては文字通りに首が飛ぶことだってある。


 だが、そうはならなかった。


「そこだよ。さっきの男──タンダースは領主と冒険者ギルドの橋渡しをする役目の人間なのだがね……『一ツ星スカム』のいるパーティの報告は信用できないと調整を渋ったのだ」

「やっぱり殺してこようかしら」

「許せとは言わんが、おかみの事情も汲んでやってくれ。聞き取りもせずに『一ツ星スカム』の言う事を真に受けたなどという話になれば、領主殿も立つ瀬がない。それで、こういう席を儲けさせてもらったわけだが……理解してもらえたかな? ノエル・アルワース君」

「差し出がましいことを口にしました。申し訳ありません」


 僕の謝罪に、小さく頷くギルドマスター。


「ただ、君の言う事もわかる。さっき、個人的に領主殿に話をしてきたところだった。信用できぬなら信用できる調査員をこちらで出すと言って、出動の準備を進めさせている」

「なら、あたし達の聞き取りいらなくない?」

「情報は多いに越したことがない。それに、君達の記録ログは精度が高いと個人的に評価をしている」


 そう笑うギルドマスターに姉が視線を横に逸らす。

 それにつられて、ギルドマスターの視線が僕に向けられた。


記録ログはノエルが作成したものよ。魔技師だから視点がフラットなの」

「『一ツ星スカム』で魔技師……! なかなか見ないな」

「詳細を報告に上げてはないけど、撃退した走蜥蜴ラプターの一割はノエルの先制攻撃で落としたものよ。調査、警戒、防衛、強化、回復、攻撃の全てを担える自慢の弟よ」


 何を言い出すんだ、姉さんは。

 昔から過保護なところがあったけど、最近はとみに……ああ、僕が『一ツ星スカム』だったから、姉はこうして僕を守ろうとするのだろう。


「まるで凄腕の魔法使いだな」

「変わんないわよ。できることが一緒なんだから」

「違いない。……さて、話がそれてしまったが、聞き取りを再開しよう。順を追って説明してくれるか」


 ギルドマスターに頷いた姉が、鞄にしまい込んでいた正式な記録ログを取り出して僕に渡す。


「じゃ、ノエルお願い」

「僕が?」

「だって、魔法道具アーティファクトを使った〝大暴走スタンピード〟防衛なんて、あたしじゃ説明できないわよ」

「ほう、興味深い。聞かせてくれ」


 身を乗り出すようにしたギルドマスター。

 その目には期待じみたものがあっても、『一ツ星スカム』に対する侮蔑も忌避感も感じられなかった。


「で、では……説明させていただきます」


 やや緊張しながら、僕は記録ログの項目を一つ一つ説明し始めた。

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