第11話 懐かしき笑顔

 ──白風草。


 寒暖差の大きいエルメリア王国東スレクト地方に分布していた白い花。

 鎮痛解熱剤と原料として古くから重用されており、現在でも学園都市では薬品研究の材料として流通している。

 ……が、それは緑の塔の管理する迷宮植物園で培養栽培されたもの。

 つまり、自生する白風草は、二十年ほど前に起きた災害によって事実上絶滅した種なのだ。


 それが草原地帯で見つかった、というのはどういうことか。

 災害を逃れた白風草がたまたま見つかったという可能性もなくはないが、チサの様子を見るにそうではないだろう。


「他には何か見つかった?」

「遠くに街道を見つけました。たどれば人里があるかもしれません。周辺に敵性体は見受けられませんでした」

「なら、人里を探しましょ。ここにいたって仕方ないわ」


 確かに。姉の言う事はもっともだ。

 ここにいたところでこれ以上の情報は得られそうにない。


「あ、あの……ノエル様は何かわかりましたか?」

「あ、ごめん。これが魔法道具アーティファクトって事と、損壊して非稼働状態にあるって事しかわからなかったよ。ごめんね」

「いえ、出過ぎた真似をいたしました」


 膝をつくチサに苦笑して、こちらどうしたものかと考える。

 こう他人行儀を続けられては、さすがに居心地が悪い。


「出発の前に、いいかな?」

「いいわよ。どうしたの?」


 立ち上がった姉が、再びすとんと腰を下ろす。


「チサとは久しぶりだし、少しだけ僕のことを話しておきたいんだ」

「もう、好きにしなさい」


 そう口にしつつもにこりと笑った姉に、目でお礼を言って僕はチサに向き直る。


「改めて、久しぶり。会えてうれしいよ」

「わたくしも嬉しく存じます」

「それでね。任務って何?」

「はい、それは──」


 チサ曰く、彼女は学園都市ウェルスの北にあるイコマの里から、僕の為に派遣されたらしい。

 任務は、僕を護衛およびサポートすること。

 そして、その任を言い渡したのはチサの父である里長であるらしい。


「どうしてそんな……?」

「幼き頃より、そのように定められていたと聞いております。幼少の失礼は水に流していただければと」


 僕はそんな話、聞いたことないんだけどなぁ。

 父同士で何か決めたんだろうか?

 そもそも、チサは里長の娘であるのだから、いわばお姫様である。

 それをたかだか『一ツ星スカム』の、駆け出し魔技師である僕の護衛につけるなんて、いくら何でも役不足が過ぎる。


「チサ、聞いてくれるかな? 僕のことは知ってる?」

「はい。英雄たる〝魔導師マギ〟アルワース様のご長男です」

「そうじゃなくて。僕、『一ツ星スカム』だったんだ。君にそんな風にされる人間じゃないんだよ」


 僕の言葉に、チサが首を振る。


「それも存じております。しかし、護衛対象が何であれ、任務には関係のないことですから」

「それは──それで、ちょっと寂しいかな」

「え……いいえ! その、違うのです」


 初めて少し表情を崩したチサが、慌てた様子でおろおろと目を泳がせる。


「もう、まどろっこしいわね」

「姉さん?」

「エファ様?」


 腕を広げた姉が僕とチサを同時に抱擁する。


「任務とか『一ツ星スカム』とかどうでもいいじゃない」

「そ、そういう訳には」

「い い の」


 有無を言わせず、ぎゅっと抱き込む姉。

 おかげで、僕とチサは鼻先が触れるほどに近くでお互いの顔を見ることになってしまった。


「……」

「……」


 お互いに赤面して、思わず目をそらす。


「ほら。あたし達、姉弟みたいなもんなんだから。こんな状況だし、協力しましょ」

「は、はい」


 チサが小さくうなずいて、少し笑う。

 それにつられても、僕も少し笑った。


「あの、すみませんでした。ノエル様」

「『様』はいらないよ」

「えっと、はい……では、改めて。ひさしぶりです、ノエル」

「うん、チサ。久しぶり」


 久々に見る幼馴染の笑顔に、僕も顔がほころんでしまう。

 これが見たかったのだ、僕は。

 ようやく人心地ついた気分で、僕は体の力を抜く。


「よし。いいわね」


 僕たちを離して、姉がにっこりと笑う。

 こんな風に解決してしまうなんて、やはり姉には敵わない。


「それじゃ、行きましょ。チサ、お願いね」

「はい、エファ様。こちらです」


 チサの案内で廃墟を出る。


 とりあえず破損した大型魔法道具アーティファクトはここに放置だ。

 何せ、ちょっとした馬車くらいの大きさがある。

 僕の魔法の鞄マジックバッグにはとてもじゃないが収納できない。


「……うん。やっぱり西の国ウェストランドではないみたいだ」

「匂いが違うもんね」


 草原を揺らす風は少しばかり土と緑の匂いが濃い。

 学園都市ウェストランドでは、嗅いだことがない匂いだ。

 慣れない匂いは、随分と遠く離れた場所に来てしまったのだということを僕らにいやおうなしに想起させた。


「あそこが、街道です。広いので馬車街道と思われますが、どちらに進まれますか?」

「どう思う? ノエル」

「ええと……こっちかな」


 僕は少し考え込んでから、北西方向を指さす。

 もしここが東スレクト地方として、こちらに進めば領都ガデスに到達するはず。


 ──そう、たとえここが二十年以上前の、過去の世界だとしても。

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