第10話 白風草

「とりあえず、必要なのは現状把握ね!」


 声をかけるとすぐさま目を覚ました姉は、この異常な状況もどこ吹く風といった様子だ。

 さすが第四等級の冒険者は切り替えが違う。


「では、わたくしが周辺の確認をしてまいります。ノエル様とエファ様はここでお待ちください」


 膝をついてそう申し出たのは体にフィットした忍び装束を纏った少女だ。

 名前はチサ・アズマ。父の元パーティメンバーの一人娘で僕の幼馴染。

 彼女は狼人コボルト族とハーフエルフの混血児で、狼人コボルトを人間に近づけたというか……人間に狼の耳と尾を備えたような姿をしている。

 本人としては気にしていたようだけど、僕としては気にしたことはない。

 

 それにしても、だ。どうにもよそよそしくはないだろうか。

 数年ぶりに再会した幼馴染は、口調から態度までまるで他人みたいだ。

 小さなころのチサは年の同じ妹といった風情であったのに、少し寂しい。


「チサ、久しぶり」

「はい。お久しぶりでございます」

「えっと、どうしてここに?」


 跳ばされてしまったので、『ここ』と表現するのもどうかと思うけど。


「任務にございます」

「任務?」

「はい。ノエル様を影よりお守りすることが此度の任でございましたが、力及ばずこのように姿を晒してございます」


 ここに来て、ピンときた。

 タムタム鳥と遭遇して以降、魔物モンスターと遭遇しなかったのはチサのおかげなのだろう。

 ……それにしても、態度が固い。


「ね、チサ。そんな風にしないでよ」

「いえ、そういう訳にはいきません。わたくしは──」

「いいから。正直言うと、僕は少し辛い」


 僕の言葉に、チサが小さく眉尻を下げる。


「そう申されましても。父母より、よく仕えるようにと」

「話はあと! まずは落ち着いて話せる場所を探さないと」


 この問答は長くなると察したのか、黙っていた姉が口を開く。


「いいわ、チサ。周辺の確認をお願い。その間に、こっちはコレの調査をしておくから」

「承知いたしました。しばしお待ちくださいませ」


 ふわりと気配が薄れ、チサが姿を消す。

 その鮮やかさに、僕の胸が小さく痛んだ。


 姉にせよ、チサにせよ、英雄の子供たちと言われる世代は重い期待を背負わされつつも、それに答えるだけの実力を発揮している。

 それなのに、僕は最初の課題ですらうまくこなせず、そればかりか二人を事故に巻き込んでしまった。何とも情けない話だ。


「ノエル。今はこっち」

「うん」


 気落ちした僕の背中をポンと叩いて、姉が笑う。

 確かに、今は落ち込んでる場合ではない。

 それよりも、僕ができることをしなくては。


「できることを、できるだけ」


 そう呟いて、すっかり静かになった大型魔法道具アーティファクトに触れる。

 僕の座右の銘であるこの言葉は、父の口癖でもある。

 そうとも。万能ではない僕らは、その時にできることをできる範囲でするしかないのだ。


「うーん……」

「何かわかった?」

「うん、少しだけ。これは魔法道具アーティファクトだよ」

「それはわかってるわ……」


 姉は気の抜けた声でそう言うが、これは調査の起点として重要な情報だ。

 この大きな物体が迷宮ダンジョンの仕掛けが露出したものなのか、魔法道具アーティファクトなのかでアプローチはまるで変ってくる。


 そして、これは魔法道具アーティファクトだ。


 つまり、この物体一つで稼働して、効果を発揮する『道具』であるということ。

 もし、これが迷宮ダンジョンに設置されていた何かしかの仕掛けだとしたら、こうして迷宮から切り離された時点で、いかんともしがたいただの物体となる。


 周辺の景色が変化しているというところから推測して、おそらく〝ゲート〟の類いだろう。

 であれば……もう一度、正確な手順で魔力マナを流して起動すれば元の場所に戻れるはず。

 ダメだ。それは楽観が過ぎる。

 確かに大きな魔法道具アーティファクトではあるが、巨大というほどでもない。

 今のところ発見されている〝ゲート〟系魔法道具アーティファクトはどれももっと大きい。まさに見た目も門といったものがほとんどだ。

 これが初出の小型化されたものと考えられなくもないが……ううむ。

 いや待てよ……では、あの長く太い魔力導線はどう説明する。

 もしかして、発掘されていた部分とセットで運用するものなのかもしれない。


「──……ェル」


 だとすると、これ単体での起動は悪手か。

 いや、それでも魔法式と回路の確認は必須だ。

 僕が起動したときは暴走状態だった。おそらく長い年月で不具合があったんだ。

 それを解決すればこれが何かわかるし、うまくすれば戻れるかもしれない。

 何より、こんな珍妙で危険な魔法道具アーティファクトを触る機会などそうはない。


「ノエルッ!」

「へ!?」


 肩を揺さぶられて、僕は思考を止める。


「チサが帰ってきてるわよ。もう、ホントこういうところもパパにそっくり」

「ははは」


 苦笑しつつ、頬をかく。

 夢中になるとどうしても思考の海から抜け出せなくなる時があるのだ。

 母曰く、父譲りのものらしい。


「戻りました。報告をさせていただいてよろしいでしょうか」

「うん。よろしく、チサ」


 口調と態度についての事は、一端置いておくことにした。

 任務できている以上、彼女にとっては仕事だ。

 僕がそこに口を挟んで、チサの心労を増やしたくはない。


 仕事が終わってから、ゆっくりと話す時間をとったほうがいい。

 ……『一ツ星スカム』になってしまったことを伝えるのは、少し気が重いけど。


「この遺跡に関しては情報が少なく判明しませんでした。風化具合からして百年はたっていると思われます。周辺環境は、この背後に広がる森、そして南部には草原地帯がありました」

「どこだろう。西の国ウェストランドから出てないといいけれど」

「それが……」


 僕の言葉にチサがやや口ごもる。

 何か、伝えにくい情報でもあったのだろうか。


「これを。草原地帯で見つけました」

「……白風草、かな」


 そう口に出した途端、背中がぞっとする寒気が走る。


「どしたの? 白くてきれいな花ね」

「姉さん。その花はね……エルメリア王国の東スレクト地方にしか咲かない花なんだ」

「えっ……ずいぶん遠くまで跳ばされたもんね」

「でもそれだけじゃない」


 チサに目配せしながら、僕は言葉を絞り出す。


「この花、二十年くらい前にほぼ絶滅した花なんだ」

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